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Ⅰ 魔王爆誕
3. 魔王爆誕―2
しおりを挟む「えーだって、教会に魔王が復活するって、ちゃんと宣託しといたんですもの。誰が来るか楽しみに待っていたのよぉ」
オフィーリアが本神殿から持ってきたという、お供え物のクッキーをパクリと食べる。
「私が魔王と言われましても…… 私は聖女ですし。あ、偽ですけど」
「そんなこと関係ないわよぉ、2代前の魔王なんて、魔王討伐に来た勇者だったもの」
次にオフィーリアは、御神酒をグイグイ飲んでいる。
リーリアも勧められたが、リーリアはお酒が飲めないので、遠慮させてもらった。
今、リーリアの前には、飲み物として、聖水が置かれている。
女神の聖水…… ヤバいのではないだろうか。
「勇者が魔王…… マジで?」
「マジマジ」
驚きの余り、言葉遣いが悪くなるリーリアだったが、女神も乗ってくれる。女神の心は広いようだ。
「魔王になる資格はね、この“魔の森”が認めた者よ。
魔の森が認めなければ魔獣や魔物に襲われるし、魔王城にたどり着くことはできないの。迷ってしまうのよ。
魔王城にたどり着けたっていうことは、リーリアが魔の森に認められたっていうことよ」
オフィーリアの言葉に、魔獣に襲われることなく魔王城へとたどり着いたことを思いだす。
「でもそれは、このニンジンちゃんが助けてくれたからで」
「ぎぃゆぅぅぅ」
リーリアの言葉にマンドラゴラが怒ったらしく、座っているリーリアの太ももあたりをペシペシと、葉っぱで叩く。
「え、なになに? 止めて止めて、痛い痛い。いったいどうしたのぉ」
「アハハハ、マンドラゴラをニンジンなんて言うからよ」
「マンドラゴラ?」
聞きなれない言葉にリーリアは首をかしげる。
「あら、知らないの?
この子はマンドラゴラっていう植物の魔物よ。
魔素を体内に取り入れることが出来る獣のことは魔獣っていうの。獣以外は魔物ね。この子は植物だから魔物よ。人型だったら魔族っていうわ。
この魔の森は、魔素が溢れているから、魔獣や魔物がいるのよ」
オフィーリアは、今度はプチケーキをポイと口の中に入れる。
半透明の彼女だが、どんどんお供え物を食べている。食べ物がどうなっているのかは謎だ。
「この魔王城は魔の森の中心にあるの。そして、魔王城の地下からは、魔素が溢れてきているのよ。それも良質なやつがタップリとね。
魔素を多く取り入れることができる魔獣や魔物は、魔素が多く湧き出てくる魔王城の近くに集まる性質があるの。そして、魔素を取り入れれば取り入れる程、身体が大きくなるし、能力も強くなるのよ。
この魔の森の中心に近ければ近いほど、レベルの高い魔獣や魔物がいるっていうことよ。
マンドラゴラだって優秀な子なのよ。始祖っていわれる種だわ」
オフィーリアはリーリアの隣から離れようとしないマンドラゴラの葉っぱをくすぐる。
「ウキュウ」
マンドラゴラは身を捩っているが、逃げはしない。嬉しそうだ。
リーリアは、自分の肩から斜めにかけられたタスキを見る。
オフィーリアから軽く魔王になれと言われたが、はいそうですかと簡単に返事をすることはできない。
だって、魔王が何をするのかリーリアには判らないのだから。
「あのぉ、魔王って何をすればいいんですか?
私は聖女と教会から認定されていましたが、聖女というほど優れた人間ではありません。強い力を持っていると言われていましたが、本当かどうかも判りません。それに偽聖女といわれたぐらいで……」
リーリアは、しょんぼりと肩を落とす。
聖女として教会から認定されたリーリアは、他の聖女や聖女見習いたちに比べると、断トツに力の強い聖女見習いだった。
そして聖女になったのだが、偽聖女と言われて、魔の森に捨てられてしまった。
「やだぁ、違うわよぉ、力とかじゃないの。魔王はね、魔王城に住んで、魔獣たちと仲良しでいてくれたらいいのよ」
「は?」
「魔王になるために力が必要だとか、魔王になったから何かをしなければならないとか、そんなこと考えなくてもいいのよ。
魔王はね、魔王城に溢れ出る魔素を、魔の森に行き渡らせるスプリンクラーみたいな役割なの。居るだけで、その役割を果たしているのよ」
オフィーリアは、リーリアに向けて、優しく微笑みかける。
困惑しているリーリアを励ますような、そんな笑顔だ。
「スプリンクラーって……」
リーリアには、スプリンクラーが何なのか判らない。ただ何となく雰囲気は伝わった。
「魔王がいないとね、溢れ出てくる魔素が流れることなく溜まっていってしまうの。それも濃縮されながらね。
魔素溜まりっていうのだけど、そうなると、魔の森の端々には魔素が行き渡らなくなってしまうの。力の弱い魔獣は魔素を取り込むことができなくて、弱ってしまうのよ。最悪死んでしまうこともあるわ。だから魔王の存在は必要なの」
オフィーリアは御神酒で酔ったのか、少し赤い顔をして、喋り続ける。
魔素溜まりを取り込んだ魔獣がどうなるかなんて、リーリアに教えはしない。だってオフィーリアは酔っているから。
「不思議なことに、この魔王城に来る人はね、人間社会に未練が無いどころか、人間達に恨みを持っている人が来ちゃうの。そういう人を魔の森が選んでいるみたい。
2代前の勇者なんか、違う世界にいたのに、無理やり召喚されて、魔の森に放り込まれたって、もの凄く、この世界の人間を恨んでいたわ。
仕方ないわよね、勇者は自分の世界から誘拐されるようにして、この世界に無理やり連れてこられたのですもの。
人間達は、魔王は魔獣や魔物を使役して、人間に害をなすものだって思っているけど、2代前の魔王の時は、あながち間違っちゃいなかったわ」
クスクスとオフィーリアは嗤う。
2代前の魔王は、人間達に何かしたのだろうか。
なんだか聞いてはいけない気がして、リーリアは口をつぐむ。
リーリアは自分のことを思う。
12歳で聖女の力を認められて、教会に入った。
表向きはそうだ。
リーリアは知っている、両親が自分を教会に売ったことを。
聖女見習いとして教会に入ると、一生を教会に捧げなければならない。還俗は許されない。2度と家族に会うことも、自由に教会から出ることも出来なくなってしまうのだ。
聖女の力を認定される少女は多い。だが、教会に入る少女は少ない。
聖女になどならない方が、よほど幸せなのだから。
リーリアは聖女になりたくなどなかった。
ある日、突然教会に連れて行かれて、いきなりリーリアの今までの世界から切り離されてしまったのだ。
聖女見習いになったリーリアは、それから毎日、修行という名の過酷な労働を課せられた。
ろくろく寝る隙も無いほどに働かされて、ただ一日を過ごしていく。そんな生活だった。
聖女見習いになって5年。17歳になった時、聖女として認定された。
嬉しかった。先の見えない今の生活から抜け出せると思ったのだ。
それなのに……
聖女になったからと、会ったこともなかった王子と婚約させられた。
そして王子からは偽物と断罪され、魔の森へと捨てられた。
もうリーリアの戻る場所はないのだ。
「じゃあこうしましょう。リーリアが魔王になるかならないか決めるまで、魔王城は自由に使ってもらって構わないわ。魔王城の中にある物も全部よ。
リーリアが魔王にならないって言うのなら、好きな時に出て行ってもらっていいわ」
「いいんですか?」
「もちろん」
「でも、魔の森の中で生きて行けるのかしら……」
オフィーリアの申し出は、帰る所のないリーリアにすれば、凄くありがたい。
偽聖女と断罪されたリーリアは、魔の森を抜けても教会に帰ろうなどと、少しも思わなかった。それどころか、死んだことにして、教会と縁を切りたいと思っていたのだ。
この魔王城に住めるのなら、教会や王宮に戻らなくていい。リーリアは、それを切に願っている。だが、身を護るすべのないリーリアが魔獣や魔物の棲む魔の森の中で生きて行けるのだろうか。
「ききゅっ!」
リーリアの前で、マンドラゴラが自分の胸をポンと叩く。
まるで『任せとけ』と言っているように。
「ウフフフ、やっぱり魔物と仲良しねぇ。魔王の素質は十分だわ。
大丈夫よ、魔の森が認めているから魔獣たちがリーリアを襲うことはないわ。それに魔の森は自然の恵みが豊富だから、食べ物にも困らないと思うわよ」
魔素の溢れるこの森の植物は、魔素の無い土地の植物に比べると、随分と大きいし、栄養も豊富だ。
植物によっては特殊な効能まで持つものもいる。
目の前にも、植物だがリーリアに甘えるようにまとわりついているマンドラゴラがいる。
今もリーリアに身振り手振りで何かを伝えているようだ。
オフィーリアは、微笑みながらリーリアへと話しかける。
「マンドラゴラがね、あなたに名前を付けてほしいそうよ」
「名前を、私がですか?」
オフィーリアの言葉に驚いてマンドラゴラの方を見ると、コクコクと頷いている。
「ええ、この子が望んでいるの」
「うきゅゅ」
マンドラゴラは嬉しいのか、期待の籠った瞳を向けてくる。非常に断りづらい。
リーリアはうろたえる。聖女見習いとして修行の日々を過ごしてきたが、名づけをしたことなど今迄なかったのだ。
「えっとぉ…… それじゃあ、ドラ子ちゃん。マンドラゴラのドラ子ちゃん」
「うきゅっ!」
リーリアの名づけに、マンドラゴラは声を上げ、ワサワサと葉っぱを動かす。
「ドラ子… いいの、本当にその名前でいいの?」
あまりのベタな名づけに、マンドラゴラよりもオフィーリアの方が突っ込んでしまった。が、当のマンドラゴラは嬉しいのか、クルクルと回っている。
「まあ、本人(?)が喜んでいるからいいか…」
何だか、力が抜けるオフィーリアだった。
「あの、オフィーリア様」
「なあに」
「私、魔王城を使わせてもらいます。
魔王になれるのかどうかは判りませんが、頑張ってみます。よろしくお願いします」
リーリアはしっかりとした顔をして深々と頭を下げる。
「そう、判ったわ。よろしくね、魔王様(仮)」
オフィーリアは笑顔を見せる。女神らしい、慈愛に満ちた笑顔だった。
リーリアの魔王(仮)としての生活が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
※ マンドラゴラに名前が付きました!
※ 教会には、聖女見習いと聖女が沢山おります。
ただ、本教会から認定された聖女は、リーリアだけです。
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