聖女だったけど魔王にジョブチェンジしました。魔獣たちとほっこり生活を満喫します。

棚から現ナマ

文字の大きさ
上 下
2 / 47
Ⅰ 魔王爆誕

1. 魔の森

しおりを挟む
「そういえば、例の鉱石のことなのですが」
「ええ」

 ある日の夜、寝室で、ティーカップを置いたシモンが口を開いた。真剣な声色に、エステファニアもカップをソーサーに戻す。

 舞踏会のときのひと悶着については、もう二人の中ではなかったことになっていた。
 それ以前の距離感を保ち続けていて、特に問題も起きていない。

 例の鉱石とは、以前シモンが話していた、婚姻の神託の前に発掘された新しい鉱石のことだろう。

「しばらく前に研究自体は終わっていまして……魔石、と名付けました。驚くことに、魔力に反応するんです」
「魔力に?」

 そんなものは、聞いたことがない。
 新しいものだとは聞いていたが、そんな、人の想像が及ばないようなものだったなんて。

「魔石を使うことで、魔術師でなくても、擬似的に魔術を使う方法を編み出しました。南の国との小競り合いが続いていますので、近いうち国として宣戦布告し、そこで実戦投入する予定です」

 エステファニアは絶句した。
 もしシモンの言っていることが本当で、それが成功したならば、世界は大きく変わるだろう。
 今までのいくさは、一握りの魔術師と、有象無象の魔術の使えぬ兵で争ってきたのだ。
 しかし魔石により一般兵までも魔術が使えるようになれば、他国の少数の魔術師では、太刀打ちできないだろう。

 エステファニアは確信した。
 おそらく自分をロブレに嫁がせた神託は、このことを見通していたのだ。

「……そんな大事なことを、わたくしに話しても良いのですか?」
「どうせもうあと少しで、世界にばれることです。それに話を聞いたとしても、とても現実のこととは思えないでしょう?」
「それは、そうですが……」
「戦争のことも、もう帝国の方へ話は通してあります。北の国が後ろから迫ってこないように、睨みを効かせていただけるよう、お願いしました」

 ロブレの北の国は、更に北にある帝国とロブレに挟まれているのだ。

 まさか魔石などというものがこの世に存在して、さらに、もうすぐ国同士の戦争が始まるだなんて。
 重大な出来事の連続に戸惑った。
 世界中の様々なところで戦争は行われているが、少なくともエステファニアが産まれてからの帝国は、いくさをしていなかった。
 エステファニアにとって初めての、自分の国が関わる戦争になる。

「……あなたも、戦争に行かれるのですか?」
「ええ。魔術師として、魔石の開発者として、行くつもりです。ですが、大丈夫ですよ。すぐに終わるはずですから」
「そう……」

 ぽつりと呟いて、俯いた。
 目の前の人が戦地に赴くと思うと、どうも落ち着かない。

「もしかして、心配してくださっているのですか?」

 そう聞かれたので、迷った末、素直に頷いた。
 シモンは破顔し、ソファから立ち上がる。
 そしてエステファニアのそばまで来て、跪いた。

「ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。我々は、元は一つの国が分裂してできたものですから……日常茶飯事とまでは言いませんが争いは各地でありますし、わたくしも何度かいくさに出て、全て無事に戻ってきております。特に、今回は魔石もありますから、負けることはありません。必ず戻ってまいります」

 いつも以上にやわらかく、優しい声色だった。
 見上げてくるシモンに視線を向けると蕩けたような紫の瞳と目が合って、慌てて逸らす。
 
 舞踏会の……あんなことがあった後でも、シモンは変わらずに笑顔でエステファニアのきつい言葉を流し、望みをできるだけ叶えようとし、一線を越えない範囲で、好意を持っていることを伝えてくる。
 きっと、ヒラソルの血を求めるが故の演技だとは思っているのだが……時折、こうした彼の表情や熱のこもった瞳を見ていると、本当にそうなのか、と疑わしく思ってしまうのだ。

 もし彼の言葉が本心なのだとしたら、エステファニアを求めつつも、迫ってくることもなく、婚姻の条件を守り続けていることになる。
 それが自分への真摯な愛を示しているような気がして、その可能性を考えると、なんともむず痒い気持ちになるのだ。

 その、くすぐられているような不快感を払おうと口を開きかけ――彼は、戦地に行くのだと思いとどまる。
 流石に、そんな相手に強く当たるほど子供ではない。

「ちゃんと、戻って来てくださいね。あなたのいないロブレは……つまらないでしょうから」

 そう言って右手を差し出すと、シモンははっと息を呑んで、エステファニアの手をそっと取った。
 なめらかな手の甲に口付けを落として、手を握ったまま見上げてくる。

「ええ、必ずや。神と、あなたに誓って」
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

転生少女の暴走

あくの
ファンタジー
父親の再婚で1つ上の義兄セルジュができたデルフィーヌ・モネ。 今は祖父が家の代表として存在しているが成人すればデルフィーヌが祖父から爵位を受け継ぐ。 どうにも胡散臭い義兄の幼馴染。彼女の狙いはなんなのか… 色々ゆるっとふわっとした設定です。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

処理中です...