上 下
8 / 9

番外編 乙女ゲームの日常(前編)

しおりを挟む


「きやあっ!」
俺の目の前でユリアナが盛大に転んだ。
スカートがめくれて見えそうになっている。何が見えそうかになっているのかは言及しないが、俺はとっさに反対方向へと顔をそむける。

入学式から数日が経った。
明るく楽しい学園生活を送っているはずなのだが、俺の周りは平穏とは言い難い。
それもこれも、全ては乙女ゲームの強制力呪いのせいだ。

俺とユリアナは同じクラスだった。1年B組だ。
因みに攻略対象者である騎士団団長の息子ギィル=ハリーと、宰相の孫エルナード=ワッツとも同じクラスだ。

分かっちゃいたよ。
この学園が、どんな基準を持ってクラス分けをしているのかは分からないけど、予想はしていた。
ゲーム関係者が同じクラスだと、イベントは発生し放題だよね。ストーリーがサクサク進むってぇもんだよ。
ゲームの強制力、恐るべし。

「もう、なんで転んじゃったのかしら? 何も無い所で転ぶなんて、おかしいわ?」
転んだままユリアナが頭を捻っている。

椅子に座っている俺の横を通りすぎようとして、ユリアナは転んでしまった。
悪役令息な俺だが、ユリアナに足をかけたり、突き飛ばしたりなんかしていない。ユリアナの方から、ぶつかって来てもいない。
俺とユリアナの間には50センチほどの距離があった。
接触などしていなかったのに、ユリアナは盛大に転んでしまったのだ。

実は、こんなことが入学式以来、何度も起こっている。
俺の近くにいる時に限って、ユリアナはつまずいたり転んだりする。本人も不思議がっているから、乙女ゲームの強制力と言わざるを得ない。
同じ教室にいるのが致命的だ。
気にかけていても、無意識のうちに近づいてしまうことがある。避けられないのだ。

神に誓って俺は何もしていないのだが、周りから見れば、俺が意地悪をしているように見えているはずだ。
今だってそうだ。横から見れば俺とユリアナが接触していないことは分かるのだが、背後にいた人や、その場を見ていなかった人達からすれば、俺がユリアナを突き飛ばしたと思うだろう。
きっと俺がユリアナに虐めをしていると噂が立っているはずだ。悪役令息ポイントが日々溜まっていっている。

「あの、大丈夫?」
それでも自分の横で転んでいるユリアナを、そのままにしておくわけにもいかない。
俺はユリアナへと手を伸ば……そうとして、慌てて引っ込めた。

ここでユリアナに少しでも関われば、光の速さよりも先にアルバンに連絡が行く。
いったい誰が告げ口をしているのか分からないが、俺の行動はアルバンに筒抜けだ。
ユリアナ関連に対して、アルバンの心は狭い。
でも横で女の子が倒れているのに放置するなんて、そんなこと出来ない。
俺はどうしたらいい?
手を伸ばそうとしたり引っ込めたりと、挙動不審になってしまった。

「ユリアナぁ、大丈夫か? さあ俺の手を取って立ち上がるんだ!」
「えっ、やだ、ギィルじゃない。うっとぉしいから近づかないでよ。暑苦しいわよ」
逡巡している間に、近くにいたのだろうギィルが、ユリアナに手を貸そうとしている。
よかった。ほっと息を吐く。

「さあさあ、二人の間に遠慮なんて必要ないぜ! 俺が保健室へとエスコートするぜぇ」
「ちょっと、ヤダって言っているでしょう。触らないでよ!」
ユリアナの手を取り、グイグイと立たせようとしている。

「待ちたまえ! ユリアナが嫌がっているだろう。その手を放せっ」
「げっ、インテリメガネまで来た。こっちにこなくていいわよ」
ユリアナがなかなか立ち上がらないからなのか、エルナードがやって来た。
銀縁眼鏡をクイッと押し上げているエルナードに、ユリアナはシッシッと空いている手を振っている。

二人共にユリアナの所に駆け付けるなんて、やっぱり攻略対象者はヒロインのことを気にかけているんだな。
俺に乙女ゲームの記憶があるとはいえ、細かいイベントまでは憶えていない。きっと俺が気づいていないだけで、ゲームは進んでいっているのだろう。

俺は楽しそうにしている3人を、ただ見ているだけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

断罪は決定済みのようなので、好きにやろうと思います。

小鷹けい
BL
王子×悪役令息が書きたくなって、見切り発車で書き始めました。 オリジナルBL初心者です。生温かい目で見ていただけますとありがたく存じます。 自分が『悪役令息』と呼ばれる存在だと気付いている主人公と、面倒くさい性格の王子と、過保護な兄がいます。 ヒロイン(♂)役はいますが、あくまで王子×悪役令息ものです。 最終的に執着溺愛に持って行けるようにしたいと思っております。 ※第一王子の名前をレオンにするかラインにするかで迷ってた当時の痕跡があったため、気付いた箇所は修正しました。正しくはレオンハルトのところ、まだラインハルト表記になっている箇所があるかもしれません。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

転生したら乙女ゲームの攻略対象者!?攻略されるのが嫌なので女装をしたら、ヒロインそっちのけで口説かれてるんですけど…

リンゴリラ
BL
病弱だった男子高校生。 乙女ゲームあと一歩でクリアというところで寿命が尽きた。 (あぁ、死ぬんだ、自分。……せめて…ハッピーエンドを迎えたかった…) 次に目を開けたとき、そこにあるのは自分のではない体があり… 前世やっていた乙女ゲームの攻略対象者、『ジュン・テイジャー』に転生していた… そうして…攻略対象者=女の子口説く側という、前世入院ばかりしていた自分があの甘い言葉を吐けるわけもなく。 それならば、ただのモブになるために!!この顔面を隠すために女装をしちゃいましょう。 じゃあ、ヒロインは王子や暗殺者やらまぁ他の攻略対象者にお任せしちゃいましょう。 ん…?いや待って!!ヒロインは自分じゃないからね!? ※ただいま修正につき、全てを非公開にしてから1話ずつ投稿をしております

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました。 おまけのお話を更新したりします。

【完】俺の嫁はどうも悪役令息にしては優し過ぎる。

福の島
BL
日本でのびのび大学生やってたはずの俺が、異世界に産まれて早16年、ついに婚約者(笑)が出来た。 そこそこ有名貴族の実家だからか、婚約者になりたいっていう輩は居たんだが…俺の意見的には絶対NO。 理由としては…まぁ前世の記憶を思い返しても女の人に良いイメージがねぇから。 だが人生そう甘くない、長男の為にも早く家を出て欲しい両親VS婚約者ヤダー俺の勝負は、俺がちゃんと学校に行って婚約者を探すことで落ち着いた。 なんかいい人居ねぇかなとか思ってたら婚約者に虐められちゃってる悪役令息がいるじゃんと… 俺はソイツを貰うことにした。 怠慢だけど実はハイスペックスパダリ×フハハハ系美人悪役令息 弱ざまぁ(?) 1万字短編完結済み

乙女ゲームのモブに転生したようですが、何故かBLの世界になってます~逆ハーなんて狙ってないのに攻略対象達が僕を溺愛してきます

syouki
BL
学校の階段から落ちていく瞬間、走馬灯のように僕の知らない記憶が流れ込んできた。そして、ここが乙女ゲーム「ハイスクールメモリー~あなたと過ごすスクールライフ」通称「ハイメモ」の世界だということに気が付いた。前世の僕は、色々なゲームの攻略を紹介する会社に勤めていてこの「ハイメモ」を攻略中だったが、帰宅途中で事故に遇い、はやりの異世界転生をしてしまったようだ。と言っても、僕は攻略対象でもなければ、対象者とは何の接点も無い一般人。いわゆるモブキャラだ。なので、ヒロインと攻略対象の恋愛を見届けようとしていたのだが、何故か攻略対象が僕に絡んでくる。待って!ここって乙女ゲームの世界ですよね??? ※設定はゆるゆるです。 ※主人公は流されやすいです。 ※R15は念のため ※不定期更新です。 ※BL小説大賞エントリーしてます。よろしくお願いしますm(_ _)m

処理中です...