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1 登校中の馬車にて

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今日は王立ジェリスト学園の入学式。
この学園は貴族の子息子女が通う学校だ。乙女ゲームが繰り広げられる舞台でもある。
公爵家の息子である俺も、今日から生徒となる……。なってしまう。

自分で絶対悪役令息になることはないと、心の中で断言している俺だが、やはり断罪されるかもしれない危険が残る学園に、入学するのは躊躇ためらわれる。
父様に何度も違う学校に行きたいとお願いした。だがその度に却下された……。

「どうした、朝から浮かない顔だな」
こちらを伺ってくる、この男によって。

美しい微笑みを俺に向けてくるのは、濃紺の髪に緑色の瞳を持つ、あり得ない程の美青年。
アルバン=ジェリスト、17歳。国名を家名に持つバリバリの王子様だ。
お察しの通り、乙女ゲームの攻略対象者。それもパッケージでは中央を飾る筆頭攻略対象者様だ。

そして俺の婚約者でもある。
ゲームの中に数人いる悪役令嬢の中で、悪役のラスボスが、悪役令嬢じゃなくて悪役令息の俺なのは、アルバンの婚約者が俺だからだ。

なぜ男の俺がアルバンの婚約者なのか。
それは、この国が正妃の子どもしか跡取りになることができないという法律があるからだ。
第2王子のアルバンに、男の俺を正妃として押し付けさえすれば、アルバンが側妃や愛妾を持ち、何人子どもを作ったとしても、アルバンの子ども達は王位継承権を持つことができない。
正妃を挿げ替えたいとアルバンが思っても、俺と離縁はできないだろう。
俺を溺愛している筆頭公爵の父様が許すはずはないから。亡き者にしようとしても、それこそ父様の目を逃れるのは難しい。返り討ちに合うのがオチだ。
父様と手を組み、アルバンに俺を押し付けたのは、自分の地位を脅かされるのを恐れた、年の離れた王太子なのだと思う。

男の俺と婚約させられたアルバンは、嫌がってひねくれてしまう。
それは仕方の無いことだと思う。
だって押し付けられた婚約者が俺だもの。
通常の乙女ゲームでは、悪役令嬢は美貌と知性を兼ね備えた完全無欠な人物だと相場は決まっているのに、残念なことにティオリは、筆頭公爵の息子以外の取り柄は無い。
俺の容姿は地味だし、身長も体格も中の下。御大層な悪役令息という役柄の割には、存在自体がモブとしか言いようがないほどにパッとしない。最大の難点は男だということだけど。
せめて乙女ゲームじゃなくてBLゲームだったなら、可愛らしい相手が婚約者になって話も違っていただろうに。申し訳ない。

アルバンは婚約者であるティオリのことを毛嫌いし、仲良くするどころか、声をかけることも、近づくことすらしない。
そうやってティオリを嫌い、存在を排除したまま過ごしていると、学園に入学してきたヒロインと出会う。
そしてアルバンの荒んだ心を、ヒロインは優しく癒してくれ、二人は恋に落ちて行く……。のだが、ちょっと待て。
あんたらはそれでいいのかもしれないが、ティオリをハブるな。
ティオリは婚約者であるアルバンのことを慕っているというのに。
こんなひねた性格のアルバンのことを、ティオリは婚約した幼い頃より慕っている。
冷たくされても焦がれ続けている。
美形だし本物の王子様だし、好きになるのはしかたないのかもしれない。

入学した学園で、アルバンから冷たくされ、目の前で婚約者である自分以外の女生徒と親しくする姿を見せつけられ、ティオリは少しずつ狂っていく。
まあ、それ以前から、ティオリは公爵家の末っ子として甘やかされており、我儘だから悪役令息としての下地はバッチリではあった。


これが俺の知っている乙女ゲームの基礎知識だ。
なぜ前世も男だったであろう俺が、乙女ゲームのことを熟知しているのかは謎だ。乙女ゲームの記憶しかない俺には分からないままだ。

「ティティ、どうしてこちらを見てくれないの?」
考え込んで下を向いたままだった俺の手をアルバンが取ると、自分の口元へと持って行く。
口付けながらこちらに向けられる、少し細めた緑の瞳は、余りにもエロい。

「ちょっ、ちょっと考え事をしていただけだっ」
俺は赤くなる顔をごまかすように大きな声を出すと、アルバンから自分の手を奪い返そうとする。けど無理だった。
やんわりと握られているのになぜだ。

「その可愛い顔を見せて。ティティが俺以外のことを考えるなんて、許せないな」
アルバンはやっと手を放してくれたけど、今度は肩を抱かれ引き寄せられてしまう。

今は入学式に参加するために馬車で学園に向かっている最中で、馬車の中には俺とアルバンの二人きりだ。
馬車に二人で座る時には、対面で座るのが普通なのに、アルバンは絶対に俺と並んで座る。
それもピッタリと寄り添って。
肩を抱かれるのは当たり前、酷い時は自分の膝に俺を乗せようとするから、俺は阻止するために全力を費やすことになる。

「ア、アルバン、なにヤンデレみたいなことを言っているんだよ。それに馬車の中で肩を抱く必要なんかないからな」
なんとかアルバンから身体を離そうとするけど、ガッチリ回った腕は離れそうにない。
王子様のくせに身長も高く、しっかりと筋肉のついた体格をしているアルバンに、平均をやや下回る俺は敵わない。
暴れるほどにアルバンに引き寄せられていく。

「いつもティティは聞いたことの無い言葉を使うよね。可愛いからいいけど」
アルバンは笑って俺の頭に頬ずりしている。

おかしい。
乙女ゲームの基礎知識と違う。
本当なら俺はアルバンに嫌われているはずなのに。無視され続けているはずなのに。

俺が5歳、アルバンは7歳の時に婚約を結んだのだが、その時からアルバンは俺に優しい。優しいなんてもんじゃない。
俺を甘やかそうと全力で向かってくる。
こんなモブ寄りの男の俺を押し付けられたというのに……。
ゲームの通りなら無視しなきゃいけないはずなのに。
幼い頃は婚約の意味が分からず、俺のことを近しい友達だと思っているのだと思っていた。
でも考えてみれば、最初からチュッチュされていたような……。

「ちょっ、アルバン放せよっ」
今もアルバンは、俺の頭にチュッチュしている。
止める気配が無い。それどころかキスの場所が移動してきている。
とうとう頬へと降りて来た。

「ティティ、俺を見て」
無理に背けようとする俺の顔を、アルバンはやんわりと、でもしっかりと自分へと向けさせる。

駄目だ。
アルバンの綺麗な瞳に目を合わせてしまうと、俺は何も考えられなくなる。
その深い緑に囚われてしまう。

「……んぅ」
唇に落ちてくるアルバンの口づけを拒むことができないのだった。
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