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18. 王族
しおりを挟む「まあ、エーリア、お久しぶりね」
「ああ、アリアンヌ。寄せてもらっているよ」
「どんなに招待状を送っても、なかなか来てもらえないから、寂しかったわ」
「魔獣がいつ襲ってくるか分からないからね。なかなかこられなくて、すまなかったね」
エーリアと楽しそうに話しているのは、王太子妃アリアンヌ。
それを隣から微笑まし気な顔で見ているのは、王太子リカルドだ。
いきなり王太子夫妻が近づいて来たのもだが、王族の人たちと仲睦まじく喋っているエーリアに、マチルダは驚いてしまっていた。
「叔母上と、アリアンヌ様は、女学校時代の同級生なのだそうだ」
シモンがマチルダへと教えてくれる。
エーリアは辺境の生まれ育ちだが、侯爵家の令嬢だったため、寮に入って貴族用の女学校に通っており、その時のクラスメートがアリアンヌだった。
当時のアリアンヌは、筆頭公爵家の令嬢だったが、身分を鼻にかけることなく、誰とでも仲良くなっていた。特に貴族令嬢とは思えない程に口の悪いエーリアとは馬が合うのか、親友と呼べる間柄になった。二人とも嫁いだ後も、交流は途絶えることなく続いているのだ。
「今日来たのは、甥の婚約者を紹介しようと思ってね」
「まあっ、シモン様の」
「シモンの婚約者のマチルダだ。マチルダ、こちらは王太子夫妻だよ」
エーリアの紹介に、マチルダはギクシャクと何とか身体を動かしてカーテシーをする。
まさか、いきなり王太子夫妻に挨拶するとは思ってもいなかった。
「初めて御目文字いたします。ウインスター伯爵家の次女、マチルダ=ウインスターでございます」
「ああ、ハイオール国の英雄殿の。お子さんか?」
「ウフフフ、可愛らしい方ね。なんだかエーリアの若い頃に似ているわ。よろしくね」
「ぐぅ、ま、孫でございます」
アリアンヌの言葉に、カエルの鳴き声のような声を上げそうなったマチルダだが、なんとか耐え、リカルドの質問に答える。
可愛らしいと王族から言われてしまった。王族からお世辞を言われるとは思わなかった。
シモンの婚約者という話が聞こえたのだろう、周りの女性たちからは悲鳴のような声が聞こえてくる。
「結婚式はいつかしら、今年? 来年? 楽しみねぇ。エーリアもすぐに、おばあちゃんになるかもね」
アリアンヌは楽しそうにコロコロと笑う。
華やかな王太子妃の笑い声は、会場を明るくするようだ。
「ああ、それなんだが、少し困っていてね」
「まあ、エーリアどうしたの。私が力になれるかしら」
アリアンヌとエーリアは、少し大きな声で話し始めたのだが、なぜか二人とも棒読みだった。
エーリアは顔をしかめ、片手で顔を覆うように、皺をよせた眉間を押さえており、その横でアリアンヌは、それは大変と両手を胸で組んでみせる。
幼い子ども達の学芸会のような雰囲気が伝わって来る。
シモンとレイヤーズ伯爵が、こらえきれずに “ブフッ” と息を吐いている。
気づかないのはマチルダとリカルドだけだ。
「マチルダは思慮深いお嬢さんでね、背中の開いたドレスなんか着たくないというか、着られないんだよ。夫以外に背中をみせるなんて、淑女教育を受けた令嬢にすれば普通はできないだろう。はしたない行いだからね。でも、ガッツィ国じゃ、夜会や舞踏会には背中の開いたドレスでなきゃ参加しちゃいけないって言われたらしくてね。可哀そうにマチルダは思い悩んでしまって、とうとう、うちの嫁にはなれないって言われてしまったのさ。それで困っているんだよ」
「まあまあ、そんなことが」
アリアンヌは大げさな身振りで、自分の両手を頬へと当てる。
いきなり自分の名前が出て、マチルダは焦る。
ガッツィ国の社交界に喧嘩を売るようなことになっている! オロオロとエーリアへ声を掛けようとするのだが、隣からシモンが小さく首を振っている。何も言うなということなのか?
「何時の間にそんな酷いことになっていたのかしら。ねえ、リカルド。ガッツィ国の淑女たちが、他の国から、はしたないドレスを着ているなんて思われているのなら、悲しいわ」
「あ、ああ、そうだな」
いきなり話を振られたリカルドは、なんとか返事を返している。
「リカルドもそう思って下さるの、嬉しいわ。私も憂いていましたのよ。決まりでも何でもないのに、暗黙の了解で背中の開いたドレスを着なければならないなんて、悲しいもの。自分の好きなドレスを着ることができないなら、夜会も舞踏会も楽しめませんわ。ねぇ」
本日のアリアンヌのドレスは、一応背中が開いたドレスのようだが、それを覆い隠すように、見事なレースのショールをかけているため、ほぼ背中が見えることはない。
「なんだい、アリアンヌ。夜会で背中の開いたドレスを着るのは、決まり事じゃないのかい」
アリアンヌの言葉に、すかさずエーリアが割って入る。
長年社交界に、渋々とはいえ参加しているエーリアが、そのことを知らない訳はない。ただ、決まり事ではないということを強調したかったのだ。
「ええそうよ。どこの典範にもそんなことは書かれていないわ。ねぇ、リカルド」
「いつの間にそんな決まりになってしまったのかねぇ」
アリアンヌとエーリアは、チラリとリカルドへ視線を送る。
リカルドは二人の視線に、少しおびえたのか、ギクリと身体を揺らしたが、なんとか態勢を整えたようだ。
「そ、そうだが、そんなに言うほどのものだろうか。はしたなくなど無いと思うのだが。もう何十年もドレスコードとされてきているし、それなりの意味があると思うのだが」
「まあ、意味があるですって。どんな意味ですの?」
「そ、それは……」
アリアンヌの歳は、エーリアと同じらしいが、華奢で愛らしい容姿をしているアリアンヌは、年齢よりも随分と若く見える。
そんなアリアンヌの笑顔は、可愛らしいし愛らしい。それなのにリカルドは、なぜか圧を感じてしまっている。
「いや、あの……」
煮え切らないリカルドの態度に、アリアンヌの眉毛が弓なりに上がっていく。
「は、母上がパーティーを皆と楽しもうと考えられた装いだと聞いている。もう40年以上続いて慣例となっているものを、そう簡単に変えるわけには……」
アリアンヌからは、何度かドレスの暗黙の了解について、意見をいわれたことがある。だがリカルドにすれば、自分の母親が始めたことを、簡単に終わらせるのは、いかがなものかと思っているのだ。
「このママンスキーのエネヤロー」
「ぐっ」
リカルドには聞こえるが、周りには聞こえることのない、絶妙な音量でアリアンヌが呟く。
リカルドは言葉に詰まる。
アリアンヌは、時に聞いたことの無い言葉を自分に向けてくる。意味を調べようと、周りの者達にそれとなく聞いてみても、誰も知らない。
それでも、嫌味や悪口なのだろうということは、なんとなく解る。
「ハッハッハッ。この決まり事を作った当時の王妃様は、それはお美しかったそうですな」
笑顔のレイヤーズ伯爵が、話に入ってくる。
「40年前といえば、私たちが生まれてくる前の話ですから、伝聞でしか知りようはありませんが、当時の王妃様は、ご自分がお美しいことを理解されていて、ご自慢の背中を、皆に見せたかったようですな」
体格が良く、威圧感があるレイヤーズ伯爵だが、笑顔だと、とたんに人懐こいイメージに変る。
リカルドは王族ということもあり、険しい顔をしたレイヤーズ伯爵を見たことは無い。レイヤーズ伯爵は、温和な人物だと認識している。
「若く美しい王妃様の背中は、誰もが称賛したことでしょう。暗黙の了解を皆が受け入れたのも、それがあったからでしょうなぁ。ただねぇ」
レイヤーズ伯爵は言葉を一旦切る。
温和な笑顔が何かしら、凄みのある笑顔へと変わっている。
「殿下も分かっていられるでしょう。どんなにお美しくあられても、人間は等しく年を取る。甘言を言う者しかいないとしても、もう気づいておられるはずですよ」
ババアの背中なんか、誰も見たくはないってね。
言ってはいない。
決してレイヤーズ伯爵は不敬な言葉を言ってはいない。それなのに、しっかりと聞こえた気がした。
現在、国王陛下の体調が悪く、王妃も国王に付き添っており、今回の夜会には参加していない。
もともと身体がそれほど丈夫ではない国王だ。今回の体調不良には関係無く、そろそろ退位をと、周りの者達も考えている。
「ねえ、リカルド。レイヤーズ伯爵家が困っていらっしゃるのよ。昔の決まり事に固執するのはおかしいわ」
アリアンヌの声は、王太子夫妻に挨拶しようと集まってきている者たちへと、まるで聞かせるかのように、よく響いている。
ここでレイヤーズ伯爵家の申し出を受けるのか、受けないのか。判断できるのは、この優柔不断の王太子しかいない。
自分が近い将来座ることになる国王の座を盤石にするためにはどうすればいいのか、嫌と言うほどわかっているはずだ。
リカルドは、口を開いたのだった。
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