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第一章

第五話 フォルター -2-

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 流石は吟遊詩人として活躍しているというだけあり、フォルター先生の話を皆聞き入っていた。
 俺がこの店に下働きに来たときから、冒険者を引退してここを継ぐまで。その流れを時々冗談交じりに、あたかも全ての事実を話しているかのように語っていた。


「おっと、随分話し込んじまったようだ」
 フォルター先生が話を終えた頃にはすっかり日が沈んでいて、夕飯の支度をする音がどこからともなく聞こえてきた。
「やっば! すいませんフォルターさん。用事があるのを忘れてました! お先に失礼します!」
 アブゾルフが立ち上がり、机の上を軽く片付けながら急いで帰り支度を始めている。
「おう、気にすんな気にすんな。俺も結構長話が好きで話し込んじまったからな。ところでお二人さんは帰らないで平気かい?」
「そうですね、それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます。フォルターさん、今日は色々とありがとうございました」
 ロルフが深々と礼をし、レーアもそれに続く。
「フォルターさんはこの後はどうされるのですか」
「実はこの街に来てからすぐここに来た手前、宿を取っていなくてな。ここに泊めさせてもらおうかな。ヴァラン、いいかな」
「そういうことでしたら、勿論」
「ってわけだ、じゃあなお前ら。気をつけて帰れよー」




「さて、と。ヴァラン、こういう感じでよかったか」
 全員が帰り俺が戸締まりをしたのを見計らい、先生が問いかけてくる。
「ええ、ありがとうございます。おかげで助かりました。流石は」
「吟遊詩人、とでもいうのかな」
 フォルター先生が煙草をふかしながら笑っている。
「ええ、そうです。流石は吟遊詩人フォルター先生です」

 吟遊詩人、とはこの世界では一般的だ。ある者は冒険譚を、ある者は権威ある者の批判を、ある者は最近の情勢を街中で語る。
 ただ、その吟遊詩人とはつまるところ国公認の諜報部員である。何処の街に居ても怪しまれず、情報を集めることができる。
 吟遊詩人は国の許可証無くしては活動ができないことに加え、時には身分を隠して荒事をすることもあるため、冒険者や兵士としても一定以上の実力がないとなることができない存在だ。

「まあ、な。ここを見る限り、セレルの事はまだ消化しきれてないんだろうからな」
 フォルター先生の視線の先には花弁がくすんでしまった銀の薔薇がある。
「大分整理はついたんですけれどね。それでもまだ、やっぱり。ですから嘘のない範囲で誤魔化していただいて感謝してます」
「まあ、駄目な弟子の尻拭いをするのが師匠ってもんだしな。これくらいは朝飯前だよ。お前が元気そうなら何よりだ」
 煙草の火を手で揉み消した先生は何かを思い出したという顔になり口角を上げた。
「ところで、前ここに来た時にお前が言ってたアルちゃんってのはどこだい?」
 アルが出立した直後にフォルター先生がここを訪れた時に話した記憶がある。余り思い出したくはない記憶だ。


「まだ返ってきてませんね。ただ手紙のやり取りはしていて、それによると半年もしないで帰ってくるみたいです」
「そりゃよかったよかった。俺としてもそんな話が聞けて嬉しいぜ」
 そういうと先生はグラスに残ったウイスキーを一息に煽った。


「ところでよ、お前俺のことまーだ先生先生って言うんだな」
 空のグラスを置くなり先生はそう尋ねてきた。
「まあ、その……俺にとっては先生ですから」
「魔法師として確かに色々手解きはしたけどよ、お前さんももう30とかだろうに。そろそろ弟子卒業してもいい頃だと思わんか」
 俺が答えあぐねていると、ふと思いついた顔になったフォルター先生が喋りだした。
「いいこと考えた。俺のこと先生って呼ぶの止めるまで代金踏み倒そうかな」
「それは、困りますね。フォルター先生、いや、フォルターさん」
「お、上出来上出来。流石は俺の一番弟子。飲み込みが早いね」
「流石にこれくらいは、ですかね」と思わず苦笑してしまう。
「それに、どうやらちゃんと鍛え直しているらしいしな。俺もいつかは抜かされるかもな」
「まだまだ先生には及びませんよ」
「どうだかな」と言うと先生は残った酒を一息に煽って立ち上がった。

「んじゃ、次会うときまで元気でな、それじゃあヴァラン。また会おうぜ」
 気がつくとフォルター先生の姿は消えていて、机には”お代”と書いた紙が着いた大量の金貨を入れた袋が置かれていた。
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