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一章【くたびれた英雄】

【4】「逃げればいい」

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俺は4両編成の列車を睨んで物色した。
すると窓がなく、角張って堅牢けんろうそうな後部車両が目に入る。

おのずとそれが貨物列車だとわかった。

「ネモあれだ!」

俺とネモは、直ちに車両へと飛び乗り、
貨物車両の入り口へ。

扉には鉄の錠がかかっている。

鍵穴を見て、ピッキングできる構造だとわかるが、
急いでいる今は、その手間が惜しい。

ふと、視線の端に、車両連結用の
大きな工具が転がっているのが見える。

これなら後ろにいる大男に、壊させた方が早そうだ。

「ネモ。ちょいとこのクソッたれの錠前を壊してくれ」

「はい。わかりました」

ネモはそう言うと、何を思ったかのか素手で錠前を握り、
そのままメキメキと握りつぶし、引き千切ってしまう。

「うっわ!!お前さん!なんて怪力だよ!
 図体がでかいとやっぱり違うなぁ!」

「取り柄なもので。すみません」

「いやいや!上等上等!!」


順調に進む計画に、俺は思わず顔をにやけさせる。


俺にはこの先の算段も頭にえがいていた。

ネモに説明した儲けになる品々は、
どれも簡単には金品に変えられるものじゃない。

それを換金するルートと、方法を持っていなければ、
ただ価値があるだけの無用物、宝の持ち腐れになる。

俺はその方法を、いくらでも用意できる。

だがコイツネモには無理だ。

そうなれば、奴は俺を頼らずには居られないのだから
報酬に色を付けたくらいの端金はしたがねを渡して満足させればいい。

報酬の山分け?

報酬の分配について話した記憶は無い。
俺の総取りだ。

俺は、実家から逃げた時に、
それまで持っていた良心をごっそりと手放した。

そうしなければ生き残れない世界に居るからだ。

騙される弱い奴が悪い。
世の中は不条理で成り立っている。

—————————————————————————————————————

「なんだ……こりゃ」

俺は、積まれていた貨物の正体に驚愕した。

そこにあったのは、
金属のバケットにたっぷりと敷き詰められた
ブルーグリーンの魔石だった。

それも100や200どころじゃない。
数千、数万という大量の魔石だ。

俺の頭がぐるぐると回り、
この大量の魔石に対して、納得のいく答えを探る。


魔石とは、どこの国でも重宝される値崩れしない安定資産だ。


なので、その採掘源を持つ国となれば、
それはそのまま、その国の代名詞となる。

ここまで大量の魔石を採掘できるのならばなおの事。

だからこそ、この大量の魔石がここにあるのはおかしい。

このヘシオーム王国で、
魔石が採掘されるだなんて話を、俺は聞いた事がないんだ。


魔石商人の一族に属していた過去の自分が知らず、
金の匂いに敏感な裏ギルド所属に属している現在の自分も知らない。


魔石産業という、巨大市場において、
採掘地の情報が出回らないなんて事はあり得ない。


そうなると、真実はひとつ。


ヘシオーム王国が威信いしんをかけて、
この魔石について秘匿ひとくしているとしか考えられない。

なんでだ?

なんで王国が魔石の事を隠す必要がある?

「列車の足止め……虚神教……
 大量の魔石……王国の秘密……」

様々なピースが頭に散らばり、
脳内でそれを組み合わせていく。

魔石商人だった、若い日の知識がそれを導いた。

やがてパチパチとピースが繋がり、
俺は、この魔石の正体と意味を理解した。


そして、俺の浮ついていた心から、
ポジティブな感情が、ごっそりと消え失せた。


「アシナメさん…どうしました?
 この宝石は、運び出さないのですか?」

「まずい…まずいぞネモ」

「何がまずいのですか?」

「これは『トマリン』だ」

「トマリン?」

「そう…俺も実物を見るのは初めてだ。
 コイツは一般の市場には出回らない、
 なにせ、この魔石は『魔法源泉』の燃料だからな」

「『魔法源泉』と言うと…あの魔力融合炉の?」


~以下説明~【魔法源泉】
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

今より2000年以上前、
まだ神と人が戦っていた『神戦時代』、
その時代に、人族アロアントと、
魔族ゲルアント両陣営から出た英傑達が居た。

すなわち、

英雄ヘシオム、
勇者アヌロヌメ、
聖女ドドゴミン、

その3名は、2柱の神族と戦い勝利した。

『唯一神アロンパン』と、
『虚神ゲルドパン』である。

【魔法源泉】とは、その時に倒した、
2柱の『神の核』を、転用して建造された
2つの魔力融合炉の俗称である。

【魔法源泉】は、

人族アロアントの治める国ヘシオーム王国と、
魔族ゲルアントの治める国アヌローヌ共和国に建造され、
その周辺国に魔力を供給し、現代の魔法社会の根底を支えているかなめ

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
~以上説明終わり~


「アシナメさん…どういう事でしょうか?
 これはお宝だと言う事で良いのですか?」

ネモの野郎が考えなしに喋るのを聞いて、俺は頭に血が上る。

「バカ言え!こんなもの、どこにも売れない!!
 こんなもの!そこいらの市場に流してみろ!
 王国の賢者衆から、死ぬまで逃げ続けるはめになるぞ!!!」

「賢者衆に……それは困りますね」

「くっそ!!くそが!!!」

「……?」

ネモは、感情的になる俺を見て怪訝な顔をしている。

どうして俺が、ここまで焦っているのか、
その理由が全くわかっていないのだ。

確かに、想像力が乏しいと、
わからない事かもしれない。

もしも、トマリンを盗んで、
何処かへ売り捌いた後だったなら。

それはもう手遅れだ。

でも幸いにも、俺達はまだ何も盗んでいない。

全て見なかった事にして、
トンズラを決めれば丸く収まる話。


でもそれは誤りだ。


俺は頭の出来が少々良い。
だから、今回ギルドに持ちかけられた依頼の意味。
ウドド運行列車を止めた理由、その真相に気づいてしまった。


この依頼の裏には、どうやら虚神教団が居る。

虚神教団は、今は亡き『虚神ゲルドパン』を信仰する教団で、
そいつらの依頼で止めた列車は、大量の『トマリン』を運んでいた。

その『トマリン』は、『魔法源泉』を動かす魔石燃料で、
『魔法源泉』は、『神の核』を転用して建造されている。

ここまで発想できれば、物事の関連性と、その目的が見えてくる。

もしも、燃料トマリンの供給を止めて、
『魔法源泉』を停止させる事が目的だとしたら?

その中にある『神の核』を狙っているとしたら?

『魔法源泉』の中にある、装置に転用された『神の核』を、
神を信仰する集団が求めるのはおかしな話じゃ無い。

いったい、何がしたくてそんな事をするのか、
そこまでは分からないが、
何か大変な事が起ころうとしているのは確実だ。


「いいかネモ。よく聞け。
 何が目的かわからねぇーが、奴等は、
 『魔法源泉』に手を出そうとしてる」

「………!!?」

ネモの野郎にもようやく事態が飲み込めた様で、
出会って初めて感情のこもった顔を見せた。

「欲をかいた罪が下った……ってとこか?
 お前さんには、悪いことをしたな」

「………はい?」

俺の謝罪に、ネモは頭をかしげる。

「どうして謝るのですか?」

「どうしてって……そりゃ、
 こんな事に巻き込んこんだから…だろ?」

「はぁ……ですが…何か問題が?」

「おまっ……問題ってレベルじゃないだろ!
 『魔法源泉』が壊されでもしたら
 今この国にある魔法社会はひっくり返るぞ!
 魔力不足の生活苦だけじゃない!
 戦争にだって発展するかもしれないんだぞ!」

「いえ…それはわかるのですが
 なぜ『あなた』が、そんな事を心配をするのですか?」

「……は?…」



「逃げればいいじゃないですか」



その言葉に、神経がビリビリと震えた。
強い風に吹かれたような、そういう感覚を得た。

「あ…あぁ…そうか……そうだな…」

ネモに言われるまで、俺は焦るばかりで気づかなかった。
どうやら物事の本質を見落としていたのは、俺の方だった。

俺が、俺ごときが関わって
どうにかできる問題じゃない。

全くその通りだ。

「私たちでは、どうする事もできない。
 素直に『見て見ぬ振り』をして逃げましょう」

鳩尾みぞおちがキリキリと痛む。
まぶたが自然と下がり、視界をかすませる。

「……そ…そうだな。
 おう……そうだ……ズラかるか…」


自分じゃコントロールできない感情の波、
その波から視線をそらし、
見ないように、感じないようにする。

でも、そうすれば、するほど、
例えようもない虚しさを感じた。


『兄さま兄さま行かないで』
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