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愛し合う条件
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オレの父は売れないお笑い芸人、母は大手商社に務めるキャリアウーマン。母は毎日仕事が忙しく、父の本業は月に2度の舞台ぐらいなものだったため育児は当然父が行っていた。
小さい頃は優しく面白いことばかりを言ってる父が大好きだった。だけど、少し大きくなるとわかる。顔も特に男前でもなく家族を養えるわけでもない甲斐性がない父と美人で仕事もでき頭もよかった母は明らかに不釣り合いな夫婦だった。
それでも、特に夫婦仲も悪くなかったし笑いの耐えない幸せな家族だった。父は笑いのセンスがなくハッキリ言って息子のオレでも苦笑いしかでないようなお笑い芸人には向いていない男だった。だけど、時代の波になぜか父はうまくのっかりオレが高校に上がった頃には売れっ子になっていた。
売れているのだから当然家事も育児もしなくなったが、オレも大きくなっていたし、テレビで父の姿をみて相変わらず面白くないのに、何がよいのやらと不思議に思いながらもようやく掴んだ父の成功を嬉しく思っていた。
ある日母とテレビでインタビューを受ける父を見ていた時のことだ。
父は『ここまでこれたのも売れなかった時代を支えてくれた妻のおかげです。これからも妻を大事に、少しでも恩返しできればと思っています。みさき見てる?愛してるよ~』
と話すのを聞いたオレはさぞ嬉しそうな顔をしているだろうと母をみた。だけど、母は凍るような眼差しを画面越しの父に向けていた。そして、
『慧人覚えてる?あなた小さい時になんでパパみたいな人と結婚したのってママに聞いたことあるでしょう?』
『うん。覚えてる。笑って教えてくれなかったよね。』
『あの人私にこう言ったの。『みさきさん、ぼくは何にももってないし顔だって男前でもありません。でも、一生あなたを笑わせるし嘘も絶対につかない自信があります。』って。確かに何も持っていないけれど、誠実な人だと思ったわ。だから、結婚したの。
でも、残念。人って変わるのね。こんな大勢が観てるような場所で平気で嘘をつけるようになるんだもの。この人浮気してるの。ご丁寧にあの人との情事を録画した動画付きのメッセージが愛人から送られてきたわ。ほんと残念ね。』
そう言って静かにテレビを消した。その後しばらくして両親は離婚した。別れを切り出す父に母は『そう』と一言だけしか言わなかった。捨てたはずの父の方が捨てられたような顔をしていた。
次々と冷めていく豪華な記念日の食事を前にして、あの時に言った母の言葉を今思い出すなんて自分でもおかしくて仕方がない。手の甲に浮かんだ文字を見てなんて情緒のない文字だこととクスッと笑いながら食卓を後に部屋へと入っていった。
この国へと召喚されたのは10年以上前。ありがちな魔法があるこの国では、人々は当たり前のように魔法を使って生活をしている。
だが、魔法も使いすぎれば排気ガスのようにこの国を覆って様々な災害が起こるようになる。それを防ぐため使用された魔法を吸収する魔法石が世界各地に配置されていた。魔法石が吸収できるのは凡そ100年分であり、吸収できなくなると大きな災害となって排出される運命にあった。
そこで登場するのがオレのように魔力を持たない異世界人だ。オレの役目は各地を回って魔法石が空になるまでその魔力を吸い上げること。吸い上げてもオレに魔法が使えるようになるわけではない。ただ、吸収して食べ物のように消化することができるのだ。
この世界にとってはありがたい存在であるはずのオレだけど、どこにでも世界の破滅を願う集団はいるもので、各地を回るのは危険と隣り合わせだ。だから、オレを護衛する騎士が常にそばにいた。その中の一人、現在は伴侶であるジェイクとは数々の死線を越えた仲だ。
実際何度も危ない目にあったし、死にそうな怪我を負ったこともあった。今考えればあの時死んでいればこのような憂き目にあうこともなかっただろう。
旅の途中でいつしか愛し合っていたオレたち。だけど、異世界人はこの世界にとって異分子であり役目を終えれば元の世界へと帰る運命にあった。
ジェイクを愛していたオレはどうしても帰りたくなく、知恵を求めこの世界で一番の魔女と呼ばれる人物に会いに行った。そこでオレはある方法を聞き実践することなる。実際、オレと同じく帰りたくない異世界人が何度も行なった方法だが今まで成功したのはたったの一例だった。
そんなことをつらつらと思い出しながら部屋を片付ける。どれも思い出深い品物だ。結婚を決めた時に彼から贈られた花も押し花にして大事にしまってあった。他にも毎年の記念日に贈られた品々。お揃いのカップ。洋服。自分の物は全て。
それを次々に廃棄用の箱へと入れていく。この箱に入れたものは全て灰燼に帰す。オレにはもう持ってはいられないものだから。それに、こんなものを遺されても迷惑になるだけだろう。
そうやって次々と片付け最後にじっくりと結婚指輪を眺める。これを渡してくれた日は昨日のように思い出せるのに。本当に嬉しかった。思えばあの頃が一番幸せだったかもしれない。
『よし』踏ん切りをつけるように一声出すとそれも箱に入れた。その頃には、いつしか翌日の夜になっており、ようやくジェイクが家へと帰ってきた。
「ただいま」
「ジェイク、おかえり」
ジェイクは部屋へと入ってくると
「何をしている?部屋に何もないじゃないか。その箱に入れたものは全て消えてしまうんだぞ?一体どうしたっていうんだ?」
「うーん。初めに言うことがそれなんだ。昨夜はお楽しみでしたね。」
「えっ?何を。昨日は急な宿直で城に泊まっただけだ。」
「あー。そういうのいらない。とりあえず話そうか。」
ジェイクへ椅子に座るように促す。
「ジェイク、昨日何の日だったかわかる?」
「いや、別に記念日でも何でもなかったはずだが。あぁ、そういえば早く帰ってきてと言われていたのに済まなかったな。同僚に頼まれて急に宿直をすることになったんだ。連絡もできずにすまない。」
少し目を泳がせながらそう言うジェイクの顔をじっと眺める。あぁ、こんな時でも彫りの深い男前な顔だ。別に顔に惚れたわけではないけれど。
「フフフ。そうだね。何でもない日。だけど、オレにとってはとても重要な大切な日になるはずだった。まぁ、それも水の泡。フフフ。言い得て妙だ。
ジェイク、キミと各地を回った旅のこと思い出してたんだ。正直、命を狙われてばっかりだったし、野宿しなきゃだしほんと楽しいことばかりじゃなかった。でも、今はただただ懐かしい幸せな思い出だ。」
「何なんだ急に?オレは仕事で疲れているんだ。思い出話なら今度また暇な時にでもしてくれないか?」
「悪いね。でも、もう時間がないんだ。」
「時間がない?何を言っている?毎日部屋で家事をしてるだけで、特にすることなんかないだろう?オレは毎日仕事で忙しいんだ。」
「ハハハ。そうか…そうか…。とっくに………。うん。でも、ごめんね。聞いてくれる?」
渋々といったように立ち上がりかけた体をもとに戻すとこちらを向いた。
「あのね。ジェイクは知らないというか異世界人以外には知らされない重要なことがあってね。異世界人は吸収の旅を終えると本当はすぐに元の世界へと帰らないと行けないんだ。異世界人はこの世界にとっては異分子だからね。」
「はっ?何を?ケイトはずっとこの世界にいるじゃないか。」
「うん。そうだよ。でもね、だからこのままこの世界に残るためにはあることをしなければならないんだ。いやぁ、絶対にオレたちは大丈夫だと思ってたのに、生涯オレしか愛さないと誓ってくれたキミとならやり遂げられると思ってた。失敗しちゃったなぁ。フフフ。」
「何を失敗したっていうんだ。さっきからもったいぶってないでサッサと本題に入ってくれ。」
「うんうん。それでね、その方法っていうのがまずこのことを伴侶や恋人に絶対にやり遂げるまで話してはいけない。だから、キミにも話せなかった。
昨日がそのやり遂げるはずだった日だ。ほんと惜しかった。あと一日だったのに……。
まぁ、わりと大変なことだった。その方法というのは、10年間誓いを立てた日から伴侶と体の関係を持ってはいけない。伴侶はその間不貞をしてはならない。
ごめんね。理由もいわずにキミのことを拒み続けてたんだもの、納得できないよね。何度もそれでケンカになったわけだし、それでも10年も浮気しなかったんだから充分すごいよ。まぁ、昨日とうとうそれを破っちゃったわけだけど。」
「浮気?オレは浮気などしていない。」
きまりが悪そうにそれでも否定をし続ける。
「フフフ。ほんとにそうだったら良かったんだけどね。そしたら、昨日の午前0時、オレはこちらの世界の人間へと体が変わってるはずだった。そして、そのまま死ぬまでこの世界に残れるはずだったし、キミに抱いてもらうこともできるはずだった。
時々、色んな人に声かけられてたでしょう?キミみたいな男前はそれこそたくさんあっただろうね。それを全てはねのけていたんだから、すごいよ。でも、最後の日に魔女がとどめのように浮気をするように唆した。意地悪でしょ?だけどまぁ、今までに乗り越えた人はたったの一人しかいなかったわけだし、ほとんどの人は10年どころか2、3年しか持たなかったらしいから。かなりムリゲーだよね。」
「お、オレは。」
「この手の甲見て。」
「何だそれは?数字のようにみえるが………。時間か?数字が減っていっている?」
「うん。正解。これは残された時間。キミが不貞をした瞬間からカウントが始まったんだ。カウントは24時間からどんどん減っていく。帰ってくるの遅いからもう会えないままで終わるかと思ってたよ。最後にキミに会いたかったからなんとか間に合ってほんとによかった。」
「まるで、消えてしまうような言い方じゃないか?まさか、元の世界へと帰るのか!」
「ううん。10年前なら帰るだけなんだけど、これは違う。自分を全てかけて二人の愛情をはかる試練なんだ。だから、失敗した時は人魚姫のように泡となって、いや、粒子となって消えるんだ。」
「嘘だ!消えるなんて!浮気をしたことなら謝る。ケイトがいつもオレを拒むから、ケイトの世界では男同士は一般的ではないと言っていた。だから、やっぱりオレと結婚しても受け入れられないんだと思っていた。
愛しているのに、愛しているからこそケイトを抱けないのは何よりも辛かった。だけど、そんな理由があったなんて!いつも、ケイトは辛そうな顔をして何度も謝っていたというのに。オレは、オレは何ていうことをしてしまったんだ!謝る。神にでも何でも。だから、オレからケイトを取り上げないでくれ!」
悲痛な面持ちでジェイクがすがりついてきた。その大きな体を覆うようにそっと抱きしめた。
「フフフ、ありがとう。それでも、やっぱり感謝してる。最近は目も合わせてくれなくて、気持ちが離れていっていることに気がつきながらも、気がつかないフリをしてた。体の関係なんてなくてもキミとはわかりあえる。ずっと、愛し愛される関係でいられる。そう思ってた。愛し合うには条件がいるんだね。」
ジェイクの頬をはさみじっと眺める。オレの愛した人。大好きな人。消えると分かっても恨む気持ちも全く湧いてこなかった。愛してるそれだけだ。
「すまない。オレが悪かった。体の関係なんて一生なくてもいい。ケイトが側にいてさえくれれば。愛してるんだ。消えてしまうなんて耐えられない。オレはなんてことをしでかしてしまったんだ!」
「ジェイク、人がずっと変わらずいることは本当に難しい。それでも、キミを信じていたし、愛していた。いや、今でも愛してる。あぁ、もう時間がなくなったようだ。幸せに。キミの幸せを願ってる。キミに会えて……」
そこまで言うと慧人は粒子となって消えていく。
「待って!待ってくれ!お願いだ!オレを置いていかないでくれ!ケイト!ケイト!」
そして、そこには初めから何もなかったかのように泣き崩れる男以外何も残されていなかった。
おわり
小さい頃は優しく面白いことばかりを言ってる父が大好きだった。だけど、少し大きくなるとわかる。顔も特に男前でもなく家族を養えるわけでもない甲斐性がない父と美人で仕事もでき頭もよかった母は明らかに不釣り合いな夫婦だった。
それでも、特に夫婦仲も悪くなかったし笑いの耐えない幸せな家族だった。父は笑いのセンスがなくハッキリ言って息子のオレでも苦笑いしかでないようなお笑い芸人には向いていない男だった。だけど、時代の波になぜか父はうまくのっかりオレが高校に上がった頃には売れっ子になっていた。
売れているのだから当然家事も育児もしなくなったが、オレも大きくなっていたし、テレビで父の姿をみて相変わらず面白くないのに、何がよいのやらと不思議に思いながらもようやく掴んだ父の成功を嬉しく思っていた。
ある日母とテレビでインタビューを受ける父を見ていた時のことだ。
父は『ここまでこれたのも売れなかった時代を支えてくれた妻のおかげです。これからも妻を大事に、少しでも恩返しできればと思っています。みさき見てる?愛してるよ~』
と話すのを聞いたオレはさぞ嬉しそうな顔をしているだろうと母をみた。だけど、母は凍るような眼差しを画面越しの父に向けていた。そして、
『慧人覚えてる?あなた小さい時になんでパパみたいな人と結婚したのってママに聞いたことあるでしょう?』
『うん。覚えてる。笑って教えてくれなかったよね。』
『あの人私にこう言ったの。『みさきさん、ぼくは何にももってないし顔だって男前でもありません。でも、一生あなたを笑わせるし嘘も絶対につかない自信があります。』って。確かに何も持っていないけれど、誠実な人だと思ったわ。だから、結婚したの。
でも、残念。人って変わるのね。こんな大勢が観てるような場所で平気で嘘をつけるようになるんだもの。この人浮気してるの。ご丁寧にあの人との情事を録画した動画付きのメッセージが愛人から送られてきたわ。ほんと残念ね。』
そう言って静かにテレビを消した。その後しばらくして両親は離婚した。別れを切り出す父に母は『そう』と一言だけしか言わなかった。捨てたはずの父の方が捨てられたような顔をしていた。
次々と冷めていく豪華な記念日の食事を前にして、あの時に言った母の言葉を今思い出すなんて自分でもおかしくて仕方がない。手の甲に浮かんだ文字を見てなんて情緒のない文字だこととクスッと笑いながら食卓を後に部屋へと入っていった。
この国へと召喚されたのは10年以上前。ありがちな魔法があるこの国では、人々は当たり前のように魔法を使って生活をしている。
だが、魔法も使いすぎれば排気ガスのようにこの国を覆って様々な災害が起こるようになる。それを防ぐため使用された魔法を吸収する魔法石が世界各地に配置されていた。魔法石が吸収できるのは凡そ100年分であり、吸収できなくなると大きな災害となって排出される運命にあった。
そこで登場するのがオレのように魔力を持たない異世界人だ。オレの役目は各地を回って魔法石が空になるまでその魔力を吸い上げること。吸い上げてもオレに魔法が使えるようになるわけではない。ただ、吸収して食べ物のように消化することができるのだ。
この世界にとってはありがたい存在であるはずのオレだけど、どこにでも世界の破滅を願う集団はいるもので、各地を回るのは危険と隣り合わせだ。だから、オレを護衛する騎士が常にそばにいた。その中の一人、現在は伴侶であるジェイクとは数々の死線を越えた仲だ。
実際何度も危ない目にあったし、死にそうな怪我を負ったこともあった。今考えればあの時死んでいればこのような憂き目にあうこともなかっただろう。
旅の途中でいつしか愛し合っていたオレたち。だけど、異世界人はこの世界にとって異分子であり役目を終えれば元の世界へと帰る運命にあった。
ジェイクを愛していたオレはどうしても帰りたくなく、知恵を求めこの世界で一番の魔女と呼ばれる人物に会いに行った。そこでオレはある方法を聞き実践することなる。実際、オレと同じく帰りたくない異世界人が何度も行なった方法だが今まで成功したのはたったの一例だった。
そんなことをつらつらと思い出しながら部屋を片付ける。どれも思い出深い品物だ。結婚を決めた時に彼から贈られた花も押し花にして大事にしまってあった。他にも毎年の記念日に贈られた品々。お揃いのカップ。洋服。自分の物は全て。
それを次々に廃棄用の箱へと入れていく。この箱に入れたものは全て灰燼に帰す。オレにはもう持ってはいられないものだから。それに、こんなものを遺されても迷惑になるだけだろう。
そうやって次々と片付け最後にじっくりと結婚指輪を眺める。これを渡してくれた日は昨日のように思い出せるのに。本当に嬉しかった。思えばあの頃が一番幸せだったかもしれない。
『よし』踏ん切りをつけるように一声出すとそれも箱に入れた。その頃には、いつしか翌日の夜になっており、ようやくジェイクが家へと帰ってきた。
「ただいま」
「ジェイク、おかえり」
ジェイクは部屋へと入ってくると
「何をしている?部屋に何もないじゃないか。その箱に入れたものは全て消えてしまうんだぞ?一体どうしたっていうんだ?」
「うーん。初めに言うことがそれなんだ。昨夜はお楽しみでしたね。」
「えっ?何を。昨日は急な宿直で城に泊まっただけだ。」
「あー。そういうのいらない。とりあえず話そうか。」
ジェイクへ椅子に座るように促す。
「ジェイク、昨日何の日だったかわかる?」
「いや、別に記念日でも何でもなかったはずだが。あぁ、そういえば早く帰ってきてと言われていたのに済まなかったな。同僚に頼まれて急に宿直をすることになったんだ。連絡もできずにすまない。」
少し目を泳がせながらそう言うジェイクの顔をじっと眺める。あぁ、こんな時でも彫りの深い男前な顔だ。別に顔に惚れたわけではないけれど。
「フフフ。そうだね。何でもない日。だけど、オレにとってはとても重要な大切な日になるはずだった。まぁ、それも水の泡。フフフ。言い得て妙だ。
ジェイク、キミと各地を回った旅のこと思い出してたんだ。正直、命を狙われてばっかりだったし、野宿しなきゃだしほんと楽しいことばかりじゃなかった。でも、今はただただ懐かしい幸せな思い出だ。」
「何なんだ急に?オレは仕事で疲れているんだ。思い出話なら今度また暇な時にでもしてくれないか?」
「悪いね。でも、もう時間がないんだ。」
「時間がない?何を言っている?毎日部屋で家事をしてるだけで、特にすることなんかないだろう?オレは毎日仕事で忙しいんだ。」
「ハハハ。そうか…そうか…。とっくに………。うん。でも、ごめんね。聞いてくれる?」
渋々といったように立ち上がりかけた体をもとに戻すとこちらを向いた。
「あのね。ジェイクは知らないというか異世界人以外には知らされない重要なことがあってね。異世界人は吸収の旅を終えると本当はすぐに元の世界へと帰らないと行けないんだ。異世界人はこの世界にとっては異分子だからね。」
「はっ?何を?ケイトはずっとこの世界にいるじゃないか。」
「うん。そうだよ。でもね、だからこのままこの世界に残るためにはあることをしなければならないんだ。いやぁ、絶対にオレたちは大丈夫だと思ってたのに、生涯オレしか愛さないと誓ってくれたキミとならやり遂げられると思ってた。失敗しちゃったなぁ。フフフ。」
「何を失敗したっていうんだ。さっきからもったいぶってないでサッサと本題に入ってくれ。」
「うんうん。それでね、その方法っていうのがまずこのことを伴侶や恋人に絶対にやり遂げるまで話してはいけない。だから、キミにも話せなかった。
昨日がそのやり遂げるはずだった日だ。ほんと惜しかった。あと一日だったのに……。
まぁ、わりと大変なことだった。その方法というのは、10年間誓いを立てた日から伴侶と体の関係を持ってはいけない。伴侶はその間不貞をしてはならない。
ごめんね。理由もいわずにキミのことを拒み続けてたんだもの、納得できないよね。何度もそれでケンカになったわけだし、それでも10年も浮気しなかったんだから充分すごいよ。まぁ、昨日とうとうそれを破っちゃったわけだけど。」
「浮気?オレは浮気などしていない。」
きまりが悪そうにそれでも否定をし続ける。
「フフフ。ほんとにそうだったら良かったんだけどね。そしたら、昨日の午前0時、オレはこちらの世界の人間へと体が変わってるはずだった。そして、そのまま死ぬまでこの世界に残れるはずだったし、キミに抱いてもらうこともできるはずだった。
時々、色んな人に声かけられてたでしょう?キミみたいな男前はそれこそたくさんあっただろうね。それを全てはねのけていたんだから、すごいよ。でも、最後の日に魔女がとどめのように浮気をするように唆した。意地悪でしょ?だけどまぁ、今までに乗り越えた人はたったの一人しかいなかったわけだし、ほとんどの人は10年どころか2、3年しか持たなかったらしいから。かなりムリゲーだよね。」
「お、オレは。」
「この手の甲見て。」
「何だそれは?数字のようにみえるが………。時間か?数字が減っていっている?」
「うん。正解。これは残された時間。キミが不貞をした瞬間からカウントが始まったんだ。カウントは24時間からどんどん減っていく。帰ってくるの遅いからもう会えないままで終わるかと思ってたよ。最後にキミに会いたかったからなんとか間に合ってほんとによかった。」
「まるで、消えてしまうような言い方じゃないか?まさか、元の世界へと帰るのか!」
「ううん。10年前なら帰るだけなんだけど、これは違う。自分を全てかけて二人の愛情をはかる試練なんだ。だから、失敗した時は人魚姫のように泡となって、いや、粒子となって消えるんだ。」
「嘘だ!消えるなんて!浮気をしたことなら謝る。ケイトがいつもオレを拒むから、ケイトの世界では男同士は一般的ではないと言っていた。だから、やっぱりオレと結婚しても受け入れられないんだと思っていた。
愛しているのに、愛しているからこそケイトを抱けないのは何よりも辛かった。だけど、そんな理由があったなんて!いつも、ケイトは辛そうな顔をして何度も謝っていたというのに。オレは、オレは何ていうことをしてしまったんだ!謝る。神にでも何でも。だから、オレからケイトを取り上げないでくれ!」
悲痛な面持ちでジェイクがすがりついてきた。その大きな体を覆うようにそっと抱きしめた。
「フフフ、ありがとう。それでも、やっぱり感謝してる。最近は目も合わせてくれなくて、気持ちが離れていっていることに気がつきながらも、気がつかないフリをしてた。体の関係なんてなくてもキミとはわかりあえる。ずっと、愛し愛される関係でいられる。そう思ってた。愛し合うには条件がいるんだね。」
ジェイクの頬をはさみじっと眺める。オレの愛した人。大好きな人。消えると分かっても恨む気持ちも全く湧いてこなかった。愛してるそれだけだ。
「すまない。オレが悪かった。体の関係なんて一生なくてもいい。ケイトが側にいてさえくれれば。愛してるんだ。消えてしまうなんて耐えられない。オレはなんてことをしでかしてしまったんだ!」
「ジェイク、人がずっと変わらずいることは本当に難しい。それでも、キミを信じていたし、愛していた。いや、今でも愛してる。あぁ、もう時間がなくなったようだ。幸せに。キミの幸せを願ってる。キミに会えて……」
そこまで言うと慧人は粒子となって消えていく。
「待って!待ってくれ!お願いだ!オレを置いていかないでくれ!ケイト!ケイト!」
そして、そこには初めから何もなかったかのように泣き崩れる男以外何も残されていなかった。
おわり
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