嘘〜LIAR〜

キサラギムツキ

文字の大きさ
上 下
4 / 4

4話

しおりを挟む
side:ジュエル

 オレは悪運が強いのか毒を飲んだというのに、視力と聴力を失ったが生き残った。最初は目も見えないし、音も聞こえないから戸惑ったが、逆にオレにとっては僥倖ではないかと思った。

 オレのそばにはいつもリエルというお医者様がいて、朝から晩までオレを暖かな毛布のように包んで大切にしてくれていた。それがとても有り難くオレの心を癒してくれた。

 だが、やはり別れたディーンのことが気掛かりだった。公爵家の跡取りなのだから無碍にはされていないと思ったけれど、ちゃんとご飯を食べているか、夜は一人で眠れているだろうかと心配は尽きなかった。

 半年ほど経った頃、リエルが『自分の息子を連れてきてもいいか?』と訊ねてきた。リエルに息子がいたのも驚きだったが、息子がいるということは奥さんもいるはずだ。オレはリエルを独り占めにしていたから、「奥さんと子供に申し訳ない」というと、リエルの指文字がピタッと止まった。

 いつもは、打てば響く人だからすぐに返事がないのをどうしたのかと考えていると、『息子はいるが妻は自分のせいで遠くに行ってしまった』と返事が返ってきた。あぁ、それで世話をする人がいないから、息子さんを連れてきたいのだと解釈したオレはすぐにでも連れてくるように伝えた。

 リエルの子供はディーという名前であった。何か気配がしたかと思うと子供が胸に飛び込んできた。オレは手探りでディーをなでたり抱きしめたり我が子にするように接した。
 
 最初は気のせいだと思った。この子は息子のディーンではない。当たり前だ。公爵家に残した我が子がここにいるはずがない。

 だが、ディーンはいつも眠くなるとオレの胸に頭を寄せグリグリ押し付けたあと眠った。褒めてほしい時はオレの手を握り頭にこすりつけてきた。寂しくなるとオレの顔を小さな手のひらでペタペタとさわってきた。数え上げればキリがないほどディーンの癖、仕草そのものだった。
 それをディーンではないはずのディーがしてきた時、オレの疑いは確信へと変わっていった。目が見えまいが、耳が聞こえまいが母親なのだ。我が子を見た目で判別しているわけではない。

 オレはディーにリエルがいない時を教えてくれるようにコッソリと耳元で伝えた。ディーは賢い子なのですぐに『わかった』と返ってきた。リエルが席を外したとディーから伝えられると、オレは「ディーはディーンなのか?」と聞いてみた。すると、『うん』と返事が返ってきた。やはりとオレは得心した。

 だが、そうなるとリエルは誰なんだ?リエルは自分の息子だと言ってディーを連れてきた。もしかして?でも、レクリエル様がオレに優しくしてくれるわけがない。それに、仕事がお忙しいのは知っていたからオレの側に付き添う時間などあるはずもない。でも………。オレはディーに「リエルはレクリエル様なのか?」と聞いてみた。

 ディーは少し手を止めたあと『ちがう』と答えた。レクリエル様ではないという返事に納得しつつも、それはそれでリエルの正体が気になった。うんうん唸っていると、ディーが『リエルが帰ってきた』と教えてくれたので、そこまでにするしかなかった。 

 ディーがディーンだとわかったのは良かったが、今度はリエルの正体について悩むことになった。だが、せっかく会えた我が子だ。もしオレがディーがディーンだと気付いたとバレたら引き離されてしまうかもしれない。それだけは嫌だった。だから、オレは知らないフリをし続けた。

 リエルは本当に献身的にオレを支えてくれた。一人では歩くことが困難なオレを最初の頃はおぶって庭へ連れ出し、夏にはディーンと一緒に水遊びをさせてくれた。オレが少しでも退屈したりしないよう常に何か考えては楽しませてくれた。オレは変わりゆく季節を心穏やかに過ごしていった。



平穏な日々は続く。



 オレはいつからかリエルを信頼し、今までも友達はいたが親友とも兄とも思える大切な人となっていた。ディーンは大きくなるにつれ勉強が忙しいらしくあまり部屋に訪れなくなっていた。だが、朝晩には少しの時間でも顔を見せに来てくれたし、それで充分だった。

 オレは自分の心が癒やされていくのを感じていた。そしてそれと同じくして困ったことにリエルに心惹かれていった。

 リエルは、オレに腕を掴ませゆっくりと合わせて歩いてくれる。ご飯だってそっと手を握り食べやすいように付きっ切りで世話をしてくれる。体だっていつも優しく洗ってくれた。オレが熱を出した時には付きっ切りで寝ずに看病してくれた。全てリエルがオレのためにしてくれたことだ。だけど………困った。オレは触れられる度に意識をしてしまい挙動不審になることを繰り返した。

 そして、オレの思いに気づいたかのようにリエルはプロポーズしてくれた。オレはまだ迷う気持ちが全て消えたわけではなかったけれど、今度の言葉は本心だと、彼の抱きしめる体温や耳に触れる熱い吐息にそう思えた。目で見るより、耳で聞くよりもオレには本当の心が伝わってくる気がした。





 オレはリエルとディーのおかげで今度こそ幸せを掴むことができた。だが、出産時と毒を飲んだ時と二度も死にかけたオレの体はやはり健康とは言えなかった。すぐに体調を崩しがちでそんな時もいつも側にはリエルがいた。

 そして、40歳をあと少しで迎える頃、とうとう起き上がれなくなった。ここにきて、オレはもう少し生きたい。彼等の側にいたいと毎日願っていた。だが、もう終わりの時が見えてきた。

 枕元にはリエルとディーがいて、オレは最後の時を迎えようとしていた。神様も粋な計らいをする。見えないはずの目は彼等の姿を捉え、聞こえないはずの耳は彼等の声を拾った。

「リエル、ディー、オレに幸せをありがとう。」

顔をぐちゃぐちゃにしてオレの死を嘆く二人の姿がはっきりと見えた。

「ジュエル逝かないでくれ。私を残してどこにも逝かないでくれ。私はジュエルがいなければ生きてなどいけない。ジュエル。ジュエル。」

 あぁ、歳をとってもは本当に男前だ。ディーンも若い頃のオレが覚えているレクリエル様にそっくりだ。

「フフフ。オレ本当に幸せだった。愛してるよ。」

驚くレクリエル様の顔を最後に見ることができオレは笑った。



 リエルがレクリエル様だと気づいたのもここが公爵家であることもディーが我が子と分かってしまえば、答えは出ているようなものだった。ディーは違うと言ったけれど、オレだってバカじゃない。
 確かにのディーがオレの側にいてもそんなに不思議ではない。
 だが、のディーンが朝から晩まで毎日いることはおかしい。
 それに、いくら賢いとはいえディーンは幼子だ。ちょくちょくリエルがレクリエル様だと示すヒントをオレにくれた。

 おかしい点はいくつもあった。オレの家はド貧乏だったのだ。布団だってフカフカすぎる。だが、そういったものは手切れ金代わりにオレの使っていた物をいらないから渡されたのかもしれないと思いまだ納得はできた。
 でも、父上は、いつまでも怒っているような狭量な人ではない。オレに会いにこないのはおかしい。
 大体、『リエル』と『レクリエル』って名前が安易だ。フフフ。レクリエル様も賢明でいらっしゃるのに、どこか抜けている。

 最初は戸惑った。レクリエル様が名前を偽ってまでオレの世話をするなんてなぜ?と。そもそも、レクリエル様は雲の上の特権階級におられる方だ。人に傅かれることはあっても、とてもじゃないが人に傅いたことなどなかったであろう。その方が使用人のするようなことをオレにして下さる。その理由を考えずにはいられなかった。

 もしかして、あの時の「愛している」というお言葉は本心からの言葉であったのだろうか?いや、また嘘ではないか?オレの心は揺れ続けた。

 だけど、例え夜中だろうと、どんな時でもオレの側にいて優しく付き添ってくれた。少しずつ少しずつであったが、10年が経つ頃にはオレはレクリエル様を信用し、そして好きになっていった。

 オレは、レクリエル様を好きになってしまった自分に困ったし、もう17歳の子供ではないんだからしっかりしろよとかなり葛藤があった。

 でも、オレを支えてくれる姿に嘘はなく、蟠りも次第に消えていた。それに、リエルだと当初は思っていたからか、レクリエル様に触れられても平気になっていた。

 レクリエル様がリエルと偽っている理由もオレには分かっていた。オレは一番聞かれてはいけない人に離婚の経緯を語っちゃったわけだし、オレに拒絶されると思ったのだろう。
 それに、もしオレがあのまま五体満足であったならレクリエル様を受け入れて面倒を見てもらうなど、到底考えられなかった。レクリエル様を拒絶し、いつしか憎むようになっていたかもしれない。最初は医師のリエルだったからこそ受け入れることができたのだ。

 でも、今度の嘘はオレの側にいるための優しい嘘だ。だから、オレはレクリエル様だと知っていることを墓の下まで持っていくことにした。それにその位の『嘘』は許されるだろ?だけど、我慢できずにやっぱり最後の最後に言っちゃったけど。

 レクリエル様、愛も哀しみも絶望も全てあなたから教えられた。
 あなたとの始まりは決して良いものではなかったけれど、あなたは自分の行いを悔い、残りの人生を全て捧げてオレに幸せを与えてくれた。
 決して長い人生ではなかったけれど、もう一度あなたを信じて、愛してよかった。最後にオレは笑えていたかな?

レクリエル様………………。






side:ディーン

「ジュエル。ジュエル。愛してる。心の底からあなただけを。私こそあなたに幸せをもらった。ジュエルありがとう。」

 父上は、もうこと切れた母上を抱きしめ泣きながらそう言った。しばらくそうやって母上を抱きしめていたが、そっと横たえると、

「ディーン。ジュエルは私がレクリエルだと知っていたのだな。お前のことも。一体、いつからだ?それでも、私を許し受け入れてくれたのか?」

「父上、母上は早くから『リエル』が父上だと気づいておられましたよ。」

父上は、驚いた顔をして
「なぜだ?ジュエルは、目も見えないし、耳も聞こえなかったというのに、どうやって私の正体に気づいたのだ?」

私は、クスクス笑い。
「父上が私に禁じたのは『母』と呼ばないこと『リエルがレクリエル』だと伝えないことでしたでしょう?
 母上は、私をすぐに我が子だと確信されたみたいで、『ディーはディーンなのか?』と聞いてこられたのです。私は『うん』と答えました。その後『リエルはレクリエル様なのか?』とお聞きになりました。私はもちろん『違う』と答えました。
 でも、私も幼かったもので、母上が『今日は誰と来たの?』とか『お父様は仕事に行かず、オレの所にいるけどお城の仕事は大丈夫なの?』とか私にコッソリとよく尋ねられました。私はいつも正直に答えておりました。ついと。」

父上は、苦虫を潰したような顔をした。
「お前がついだと?幼き頃からあんなに利発で抜け目のないお前がそのような失敗をするわけがない。
 はぁ、私の嘘は最初から見抜かれていたわけだ。だが、ジュエルにプロポーズする時もお前はそんなことを一言も言わなかったではないか。」

「フフフ。父上も母上もお互いが思い合っているのはわかっていました。ですがあの時、もし父上が『レクリエル』だと名乗ったら、おそらく母上も素直に受け入れなかったのではないかと思います。
 それに、母上が正体を知っていても知らないフリをし続ける理由が何かあるのではと思っていましたしね。ですが、最後の最後に言っちゃうところが母上らしい。」

父上は、母上の頬をそっと優しく撫ぜた。

「そうだな。すっかり騙されたよ。ジュエル。」

そう言って肩を震わせた。


 父上は40代の後半だが、まだまだその美貌に衰えもなく後添えにと結婚の申込みは絶えなかった。
 だが、いつも笑って「私は生涯妻のジュエルだけと決めております。」と全て断り母上の墓参りは毎日欠かさなかった。そして、亡くなったあとは共にそこで眠った。




 嘘は人を傷つける。だが、嘘は時には人の心を救う。そして、罪を悔い取り返せたもの、取り返せなかったものがある。私にはこれで本当に良かったのかはわからない。
 だが、最後は笑ってこの世を去った母上の顔が全てを物語っている気がした。

おわり

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

あましょく
2021.11.27 あましょく

私はヤらかした攻めのザマァが大好きなのもありますが、攻めのゲスい本音を知り、服毒に至るまでの主人公の胸中とか、攻めへの諦観や嫌悪感を想像すると・・・
んで、服毒するその前後と瞬間のアレソレを考えると、だいぶ攻めに都合が良いというか、ちゃっかり幸せになりやがったな?と感じました。
主人公の視覚か聴覚が残る、あるいは両方失ってる中で正体が早々にバレて、償おうとする攻めをこっ酷く拒絶して実家に戻ろうとしたりなんなりな展開も見てみたかったですね。
一度は拒まれて、それでもと足掻く攻めだったら・・・と思ったり。
結末の否定をするつもりはないですし、主人公が聴覚と視覚を失いながらも穏やかに過ごせて逝けたのは良かったです。
まぁヤらかした攻めが主人公に尽力するのは当然なんですけどね!それだけの事を!したので!!!(激おこインフェルノ)
子供は攻めみたいなゲスにならなさそうで良かった。

ちょっと気になったところですが、服毒して1週間後に目が覚めたにしては、めちゃ喋るな?と思いました。
寝たきりで飲まず食わずなら、口が上手く回らなかったり口内と喉もガサガサしてて、話すのは大変そうな気が。
悲しみに暮れる子供を母親と再会させるのに半年・・・まぁこれは子供が正体を秘密に出来るだろう年齢まで待ったと考えれば有りかな。

解除
はなこ
2021.09.17 はなこ

この作品大好きです。
くやしくて、切なくて…

でも最後は幸せそうでよかったです。

キサラギムツキ
2021.09.17 キサラギムツキ

感想いただきありがとうございます( ꈍᴗꈍ)
大好きと言っていただけて嬉しいです(^^)
このお話は嘘も種類があるよなぁと思って書いたのですが、ムーンさんでもたくさんの方に読んで頂けてるので、皆さんにも共感できる部分があるのかな?と思います。
読んで頂きありがとうございました(◍•ᴗ•◍)

解除
aru
2021.04.20 aru

切なくて、でもどこか心温まるお話ですね。

傷つける嘘、償いの嘘、少し意地悪(悪戯かな?)な嘘。。。
噓にも色々な背景がありますね。

嘘に傷つけられ、でも嘘によって癒され、温かな愛情に包まれた家族の物語。
(語彙不足で上手く伝えられないのが歯痒いです・苦笑)

何度も読み返したくなるこのお話に出会えて良かったです。
沢山の人に読んでもらいたいと心から思えるお話でした。

素敵なお話をありがとうございました!

キサラギムツキ
2021.04.20 キサラギムツキ

感想いただきありがとうございます( ꈍᴗꈍ)
ただ境遇を嘆き悲しむより常に前を向いている人が好きなので私の中ではとても好きな主人公くんです。
『嘘』にも色んな種類があるよねと思いながら書いたお話なので気に入っていただけたようでとても嬉しいです(◍•ᴗ•◍)

解除
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

捨てられΩはどう生きる?

BL / 連載中 24h.ポイント:1,030pt お気に入り:149

捨てられ令嬢は屋台を使って町おこしをする。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,079pt お気に入り:630

泉の精の物語〜創生のお婆ちゃん〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:433

転生冒険者と男娼王子

BL / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:394

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。