嘘〜LIAR〜

キサラギムツキ

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1話

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side:ジュエル

 貧乏男爵の3男に産まれたオレがどういうわけかこの国の雲の上のようなえらい公爵、レクリエル様の伴侶に選ばれた時には、そりゃ腰が抜けるほど驚いた。その上お相手は頭脳明晰、容姿端麗どこからどうみても非の打ち所がないお方、かたやオレといえば容姿も凡庸で頭も悪くはないと思うが良くもなく、取り柄は男性体だが子供が産める珍しいこの体と17歳にもなって誰とも付き合ったことがない清廉潔白な身の上ぐらいなもんだ。

 だが、それも珍しいとはいえ、オレじゃなくても有力な貴族の子息にもチラホラいる。そもそも、男性体から産まれた子供は優秀であることが多いが、女性から産まれた子供だって優秀な場合なんていくらでもある。

 そう、オレでなければいけない理由なんてどこにも見当たらないのだ。だけど、公爵様からの申し出を断る家がどこにあるだろう?オレは父上にソッコー嫁に出された。オレは絶対になんか罠があると思っていたし、それこそ呪術に使う生け贄と言われても不思議はないくらいに思ってた。
 何されるかと怯え小さな声で名乗ったオレにレクリエル様は
「この世であなたほど私の心を捉えてやまないものはいない。私と結婚してはいただけませんか?」と跪きプロポーズしてくれた。オレはその瞬間ズキューンと心臓を撃ち抜かれた。

さらに、結婚式のあとのいわゆる初夜で
「一生あなただけを愛し不貞をせず私の全てを捧げ幸せにすることを神に誓う」なんて言われて、人生2度目のズキューンだ。そして初めてで震えるオレを背後からの方が負担はかけないからと優しく抱いてくださった。オレはその一発で妊娠した。

 だけど、まぁやっぱり当たり前に落とし穴がパックリ大きな口を開けてオレを待ち受けていた。すっかりレクリエル様を愛しちゃってる上に子供を妊娠中で毎日背中に羽が生えたようにフワフワ浮かんでたオレ。ほんとにバカ!そんな出来過ぎな話あるわけない。

 オレとレクリエル様は、妊娠中なのだし隣に人が居てはよく寝れないだろうと寝室が別々だった。産み月も近く腹が重たくて夜中に目が覚め、寂しくなったオレはレクリエル様のベッドで一緒に寝かせてもらおうとお部屋に向かった。
 起こさないように足音を忍ばせ、コッソリ部屋に入ろうと思ったオレは扉が少し開いてるのに気がついた。中では誰かいるのかボソボソと話し声が聞こえ、なんとなく扉の隙間から覗くとベッドで上半身が裸のレクリエル様と誰かが抱きあっているのが見えた。

「レクリエル様、5年なんて長すぎます。離婚される日が待ち遠しくて仕方ありません。」

「ナイジェル、君を待たせてしまって申し訳なく思っている。婚姻期間は5年を超えなくては離婚できないという貴族法だけは私にもどうしようもできない。それに妾にしては産んだ子は嫡子とは認められないから結婚するしかなかった。もう少し待ってくれ。私もあいつと離婚して君と結婚する日が待ち遠しいよ。
 公爵家の長男として、誰かを孕ませて子供を産ませなければならないのなら、せめて、君を抱いている気持ちになれるよう声が似ている者を選んだが、美しい君と似ているのは声だけだ。あんな凡庸な者を抱くのは本当に苦労した。背中を向けさせて君を抱いているとでも思いこまなければ抱くこともできなかった。そのために、声が似ている者を選んだのだからな。」

「レクリエル様本当にご苦労様でした。ボクが妊娠できる体だったら最初から貴方と結婚できたのに、神様は意地悪ですよね。」

「あぁ、だが子供さえ産ませてしまえばこちらのものだ。公爵家の決まりの一つにプロポーズする時、初夜を迎える時に必ず言う言葉がある。形式に則って私も従うしかなかったが、あんな男に言わねばならなかった時は心の中で罵倒しながらなんとか吐き出したがあれにも苦労したさ。」

「フフフ。ボクにももちろん言ってくださるのでしょう?」

「当たり前じゃないか。君の時は心からその言葉を捧げるよ。」

「ねぇ、レクリエル様もう一度……………」

そこまで聞いたところでオレは部屋へと戻って行った。部屋に戻りベッドに倒れ込むと笑えてきて仕方がなかった。

「ハハハハハ。なーんだ。なーんだ。やっぱりオレなんか選ばれるわけなかった。子供を産ませたかっただけだったんだ。なーんだ。あの言葉もぜーんぶ嘘だった。あんな言葉にズキューンなんてしちゃって単純だよオレも。やっぱりなぁ。オレもすごいよなぁ。一発で妊娠なんて、ほんと空気読めてるよ。レクリエル様もきっと二度と抱かないで済んで嬉しかっただろうな。ハハハハハ。」

そしてあることに気がついた。

「なんで今まで全く気づかなかったのかな?オレってばマヌケだよな。すぐに気づけよ。ハハハ。」

オレは自分が涙を流していることに気がつかないフリをした。



 あの夜のことを知ったからといって特に態度を変えることもなく普段通りにヘラヘラ笑って過ごしてた。だが、一つだけ困ったことがあった。この公爵家には決まりが色々あって、当主様が出かける時、戻られた時必ず頬に口づけを妻に贈る習慣があった。

 今日も口づけを贈られ笑顔でなんとか送り出すと、オレは部屋に早足でなるべく急いで帰り洗面所に飛び込んだ。

「グッ、ゲェ。はぁはぁはぁ。オレも意外に繊細だよな。ハハハ。」

 オレはあの夜からレクリエル様に触られると吐き気を催すようになっていた。そして、触れられた所を赤くなるまで擦って洗う。ゴシゴシ、ゴシゴシ。

「大丈夫。オレは大丈夫。オレにはこの子がいる。笑え。笑え。ハハハ。ハハハ。」



 そして、出産の日を迎えた。出産は、オレの体が一層細くなっていたからか難産を極めた。
 必死でイキむオレの手を握ってくれていたのは、もちろんレクリエル様ではなく執事さんだった。
「奥様!奥様!気をしっかりお持ちください!誰かだんな様をお呼びするのだ!早くしろ!」

「で、ですが」

 誰かの戸惑う声を聞きながら、あぁオレが死にそうになっても来てはくださらないのだなと、どこか他人事のように思ったのを最後にオレの意識は遠のいていった。

「死ぬかと思った。マジでヤバかった。」

 比喩ではなく本当に死にかけたのだ。心臓が一度止まったらしい。なんとか出産できたのは良かったが、その後二度と妊娠できない体になってしまったのだ。

「ハハハ。とうとう唯一の取り柄もなくなっちゃった。」

 赤子の顔を見てレクリエル様は喜んでくださった。だけど、死にかけたオレに何も声はかけてくださらなかった。そりゃそうだよな。オレが死んでも子供がいればいいんだもの。オレはもう傷つくこともなかった。

 オレの産んだ赤ちゃんは『ディーン』と名付けられた。オレはもし自分に似た子だったらどうしようと思っていた。だって、離婚した男の顔になど似ていたら、オレの後にきた奥様に嫌がられたり虐げられるかもしれない。でも、びっくりする位整ったレクリエル様によく似た男前だった。オレはそのことがとても嬉しかった。

 その後も特に変わりなくディーンが二歳になるまで笑って過ごした。短い間しか我が子とは過ごせないのだ。せめて、覚えているのがオレの笑顔であって欲しい。大きくなった時には覚えていないかもしれないが、よく笑う人がいたなと少しでいいから思い出してほしかった。

 オレは一つ心に決めていた。オレがこの家で過ごすのはディーンが二歳になるまで。そして、今日誕生日を迎えた。オレは自分の机から小瓶を取り出すとレクリエル様の部屋に向かった。
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