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古き魔術師、やっぱりナンパな調香師にヒート中に嗅がれまくって愛される

11. わかってるから大丈夫

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 発情期の初日、ニイロが宣言したとおりにオリヴェルは理性をぐずぐずに溶かされて、可愛がられ、隅々まで愛された。肌の至るところに口づけの痕が残され、後孔はまだ熱を帯びている気がするほどだ。

 あられもない姿を晒した自覚はあるが、おかしくなるほどに発情したのは自分だし、ニイロをたくさん求めたのも自分だ。それを面倒くさがらずに、満たしてくれたことはとても嬉しかった。

「その……付き合ってくれてありがとう、ニイロ。発情期はもう百五十年くらい一人で処理してきたから忘れていたけれど、誰かに愛してもらえるのは幸せなことなんだって、思い出した」
「オリヴェルが幸せな気持ちになれたのなら良かった。でも『誰かに』って言うのは聞き捨てならないかなぁ。それに百五十年も前だとしても、他の男の話なんてさー。もう俺のことしか見てほしくないのになー」
「す、すまない……」

 思いついたことをつい素直に話してしまったオリヴェルだったが、たしかに恋人との熱い時間を過ごしたあとに第三者の影をチラつかせるのは良くなかったと反省する。
 オリヴェルだって、節操無しの女たらしだったニイロに他の女の話——男の話であってもだが——をされたら、イラっとはするだろう。……まあ、ニイロはいまだによく女性の話をしているような気はするが。

(まぁでも、それは仕方ないか。ニイロの商売はほとんどが女性相手にして成り立つようなものだし)

 ニイロが女性の話をするときは、顧客の話ばかりだ。
 オリヴェルと恋人になる前ならば、どこぞの店の看板娘が美人だとか、街中ですれ違った女性が素敵だったとか、そういう話は日常茶飯事だったのだろうけど、少なくとも今の彼から出る女性の話題で色恋の話は一切ない。
 ただ時折、女たらしだった頃の名残りというのか、例え話などで「女性にモテるモテない」という言い方をするときがあるが。

 だが、オリヴェルはそれでもいい。許しはしている。
 一緒に暮らし始めてそろそろ一ヶ月が経つが、彼が女関係を精算したことは確かなようだし、ニイロから毎日毎時間と愛の言葉を囁かれて、熱い視線を送られていれば、その想いの深さは嫌でもわかってしまうからだ。

「まー、いいよ。俺だってまだオリヴェルに誤解させちゃってるし。俺が言うなって感じだろうし」
「それは……まぁ……」

 なんだ、自分の過去はよくわかっているじゃないか、とオリヴェルは思う。自分はニイロよりも遥かに年上で大人なので、情熱的なニイロのように嫉妬心をあからさまにすることはないけれど。
 でも、ニイロはオリヴェルの嫉妬にいつだって気づいているのだ。それがわかって、少しだけ嬉しくなった。

「ねぇオリヴェル」
「ん?」

 発情期明けの気怠い体をそのままに、軽口を混ぜながら言葉を交わしていると、不意にニイロは真剣な顔をしてオリヴェルの名を呼んだ。

「いつか、発情期にうなじを噛ませてよ。俺、本当にオリヴェルと番になりたいな」
「それは……」

 思わず言葉に詰まる。

 ニイロの申し出は、オメガの発情期中にアルファがうなじを噛むことで成立する特別な繋がりのことをさしている。
 よくニイロは「オリヴェルは俺の番だよ」と言うし、オリヴェルもニイロを番だとは思っているが、それは所謂深い恋人としての繋がりを示していた。そこにうなじを噛む云々の話は絡んでこない。

 けれど今ここでニイロが言っているのは、特別な繋がりとしての『番』だ。
 うなじを噛んで番になっなアルファとオメガは、精神だけでなく肉体としても深い関係性が築かれる。番になったオメガは、うなじを噛んだアルファ以外との性交ができなくなるし、フェロモンもその相手以外には効かなくなる。そしてそれは万が一、番が解消されても続くのだ。

 番の関係はアルファから解消することはできても、オメガから断つことはできない。またアルファは生涯に複数人を番にすることも可能だが、オメガはたった一人だけ。仮に番の関係が解消されても新たな番を作ることはできない。
 つまりオメガにとって「うなじを噛まれる」というのは、その相手に身も心も捧げる覚悟を持つということだ。

 だから、いくらオリヴェルがニイロを愛していても、すぐには返事ができなかった。けれどニイロは不満そうな顔一つせずに言葉を続けた。

「あー心配しないで? 無理矢理噛んだりしないから。それに、オリヴェルが俺のこと愛してくれてるのも、ちゃんとわかってるから大丈夫。だとしても、番になるのは不安があるものでしょ? それもわかってる。だからちゃんと待つよ。アルファよりオメガのほうがずっと覚悟が必要なことだと思うから。でも何年かかってもいいから、俺のことずっと見て、いっぱい考えて? それで『番になりたい』ってオリヴェルが思えたら教えて」

 ニイロは、くしゃくしゃとオリヴェルの頭を撫でて、頬に唇を落とす。

「でも、これはわかっててほしいんだ。うなじを噛んでも噛まなくても、俺の番はオリヴェルだけだよ。こんなに本気になったのはオリヴェルだけ。心の底から、どんな姿かたちであっても可愛いって思うのはオリヴェルだけ。オリヴェルのこと、一生大切にするよ。それは信じていいし、信じてね」

 そう笑うニイロを見て、オリヴェルは胸が熱くなった。

 相変わらず軽薄そうな空気を纏い、軟派な態度も出がちで、歯が浮つくような言葉をたくさん言ってくる男だけれど、彼が言葉を尽くすのはオリヴェルに想いを幾度だって伝えるためなのだ。

 可愛くないと返すのに、何度だって可愛いと言ってくれるニイロ。
 好きだ、大好きだ、愛してると飽きもせずに言ってくれるニイロ。
 大切にする、ずっと一緒にいると言ってくれるニイロ。
 一緒にお爺ちゃんになろうと笑顔で楽しそうに語ってくれるニイロ。

 自分の心のすべてを預けてもいいと、言葉で、態度で伝えるためにニイロは毎日驚くほどに言葉を尽くすのだ。
 出会ってようやく二ヶ月足らず。
 恋人になり、共に暮らすようになって、たったひと月。

 短い時間では紡ぎきれぬ愛情をこれでもかというほどに惜しみなく注いでくれるニイロに、オリヴェルは幸せを噛み締めた。

「うん……今はまだ。でもいつか、僕も、ニイロとはそういう意味でも番えたらいいと思う。だから、待っててくれたら嬉しい」

 オリヴェルには、まだうなじを噛まれる覚悟はない。
 ニイロは古き民の血が僅かに流れていて先祖返りをしているので、普通の人間よりも長寿とはいえ、オリヴェルと同じ時の流れを歩んでくれるかは、まだわからない。オリヴェルはこの先、もうニイロ以外を好きになることはないが、ニイロもそうかはまだ心の底から信じられていないのかもしれない。
 それに、もしニイロに先立たれたとすれば寂しい日々が待っている。番相手が亡くなったとき、残されたオメガは特に強い喪失感が待っているとも聞く。その孤独を耐え抜けるだけの覚悟がまだ自分にはない。

 だから、今すぐ返事は出せない。でもそれでいいとニイロは言う。

「ありがとう、オリヴェル。考えてくれて嬉しい」
「そうだな……結論までに三百年はかからないようにはするよ」
「えっ、そんなに待たされる感じ? いよいよもって長生きが必須になってきたね?」

 慌てるニイロがなんだか可笑しくて、オリヴェルは肩を揺らした。

「ああ、そういうことなら……それでキミが長生きしてくれるなら、僕は答えを出さないほうがいいかもな」
「いやいや、そこはちゃんと考えて! たくさん考えて、答えを出して! 俺、頑張るけど三百年って結構だからね? 気合いでどうにもならなかったら、オリヴェルの魔術でどうにかしてもらえる気満々だからね?」
「あはは、そうだな。安心していい、ちゃんと考えるよ。まぁでも、きっと——そう遠くないうちに叶えられると思う」

 そう言って、オリヴェルはニイロの唇に自分のそれを重ねた。
 発情期は終わったが、まだもう少し熱を交えようと二人は再び手を取った。



 —— END ——

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