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12. すっかり忘れてた
しおりを挟むルカスさんに背負われて、僕は自分の家まで戻ってきた。
魔術堂のほうは休業日で閉まっているので、今日は居住スペースのほう……それも、寝室に連れられて、僕は小さなベッドにそっと横たえられた。纏っている空気とは真逆に、ルカスさんの手つきはすごく優しい。
お試しパーティー仲間としてルカスさんと一緒に行動するようになって三週間経つけれど、居住スペースに招いたのは今日がはじめて。それまでは用があっても、ずっと魔術堂の店舗スペースのほうへ案内してた。
僕の家は、そんなに広くないんだ。さらに言えば、寝室もベッドも僕に見合うようにこじんまりとしてる。
「…………あ、あの」
ずっと冷たい氷水の中に落とされたみたいな空気は続いていたけれど、いつまでも黙っているわけにはいかない。僕は意を決して口を開いた。
「ルカスさん、二度も助けてもらって、ありがとうございます」
いつもと雰囲気の違うルカスさんのことはちょっぴり怖いけれど、お礼を言わないのは僕の性分として気持ち悪い。
親切にしてくれたら、ちゃんとお礼を言いなさいって母に教えられているから。それに、挨拶は基本中の基本だって商売をしている父も言ってた。感じの悪い店主の店には、誰も寄り付かないからね。
「…………」
けれど、ルカスさんはずーっと僕を見つめるだけ。
見つめるっていうか、もはや睨まれている。ルカスさんは好青年がきらきらの光を纏っているみたいな美男だけど、さすがはA級冒険者ってことなのか、その睨みがものすごーく怖い。今ならファングボアくらいなら視線だけで倒せちゃうんじゃないかな……。
「えっと……ル、ルカスさん……?」
その……何を怒っていらっしゃるんですか?
なんて恐る恐る訊ねてみると、ルカスさんは「はぁーっ……」と盛大なため息をついた。
「ねえ、アンデシュ」
「は、はい」
僕の名前を呼んだルカスさんの声は、それはそれはもう冷たい色を含んでいた。ルカスさんのこんな声は初めて聞いたから、僕はつい声が震えてしまった。
だって、あんなにきらきらな好青年がまるで魔界から出てきた魔人みたいな恐ろしげな雰囲気を纏っているのだ。まあ、魔界も魔人も物語の中だけの存在なんだけど。魔物はいるけど、魔人はいかいからね。
とにかく、そのくらい目の前のルカスさんはいつもと違う雰囲気だった。
「アンデシュは、なんでいつも一人で危険なところへ行っちゃうわけ? 魔物自体に怯えることはほとんどないから、あんまり怖くないんだろうけど。それにしたって、考えなしすぎる。どんなに危険な魔物がいるか、全然わかってない。それに人攫いだってそうだ。俺が助けなきゃ、今頃どこに売り飛ばされてたか、わかったもんじゃないのに」
「そ、それは……っていうか、あの……手、なんで縛って……」
「いいから」
え。待って、待って。まったくもって、よくないと思う。
ルカスさんは僕の不用心なところをチクチクと指摘しながら、ベッドの上に上がってきて、なぜか僕の手をぐるぐると幅広の布で縛っている。その布の上から、丈夫そうな……本当に丈夫そうな金属の鎖を巻き付けて、もう片方の先端をベッドの足部分につけてしまった。
ちょっと? え、嘘でしょ? って思ったときには、僕は鎖によって拘束されたような形だ。鎖の長さはベッドの長辺くらいで、鎖をめいっぱい伸ばせば寝室からぎりぎり出られるかなーってくらい。……好青年だと思ってたのに、この人、突然とんでもないことするね⁉︎
「ところで、アンデシュ。さっきからいい匂いしてるよな」
「へ……? あ、あれ……なんでだろ……」
ルカスさんに言われて、僕はふいに自分の異変に気がついた。
洞窟から出たときから体はふらふらで、力が入らないのは魔力切れかと思ったんだけど、どうやら少し様子が違う。いやまあ、魔力が尽きちゃったのは間違ってないんだけど……端的にいえば、僕とルカスさんにとって、かなりまずい状況になってる。だから『いい匂い』がしてるんだ。
「……あ。ま、まずい……ルカスさん、僕、今ちょっとまずいことになりそうで……!」
「ん? ……ああ、これ、アンデシュのフェロモンの匂いか」
ルカスさんも僕の言わんとしていることに気づいたようで、目を丸くさせた。
僕のフェロモン——それが、いい匂いの原因。
(そういえば、そろそろ発情期なの、すっかり忘れてた!)
この三週間、ルカスさんと冒険者業をする傍ら、魔術堂の仕事も手を抜かずにやってきたからか、発情期の時期なんか頭からすっかり抜け落ちてた。
いつもはダイニングに掛けているカレンダーに印をつけて、発情期が来そうな時期になると発情を抑制する薬を飲んで、発情を抑えているのに。今月に限って、カレンダーを見るのを忘れていたみたい。
毎日毎日が忙しいけれど新鮮で。だから日付の確認を怠っちゃってたんだ。
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