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10. ちょっと手が出せない

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尖晶せんしょう魔石はまだ残ってるから、今日は藍晶らんしょう魔石を採りに行こっかな」

 魔石っていうのは、魔力が入った状態で自然生成される鉱物のことをさす。見た目や採れる場所によって様々な呼び名が付けられていて、ただ単に「魔石」と呼ばれるのは『玻璃はり魔石』っていうのが正式名称。名前のとおり透明な色をした魔石で、中には何の色も帯びない無色透明の魔力が入ってる。
 玻璃魔石はいろんなところで採れて、採掘量もすごく多い。だけど入っている魔力は少量。その分、安価なので気兼ねなく消費できるのが玻璃魔石ってわけ。

 僕たち魔術師は、自分の体の中で魔力が常に生まれ続けてるんだけど、魔術を使うことで体内に溜めた魔力を消費してしまう。そういうときに体を休める以外に、魔石から魔力を取り込むことで魔力を回復することができる。一度に取り込みすぎると中毒を起こすこともあるから、ばかすか使えるわけではないけれど。
 あとは、魔術師が作る魔術道具は、魔力を持ってない人でも扱えるように魔石を使って動かすものが多い。魔力を持っていない人は、魔石から魔力を体内に取り込むことはできないけど、魔石を魔術道具にセットして道具を使うことはできるのだ。だから、魔石はなにかと重宝されている。

 そんな魔石だけど、玻璃魔石と違って、色のついた魔石もある。さっき僕が呟いた尖晶魔石とか藍晶魔石とか呼ばれる、赤や青の色をしたやつだ。ほかにピンクや黄色、緑なんかもある。
 有色の魔石は、中に詰まってる魔力量が豊富だったり、その魔力もいろんな色を帯びた特別なものだったりする。玻璃魔石と違って有色魔石は採掘量が少ない分、高価なものも多い。だから、魔術道具に使うことは基本的にはない。玻璃魔石で十分動くのに高価な有色魔石を使うのなんてもったいないからね。

 でも豊富な魔力量や、特有の色の魔力を帯びている有色魔石は魔術師にとっては重要なもの。魔術道具を作るために使う魔術の補助になったり、いつもは使えない魔術が一時だけ使えるようになったりするからだ。つまり、有色魔石っていうのは、魔術師にとっては能力を底上げしてくれる強化なアイテムみたいなものなのだ。

 僕はその有色魔石を使っていろんな研究や実験をするのが好きだった。
 新しい魔術を生み出せることもあるし、魔術道具を作るときにも役立つ。いろんな色の魔石を常に置いているんだけど、そろそろ藍晶魔石が少なくなってきてた。
 今日はルカスさんのお手伝いもないから、丸一日誰にも気兼ねすることなく好きなことができる。ルカスさんとの冒険者業は慣れてきたし、そんなに苦でもないんだけど、やっぱり自分だけの時間って大切だ。

 ってわけで、僕は藍晶魔石が採れる洞窟まで来てた。
 ちなみに有色魔石は行くのが面倒な場所だったり、ちょっぴり危険な場所だったりにある。そういうのも高価な理由なんだろう。

(たしかここの洞窟周辺って、大きめの魔物が出やすいんだよね……ささっと採って戻らなきゃ)

 そうなのだ。ここの洞窟、結構危険なところにある。
 僕は何度か来ているし、いざというときは魔術で逃げ果せることができると思ってるから、一人で来ちゃうんだけど。でも、よくよく考えたらルカスさんに声をかけてもよかったのかもしれない。あーでもルカスさんはA級冒険者だから、ただでこき使っちゃうのはダメか。じゃあ依頼をすればよかったかな……でも、A級冒険者への名指し依頼料って……うーん、節約志向の僕にはちょっと手が出せないかも。

「まあ、ここ最近はここらへんで魔物が出たって話は聞かなかったから、大丈夫でしょう!」

 僕だって、さすがに無鉄砲じゃない。……いや、人攫い事件のときは無鉄砲極まりない感じだったけど。
 でも今日は本当。だってここらへんの魔物退治依頼が出ていないか冒険者ギルドで確認しておいたし、危ない話がないか最近は噂話に耳を傾けることも増えた。冒険者登録をしておくって、魔術堂でのお仕事にも役立つんだなぁって今さらながら知って、ちょっぴり後悔したほどだ。

 そんな感じでしっかり情報収集して、今日なら大きな危険はなさそうだってことで洞窟までやって来たのだ。

「ええっと前回はあっちのほうを採ったから、今日はこっち……お、あったあった」

 暗がりの中をランタンで灯しながら進んでいく。
 魔石っていうのは採掘しても、一定時間経つとまた自然に生成される鉱物だ。しかも普通の石や宝石よりも生成速度が速いので、割りと気にせず量を採っても問題ない。有色魔石は玻璃魔石よりも生成速度が遅いみたいだから、一ヶ所から延々と採り続けるのはさすがに無理だけどね。

 なので、前回採った場所とは別の場所に向かって足を進めていた。……その時だった。

 ——グォォォオオン。

 地鳴りのような、低い音。
 音っていうよりは、これは……獣の声だ。獣というか、魔物だ。

 ——グォォォォォォオオオン。

 また聞こえた。
 今度はさっきよりも大きく、近くに、その鳴き声を感じた。

(……もしかして、僕、まずいかも?)

 そう思ったときは、もう遅く。
 ランタンをふっと目の前に掲げると、その先に大きな黒い影が目の前で、ぶわりと大きくなるのが見えた。

「ブラックハウンド⁉︎」

 僕の目の前でギラギラした赤い目をしながら佇んでいたのは、ブラックハウンドと呼ばれる狼型の魔物だった。その名のとおり、毛は漆黒の闇のように真っ黒で、鋭い赤い目が僕をずっと見ている。

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