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09. 全然へっちゃら
しおりを挟む「ふぅー。これで依頼完了だな。アンデシュ、大丈夫だった?」
「はい。……命を奪ってしまったのは悲しいですけど、これで小麦農家の人も安心して作業ができますよね」
悲しい気持ちはなくならないけれど、この依頼は小麦畑の持ち主さんからのものだった。
ファングボアは元々は森の奥に住んでいて、こういう人気のある場所には普段近づかない。けれど今の時期だけ、小麦の良い香りに釣られて、何頭かが迷い込んでしまうらしい。そうなると、農家の人も安心して作業ができないから、そこは棲み分けってことで仕方なしにファングボアを駆除することになる。
苦労せずに森へと追い返せたら一番なんだけど、一度小麦の味を知っちゃったファングボアは、追い返しても追い返しても小麦畑に現れるようになっちゃうんだ。とどのつまり、退治は人の都合によるものだけど、僕たちだって食べていかないわけにはいかないからね。
それに、ファングボアも「小麦畑に行ったら危ない」ってわかれば近づいてくる個体も少なくなるから、森に棲むファングボアへの牽制と保護にもつながる。ある意味ではファングボアたちを守るための最小限の退治なんだ。
「そうだな。このファングボアは食用にしても美味しいから、精肉店に持っていこう。命の無駄にはならないよ」
「僕、ファングボアは食べたことないです」
「じゃあ少し貰って、食堂で調理してもらおう」
ルカスさんはそう言いながら、五頭のファングボアを慣れた手つきで血抜きして——途中で依頼主の農家のおじさんもやってきて手伝ってくれた——、そのうちの三頭は依頼主さんにお渡しした。
依頼料がそんなに高くなかったからか、五頭全部をルカスさんが貰ってもいいって依頼主さんは言ってたけど、荒れた小麦畑で減った収入の足しになればってルカスさんは断ってた。おじさんの生活のことまで考えてあげるなんて、ルカスさんはいい人だ。
僕たちは、残りの二頭をお借りした荷車に乗せて、精肉店へと向かった。
◇◇◇
はじめて食べたファングボアのお肉は、少し癖があるけれど味が濃くて美味しかった。
僕は普段、お魚や野菜、果物ばっかり食べてる。お肉が嫌いなわけじゃなくて、お肉のほうが値段が高いからだ。お魚も野菜や果物よりは値が張るのだけれど、この町だとお肉よりは安い。近くに水のきれいな川があるし、漁村との交易も盛んだからだろう。
魔術堂を一人で切り盛りしている僕は、そんなに贅沢ができるほどは稼いでないから節約してる。まあ本音を言えば、食が細いから野菜と果物だけでお腹いっぱいになっちゃうんだけど。
でも、常連さんたちが「もうちょっと食べて、お肉をつけなさい」って心配するから、お魚くらいは……と思って食べるようにしてる。
まあ話は逸れちゃったけど、ファングボア退治から一週間が経って、お試しパーティーの期間も残り一週間になった。
魔術堂を開けている日は、お店が終わってから陽が暮れるまでの少しの間。お店がお休みの日は、朝のうちからルカスさんに付き合って、いわゆる冒険者業をお手伝いしてた。
ちなみにお店は週に四日、昼間のうちに開けていて、あとの三日はお休み。三日あるお休みのうち一日は、魔術堂も冒険者業も何もしない完全な休暇日。これはルカスさんがそうしてくれてた。
僕は、もともと魔術堂だけをやっていたときも、三日のお休みのうち二日は魔石採りに出かけたり、魔術の研究や実験をしてたから、冒険者業との二足草鞋で実質の一日だけがお休みでも全然へっちゃらだった。三日のすべてを研究に費やすときもざらだから、むしろ丸々一日何もしないことなんてなかったくらい。
今は、お休みのうちの二日間をルカスさんに付き合ってるから、残りの一日が僕だけの時間。そこで研究や実験をしてる。まあ、ひと月前より作業ができてないのは少し残念だけど。
でも、これはルカスさんへのお礼だ。研究や実験はお試しパーティーが終わってからもできる。焦るようなものはやってないし。
という感じで。
今日は、その完全な休暇日だった。
休暇日には、ルカスさんが魔術堂に来ることもない。けれど、僕は朝早くに目を覚ました。今日はやりたいことがあったのだ。
顔を洗って、身支度を整えて、昼食用のパンや果物を鞄に詰める。朝食はいつもお腹が空かないので、ほとんど食べない。今日も別にお腹は減ってなかったから、お茶を一杯飲んでから家を出た。
やりたいこと——それは、ちょっと珍しい魔石採りだ。
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