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08. ごめんね、ファングボアさん

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 ルカスさんとお試しパーティーを組むことになって二週間とちょっと。

 今日、僕はルカスさんと一緒に、ファングボアというイノシシ型の魔物を退治するために町の外に広がる小麦畑にやってきていた。

 人攫いに遭いかけたあの日。
 僕は紆余曲折を経て、ルカスさんに連れられて冒険者ギルドに行って、その日のうちに冒険者登録をした。ちなみに聞いていたとおり、冒険者の登録をしていても、絶対に冒険者として活動しないといけないわけじゃないんだって。だからか、ルカスさんが言ってた「登録するだけして依頼を全然受けていない幽霊冒険者」って人も、まあまあ多いらしい。

 あとは、僕みたいな魔術堂を営んでいる魔術師でも二足草鞋で冒険者登録している人もいるし、精肉店の店主さんや治療院勤めの看護師さんなんかも小遣い稼ぎで簡単な依頼を請け負うことがあるとかないとか。F級冒険者は、生粋の冒険者っていうより副業みたいな感じの人が多いらしい。
 
「アンデシュ、今日の依頼に同行して本当によかったのか?」
「はい。今日は魔術堂はお休みの日ですし、ファングボア退治くらいなら僕もなんとかなりそうですから」

 ルカスさんが心配してくれているのは、ファングボアという魔物退治の依頼に僕が付き合っているからだ。
 一応ちゃんと説明しておくと、ルカスさんが無理やり僕を引っ張ってきたわけじゃない。僕が僕の意思できちんと付き合ってる。

 お試しパーティーを始めた当初、ルカスさんは「魔物退治みたいなものは請け負わない」って言ってた。けれど、さすがに全く請け負わないのはどうかなとか、そういう依頼には一人で行くって言ってたけどそれじゃパーティーとしてどうなんだろうとか、そういうことを考えてしまって。
 だから最近は「あんまり強くない魔物退治なら」という条件付きで、僕も付き合うことにしてるんだ。

 戦うのは苦手なんだけど、僕も魔石を採るために森に入ることもあったから、魔物と戦ったことがないわけじゃない。魔物に襲われそうになれば、嫌々ながらも対峙せざるを得ないことはあった。
 だから、魔物をたおしたことがないわけじゃないんだ。積極的に斃したくないだけ。……だって、命を奪うって行為だから。それはすごく悲しいことだ。

 でも、ルカスさんと冒険者業をするようになって気がついたことがあって。
 それは魔物退治をするときは、必ず理由があるってこと。冒険者たちは、むやみやたらに魔物を狩りに行っているわけじゃない。大抵は、町や畑に被害をもたらす魔物が現れたから退治しなくちゃならないとか、理由があって魔物の素材が必要だから必要分だけ狩ってきてほしいとか、そういうものだ。

 魔物というのは、普通の動植物と違って魔力を持っている動物や植物のことをさすんだけど、全部が全部、害をなすものってわけじゃない。人にとって厄介なものもいるけど、それは普通の動植物だって同じ。だから、好き勝手に狩れば生態系が崩れて、思いがけないところに悪影響が出ちゃうこともある。そういうのをきちんと管理するのも、冒険者ギルドの仕事なんだって。

 そういうのもあって、ちょっとだけ心境の変化もあったから、このくらいの魔物退治なら付き合うことにしてる。

「アンデシュ、危ないと思ったらすぐに逃げてくれ。それから周囲にも気をつけて。今の時期、小麦畑は見通しが少し悪い。ファングボアだけじゃなくて、何が潜んでいるかわからないからさ。気は抜かないで」
「ありがとうございます。でも、僕も今はルカスさんのパーティー仲間なので、頑張れるところまで頑張ります」
「そっか。でも無茶は絶対にするな。何かあったら俺を呼んでくれ」
「はい。頼りにしてます」

 前情報によると、小麦畑を荒らしているファングボアは全部で五頭。
 A級冒険者のルカスさんなら、へまをしなければ勝てる相手だ。今回は僕が補助魔術をかけるから、楽勝かもしれない。

「おっ、早速来たな。アンデシュ、足と腕に魔術を頼む!」
「はいっ」

 ファングボアをおびき出すために置いておいた餌に、早くも釣られた個体が二頭やってきた。
 ルカスさんの指示どおり、僕はルカスさんの足と腕に筋力を一時的に強化する補助魔術をかける。これで十五分くらいは筋力が上がるから、剣を振り下ろすにしても拳で殴るにしても、かなりのダメージを与えることができる。足にかけたのは回避をしたり、速く近づくための脚力向上が狙いだ。

「いよっ! はぁっ! ——っし、あと三頭っ」

 軽い身のこなしで、ルカスさんはあっという間に二頭を倒した。さすがA級冒険者だ。惚れ惚れする戦いっぷりに一瞬、気が緩む。
 いけない、いけない。集中しなきゃ。

 すると、その血に誘われたのか残りの三頭も姿を現した。うち一頭は僕のほうにやってきたので、魔術で氷柱つららを作って、ファングボア目掛けて放つ。勢いよく宙を駆けた氷柱はそのままファングの横っ腹を突き、魔物はバタッとその場に倒れた。

(ごめんね、ファングボアさん……)

 積極的に攻撃しなくても大丈夫、とルカスさんは言ってくれるけれど、僕も依頼を受けたからには腹は括っているつもりだ。だから僕が攻撃できると思ったときには、僕も僕なりに魔物退治に手を貸すようにしている。
 けれど、やっぱり命を奪うって行為は悲しい。

 僕の魔術で斃れたファングボアに、心の中で簡単に安寧の祈りを捧げていると、ルカスさんが残りの二頭もサクサクっと退治していった。

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