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05. 考えなしだった僕が悪い
しおりを挟むそれから二十分くらい歩いて、僕はルカスさんを連れて、みずいろ魔術堂まで戻ってきた。
僕の家はこの魔術堂の奥にある。一人暮らしだし、そんなに贅沢をする性分でもないから、店の奥の居住スペースはこじんまりとしたダイニングキッチンと小さな寝室。あとは水回りが一式あるくらい。
「まだお時間があれば、上がっていってください。お礼もしたいので」
「ありがとう。それじゃあ、ちょっとだけお邪魔するよ」
A級の冒険者だから忙しいかな、と思ったけれど、ルカスさんはにこにこしながら僕の提案を受け入れてくれた。ちゃんとお礼もしたかったから、もし時間がないって言われたら、別の日に冒険者ギルドに伺おうかとも思ってたのでよかった。
ダイニングに通してもいいんだけど手狭すぎるので、僕はルカスさんを店のほうへと案内した。店舗にしているスペースのほうが居住スペースより広いのだ。いろんな魔術道具や魔術を使うときに使う道具を置いておく大きな棚があるほかに、お茶をしながら雑談できるようなテーブルと椅子もあるからね。
そこに案内して、僕は家にある中で一番上等な茶葉を使って、お茶を淹れた。これは常連のおばあちゃんから貰ったものじゃなくて、ここぞというときに飲むために自分で買ったやつ。……ここぞというときっていうのは、だいだい上級魔術の実験に成功したときだ。僕は魔術の研究や実験が好きなんだ。
「ところでアンデシュは、なんであんなところに一人で?」
出したお茶を美味しいと言いながら飲んでくれたルカスさんは、不思議そうに訊ねた。人攫いの話は注意してもらうように町に流してたんだけどなぁ、と頭を捻っている。
ああ、常連さんがせっかく忠告してくれたのに。これは忠告を無視した——無視しようと思ったわけじゃなくて、本当にうっかりというか、軽く見ていたというか……とにかく、考えなしだった僕が悪いよね。
「すみません。噂は聞いていたんですけど、短時間なら大丈夫かなって思っちゃって。それに僕、魔術師だからどうにかなるかなーなんて……あはは……」
「あはは、じゃないよ。アンデシュは珍しい猫の獣人だろ? もっと自分を大切にしないと」
「ですよね。いやでも、自分を大切にしてないわけじゃなくてですね」
じぃっと夜空みたいな瞳で見つめられて、僕は「うぅ……」とたじろぐ。嘘はダメだよって念を込めた目で見られているけれど、本当に嘘じゃない。ちょっぴり、ほんの少しだけ、うっかり、危機管理が薄くなっちゃっただけだから……!
「と、ところで、ルカスさんっていえば、魔術師さんと二人パーティーじゃなかったでしたっけ? 名前はたしかヘンリックさん、だったような……」
なんとか話を逸らそうと、僕はルカスさんについて思い出したことを訊ねた。
僕が疑問に上げたとおり、ルカスさんは二人パーティーを組んでいるはずだ。名前はヘンリックさんという方で、魔術師だった気がする。ちなみにルカスさんは剣士。さっき人攫いの輩を倒したときも長剣を使っていた。
あーちなみに、あの人攫いたちは出血はしてたけど、たぶん死んではないと思う。あの人たちが気を失ったのも、剣じゃなくて最後は拳で伸していたからみたいだし。剣士だけど拳も強いんだろう。そりゃそっか、A級冒険者だもんね。
まあともかく、ルカスさんは冒険者としてヘンリックさんという魔術師とパーティーを組んでいるというのが、僕が知っている情報だった。ヘンリックさんももちろんA級の冒険者で、二人は凄腕の冒険者パーティーとしてかなり有名だったから、巷の噂話に疎い僕でも知っている。
僕、そんな有名人に助けてもらっちゃったんだよね……。どのくらいお礼をすればいいのか、ちょっと膝が震えてる。
「そうなんだけどね。じつは、ヘンリックは故郷に帰っちゃったんだ」
「故郷に?」
「そう。俺とヘンリックは冒険者になって間もない頃に、ここらへんで知り合ったんだ。実力的にも釣り合いが取れたし、意気投合してパーティーを組んでたんだけどさ。孤児院育ちの俺と違って、ヘンリックは商家の坊ちゃんでね。それで三ヶ月前に、親父さんが倒れちゃって、家業を手伝うために冒険者は引退したんだ」
ははぁ、なるほどぉ。
ルカスさんが孤児院出身というのも、ヘンリックさんが商家のご子息ということも知らなかったけれど、なかなかどうして、そういうこともあるのだなぁと思った。
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