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01. まるで歯が立たない
しおりを挟むその日、僕は自分で思っていた以上に、気を抜いていたのかもしれない。
「あ!」と思ったときには、大きな影が背後から足元に伸びてきていて、体は羽交い締めにされていた。さらに、ぐるぐると縄で腕と胴を縛られてしまったのだから、さあ大変。
僕は魔術師だから、不慮の事態が起きても魔術で回避なり抵抗なりできたはずなんだけど……これじゃ魔術が使えない。だって、魔術を使うのには杖や剣みたいな媒介がないと上手く魔力を練り上げられないから。なのに、愛用の杖は羽交い締めにされたときに地面に落としちゃったんだ。これじゃ魔術で抵抗もできやしない。
「やめてっ! 離してっ」
がむしゃらに暴れてみるけど、暖簾に腕押し、泥に杭。
僕より体格の良い男たちに縛り上げられて拘束されちゃ、小柄でひ弱な僕はまるで歯が立たない。
これでも僕は今年二十歳になる大人で、立派に独り立ちもしているんだけどね。……まあ、仕方ないといえば仕方ない。
小柄なのは、種族と性別のせいだ。僕は『猫の獣人』で、猫の獣人は獣人じゃないフツーの人間よりもずっと小柄なことが多いから。しかも僕は、猫の獣人のなかでもさらに小柄。というのも、第二の性が『オメガ』だからだ。
だから、成人しているのに随分と小柄。しかも食が細いからか、大した肉もついてない。
そんな僕が、突然襲ってきた屈強そうな男たちに敵うはずもない。彼らの第二の性が何かは知らないけど、獣人ではない人間が二人と、熊の獣人っぽい人が一人。フツーの人間二人の片方は他に比べれば細身に見えるけれど、そもそも熊の獣人と残りの一人が非常に大きな体をしてる。たぶん人間のなかでも背が高くて、体も大きいほうなんだろう。ちなみに熊の獣人にいたっては、僕の三倍近い大きさをしてそうだ。
そんな大きな男たちが僕のことを縛り上げて囲んでいるんだから、敵うわけがない。彼らからすれば、僕なんて子どもみたいなものだし。
ちなみに『第二の性』というのは、男女のほかにある三つの性別のくくりのことだ。
アルファ、ベータ、オメガと呼ばれる性があって、女アルファだとか、男ベータだとか言われる。人口比率は時代によってまちまちだけど、ここ数十年はアルファが二割、オメガが一割、残りの七割がベータらしい。どこかの偉い人が調べた情報だから、たぶんそれであっているんだろう。
アルファっていうのは、生まれつき優秀な人が多い。見目が良くて、身体能力にも優れていて、さらには頭脳明晰というのが彼らの特徴だ。また女性であっても精を注ぐことができる。『孕ませる性』なんて揶揄があったりもする。
反対に、男性でも妊娠することができるのがオメガだ。なんで『孕む性』なんて呼ばれたりする。どっちの呼び方も、前時代的なものだけど。
オメガには、妊娠しやすい期間として『発情期』ってのがある。月一くらいでやってくる発情期は厄介だ。なんたって発情期に入ると、アルファを誘惑するフェロモンを自分の意思と関係なく撒き散らしちゃうし、ケモノみたいに性衝動が高まってしまうから。獣人だからってだけじゃなく、フツーの人間だってそうなる。この期間はものすごーく煩わしい……。
そんな厄介な体質があっても、いつの時代もオメガは重宝される。その理由として、アルファの者はアルファから子種を注がれたオメガから生まれやすいってのがあるから。要は、優秀なアルファを産んでくれるオメガをアルファたちはこぞって手に入れたがるってこと。
ほかにも、男女間でもアルファ同士は子供が生まれにくいとか、オメガ同士では子供は生まれないとか、第二の性の仕組みや特徴はいろいろあるんだけど……まあここらへんは、子どもの頃に誰もが習う性教育の一つだから、詳しいことは割愛しようかな。
で、僕はその貴重なオメガってわけ。
「離せって言われて、誰が離すわけねーっての! 町はずれにある魔術堂のアンデシュって、おまえのことだろ?」
「珍しい猫の獣人で、さらに珍しい男のオメガだそうですから間違いないでしょう。さぞ高く売れるでしょうねぇ」
「しかもこの容姿だ。金髪に碧眼。耳も尻尾もいい色してやがる。そりゃー大金はたいてくれるだろうよ」
僕の返答なんか待たずに、粗暴な言葉遣いの髭面の男と、丁寧な言葉遣いの赤髪の男はにやにやと話をしている。どちらも人間の男だ。
一方で、熊の獣人男は寡黙なのか一言も話さない。ただ熊の獣人男は、僕の体をがっちりとホールドしていて、到底僕なんかが抜け出せるわけもない。なんだったら掴まれてる腕や体が痛いくらい。
髭男の言うように、僕は目立つ容姿をしている。自分で言うのは嫌なんだけど、僕って愛らしい感じの容姿なんだよね……。
背中の真ん中くらいまで伸ばして、首の後ろで緩く一つに結んでいる髪は薄い金色で、頭から生えている猫型の耳とお尻から伸びている尻尾も髪と同じきれいな金色。瞳は晴れた空みたいに真っ青で、くりっとしてる。顔の造形もかなり良いらしい。自分でも、まあまあそうかなって思う。
可愛くて愛らしい雰囲気は、オメガの特徴といっていい。でもその中でも、さらに人形めいた可愛さがあるとかで、僕は近所のご婦人方にも大人気だ。
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