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25. 難しくて簡単

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 なんにせよ、特別術師というのは、やはりすごい術師なのだ。

「……アーティお兄ちゃんは、やっぱりすごいなぁ」
「褒められると照れますね」

 感心のあまり、ついつい口調を崩してマティアスは目を輝かせる。アルテュールは子どもの頃に帰ったかのように、純粋な翡翠の瞳を向けられて、照れ笑いを浮かべていた。

「立派な占星術師になるために、たくさん努力されたんですね」
「マティアスくんにかっこいい姿を見せたかったんです」

 アルテュールの菫色の瞳には、夕陽の茜色が混ざっていく。その不思議な色合いの瞳にじぃっと見つめられて、なんだか顔が火照った。
 マティアスは見つめてくる熱っぽい視線に困惑して、それをはぐらかすように言葉を紡いだ。

「そ、そういえば、お父様は元気にされてますか?」
「もちろん。私以上に研究に没頭するほどに、元気ですよ」

 彼の父が占星術師なのはマティアスも薄らと覚えがあったが、どうやら相当腕のある占星術師らしく、ウェザンダリアでそれなりの地位にいるのだという。今回アルテュールがオルティアースに戻って学術師団に招かれたのも、親子という関係を活かして両国の技術交流を発展させる目的もあるそうだ。
 アルテュールは、約九年間を他国のウェザンダリアで過ごしたとはいえ、元々はこのオルティアース出身者だ。そして、その父もオルティアースに所縁のある人物。となれば、その身元と比類なき才能から、アルテュールがオルティアースの特別術師となったのは、ある意味では必然だったのだろう。

 そういうわけでアルテュールは、それはそれは多忙な日々を過ごさざるを得なかった。それが、この二ヶ月のすべてだった。

「やっと時間を作ることができそうなんです。ですから、今夜にでもマティアスくんに会いに行こうと思っていたんですよ」
「そうだったんですね」

 必ず会いに行くと言ってくれていたのは、嘘じゃなかった。
 そのことが知れただけで、マティアスの心はふわりと軽くなる。

 自分は、なんて現金なやつなんだろう。

 そうは思ったけれど、浮き足立つ心は抑えられそうにもない。
 マティアスの初恋はまだ続いていて、しかもあの頃のような不確かさは無くなって、新たな形を作り出そうとしている。

 ——人を好きになるというのは難しい感情で。それでいて落ちるときはほんの一瞬の、なんてことはないできごと。この恋が叶うかなんてわからなくても、大切にしたいと、そう思っていた。そのはずだった。

「マティアスくん。改めてになりますが、どうか私と仲良くしてくれませんか? 私がアルテュールであっても、アーティであっても。そして願わくば——友人としてではなく、恋人として」

 それは、思いもよらない言葉で。

「こ、恋人……?」
「ええ、恋人です」

 ピアスを落とさぬようにしながら、アルテュールはマティアスの両手を優しくとった。汚れた指先を気にする素振りもなく、自分よりも少し高い体温がじんわりとマティアスに伝ってくる。

「まさか、あの夜のことを忘れたわけではないでしょう?」

 ふふふ、とちょっぴり意地悪で、色気を含んだ笑みを向けられて、マティアスの指先がわずかに震えた。

「あのときから、マティアスくんは私に好意を抱いてくれていると思っていたのですが、違ったでしょうか」

 同意だと思って、あなたを抱いたんですけどねぇ……。

 なんて。そんなあけすけで、熱っぽいことを言われたら。
 マティアスは純情がすぎるわけではないけれど、それでも恋心が芽生えたよはこの二月ふたつきの間だし、自覚したのはもはや今しがただと言ってもいい。

「や、あの……ええっと、その……」

 触れる両手の熱と、恋人という言葉と、あの夜を思い出して、マティアスはあっという間に混乱に陥った。一足飛びで体を重ねてしまっているのに、だ。
 今さら初心な反応を見せるマティアスのことが可愛くて仕方がないのでアルテュールが揶揄っているのだとも知らず、ただひたすらに口をぱくぱくと開いては言葉にならない声を発する。夕陽にも負けないほどに顔を真っ赤に染めて、マティアスはしどろもどろになっていた。

「マティアスくん」

 優しい声で、アルテュールが愛しげに名前を呼ぶ。
 こちらの想いなどお見通しのくせに、余裕たっぷりの占星術師はマティアスからの言葉が聞きたいのだと、恋情を隠さない瞳で見つめるばかり。

 そうされると、マティアスは何度か視線を左右に揺らしながらも、逃れられない状況を理解して、いよいよ意を決するほかなかった。

「ぼ、僕もアルテュール様と、もっと仲良くなりたいです。その……こ、恋人として」

 たどたどしくも、マティアスは心を告げた。
 マティアスは恋をしたことがなかったので、心を弾ませるこの気持ちを相手に告げたこともない。はじめての告白に、何が正しいかなんてわからず、口からついて出たのは幼稚な言葉の羅列だった。けれど、それをアルテュールは満足げに受け止めた。

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