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21. 失せもの探し

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 マティアスは「探し物をしている」とは言ったけれど、それがピアスだとは言わなかった。
 あんな小さなものを、指先を泥だらけにして探している姿は滑稽だろうと思ったし、アルテュールにはピアスにまつわる思い出を話したことがあるので、なんだかバツが悪かったのだ。

 大切にしているものだと話したのに、それを失くしてしまったことが惨めで。恥ずかしくて。だからアルテュールには、探し物をしているとだけ説明した。
 なのに彼は、それがマティアスの耳を飾っていたピアスではないかと気づいたらしい。

「……なんでわかったんですか?」

 そう問えば、慈しむような優しい瞳で、アルテュールはマティアスの頬へと手を伸ばした。正確にいえば、手は頬ではなく、その奥にある耳朶へと向かい、指先でそっと触れられる。

「こちらを見て、そう思いまして」

 触れたそこは、マティアスがピアスをしていたところだ。
 今は小さなピアス穴だけが開いていて、優しく煌めいていたピアスはない。

 マティアスは観念したかのように、黙って頷いた。
 するとアルテュールは、耳朶に触れていた手でマティアスの頭をくしゃくしゃと撫でる。まるで壊れ物を扱うかのような手つきに、マティアスは目を丸くした。

「ああ、それならば早く仰ってくださればよかったのに」
「……すみません」

 謝る理由なんてないのだけれど。でも、アルテュールに要らぬ心配をかけてしまったようなので、マティアスは謝罪を口にした。アルテュールは「よしよし」と頭を撫でて、身を屈める。子供をあやすような扱いに、マティアスは幼少の頃に慕っていた『お兄さん』を思い出していた。

 あのお兄さんも、マティアスが落ち込んでいるときには、今のように優しく頭を撫ででくれた気がする。

「マティアスくん、落ち込まないでください。私に任せて」
「アルテュール様?」

 ねっ、と優しく笑いかけてくれるアルテュールに、マティアスは小首を傾げる。

「占星術師は探しものや、失せもの探しが得意なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。あまり知られていないのですが、星読みの力を使うと見つけられるんです」

 それは知らなかった。
 術師というのは本当に不思議な人たちで、大地や植物、星々の力を借りて特殊な術を使えるのだが、具体的に何ができるかは人による部分が大きい。たとえば魔術師だと、火の魔術を扱える者もいれば扱えない者もいる。治癒術師なら、怪我をどのくらい治せるかは術師の才による。
 そんな感じで占星術師もどのくらい、何を先読みできるかは異なるらしいというのは知っていたけれど、失せもの探しが得意というのは初耳だった。

「といっても、いくつか条件はあるんですけどね。でも、マティアスくんのピアスなら大丈夫でしょう」
「条件? それは……」
「まあまあ。さて——早速、読んでみましょうね」

 条件というものが何かは気になったけれど、アルテュールがマティアスのピアスならば大丈夫だという。それがなぜかは見当もつかないけれど、アルテュールは説明する気はないようで、持っていたトランクからアストロラーベを取り出した。あの吹雪の夜に見たものと同じ、美しい星読みの道具だ。

 トランクの上にアストロラーベを置いて、アルテュールは以前見せてくれたときと同じく、光を流し込んでいった。
 西のほうが橙色に染まり始めた空の下でも、それは小さな星空を形成していく。先日見たときのように、とても綺麗で、マティアスはその光景に見入っていた。

「ふむふむ。……なるほど」

 小さな星空はちかちかと細やかな光を瞬かせて、そして……霧散していった。
 何かわかっただろうかと、マティアスはそわそわしながらアルテュールを見遣る。すると、にこりと彼は微笑んだ。

「そうですねぇ。ええと——」

 アルテュールはすくっと立ち上がって、少し離れた花壇へと近づいた。
 そこは一刻ほど前にマティアスがすでに探した花壇だ。咲いているのはスイの花と呼ばれる植物で、ラッパのような花を咲かせる。六枚の白い花弁の中心に、薄紫色の副冠がある愛らしい形をしていて、冬に咲く花として有名だ。

 その花壇の前で蹲って、アルテュールは花を一つ一つ覗き込んでいる。

「あの、アルテュール様。そこはもう、さっき僕が探したんです。だから、たぶんないですよ……」

 さんざん探した場所だから、そこから見つかるわけがない。
 そう思いながら、マティアスは彼のそばへ寄った。花壇ではスイの花が愛らしく咲き誇っている。

「————はい。こちらですかね?」

 アルテュールは、指先で小さな何かを摘まみ上げた。

「え……? それ……っ!」

 マティアスが手のひらを広げると、その上にころりと転がる小さな装飾品。
 真鍮でできた星をモチーフにしたピアスが、以前と同じ煌めきで、マティアスの手の中にあった。

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