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17. 剣技と訓練

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 それから、二ヶ月——。

 あれからマティアスは、アルテュールとは会っていない。
 正確に言えば、学術師団に用があって訪れたときに遠目でアルテュールを見かけたことはある。銀糸の髪を後ろで緩く編みこんで、なにやら忙しそうに廊下を駆けていく姿にマティアスの心臓がとくりと跳ね、そして胸がきゅうっと痛んだ。
 あのとき、声をかけたかったのだけれど、こちらを見向きもしない彼の姿に何だか気後れしてしまって……。結局、ぱたぱたと走る彼の後ろ姿が見えなくなるまで、じっと見つめるのが精一杯だった。

「マティアス。お前、最近、アルテュール様に会った?」

 話しかけてきたのは、相棒のルーセルだ。
 今日、マティアスは主だった任務がなかったため、ルーセルと騎士団本部の建物裏手にある訓練所で剣の打ち合いをしていた。

 二人とも訓練用の木刀を手にして、カツン、ガツンと打ち合う。その最中で、ルーセルがマティアスに話しかけたのだ。

 なんとまあ余裕なことか、とマティアスは踏み込んだ。

「ううんっ、会ってない……けどっ?」
「うおっ、と! あぶなっ。お前、そこ狙うのやめろって!」

 間合いを詰められてルーセルがよろめいた隙に、マティアスは素早く身を屈めて彼の側面を抜ける。背後に回った瞬間、間髪入れずに木刀を振ったが、すんでのところでルーセルの木刀が防いだ。

 しかし、マティアスは諦めずに再び木刀を振った。また打ち合いながら、ルーセルの動きを注意深く観察する。

「ルーセルは、ほんと、右後ろからの攻撃が苦手だよ、ねっ!」
「うっせ! ちょこまか動きやがって、このやろっ」

 大柄なルーセルと、小柄なマティアスだと戦い方は全然違う。
 ルーセルは重い斬撃を主とした、力で捩じ伏せる戦い方を好む。実際に一九〇センチ近い巨躯から繰り出される剣戟を受け止めるのは手が痺れるほどだ。マティアスは相棒として、こうして訓練相手をするので慣れてはいるのだが、もう二十分近く打ち合っているので、そろそろ両腕が痛い。
 一方、マティアスは素早さに重きを置いて、隙を攻撃するという戦い方をする。ルーセルのような重い一撃を与えることは叶わないが、相手の急所を突き、無力化することに長けていた。
 
「隙ありっ!」
「おいっ、ちょっ。どわっ!」

 大きく木刀を振り上げたルーセルの右後ろに回り込んで、マティアスは彼の膝裏を木刀で振り抜いた。と、体勢を崩したルーセルはすてーんっとその場で転がり倒れる。真剣ではないし、加減もしているので大きな怪我はしていないはずだけど、木刀で叩かれればそれなりには痛いだろう。
 まあでも、それが訓練というものなので、マティアスは口角を上げつつ、地べたに転がるルーセルに手を差し伸べた。

「で、アルテュール様がどうかした?」
「あーいや。前にたしか、マティアスに『会いに来るって言われた』とか何とか言ってなかったっけ、と思って」

 ルーセルはマティアスの手を掴んで、ぐっと体を起こした。体格差からしてマティアスが彼を起こすまでもないので、これは一種の労いだ。本気でマティアスがルーセルを起こそうとすれば、かなり腰を入れて全身を使わなければいけない。
 身を起こして、体についた土を払いながらルーセルはマティアスを見遣った。体をどこか痛めた様子もないので、マティアスはほっとしつつ、苦笑いを浮かべる。

「あー……うん、まあ。でも実際には全然だよ」

 木刀の損傷具合を確かめながら、なんということはない様子で答える。
 そう……本当に、全然。まったく。何もない。

 ルーセルが、アルテュールとマティアスの会話を知っているのに、特におかしな理由はない。以前ルーセルから、アルテュールとどんな話をしたのかと訊かれたときに、「また会おう」と言われたことを軽く話をしたのだ。……あの夜、マティアスの中に生まれてしまった小さな恋の芽については触れずに。

 マティアスは、どんな会話をしたかだけを当たり障りなく伝えたのだが、ルーセルはそれ以来、マティアスとアルテュールの関係がやたらと気になっているらしい。
 だが、今しがたマティアスが言ったように、アルテュールを王都まで連れてきてから二ヶ月……マティアスのところへ彼が訪れることはなかった。

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