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13. 白銀の朝

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 明朝、吹雪は止んだ。
 窓の外を覗き込めば、地面にずっしりと降り積もった雪と、真っ白になった針葉樹が朝日を浴びて輝いている。あたり一面、銀世界だ。

「アルテュール様。——アルテュール様、起きてください。朝ですよ」

 マティアスは幾ばくか気怠い体を無視しながら、ベッドで休んでいるアルテュールを呼んだ。すると、毛布がもぞもぞと動き、美しい男が上体を起こす。

「ん…………ああ、マティアスくん……。おはようございます」

 寝起きはさほど悪くないのか、ぱちぱちと瞬きをするとアルテュールははっきりとした声で挨拶を返してくれた。すぐにベッドから起き上がる彼に、マティアスは窓の外へと視線を向けながら声をかける。

「アルテュール様の星読みどおり、吹雪が止みましたよ」
「ああ……本当ですね。随分と良いお天気のようです。よかった」

 窓辺へすっと近づいて、アルテュールはその眩しさに目を細めた。
 銀色にきらめく景色が、彼の横顔を眩く照らす。彼の銀髪がいっそう光を湛え、まるで精霊か、天からの使いのようだ。

「それにしても、かなり降られましたねぇ。これはまた、雪が深そうだ」
「はい。だいぶ積もってますね。でも天候は問題なさそうなので、これなら関所へ向かえますよ。支度を済ませたら出発しましょう」
「わかりました。ですが……マティアスくん、体のほうは大丈夫ですか?」

 気遣わしげに目線を寄越したアルテュールに、マティアスは小さく微笑んだ。

「大丈夫です。僕は日頃、鍛えていますから」

 アルテュールの心配は、昨夜のことだ。
 腰や尻の違和感がないわけではないが、腕や足を怪我しながら襲いくる獣を倒したこともある。風邪気味の中で野盗を捕まえたことも。だから、初めての性交で体は疲れているが、どうということはない。中に出された精も昨夜のうちに掻き出した。……主に、アルテュールの手によってだけれど。

 なんにせよ今は、体の怠さよりも目の前の任務を優先したい。
 山の天候は変わりやすく、この機会を逃して再び小屋に閉じ込められるのは勘弁願いたいのだ。別にアルテュールと二人きりが嫌なのではない。むしろ、彼といるのは嬉しいような、懐かしいような……何とも言えぬ温もりを感じる。それでいて、同じくらい気恥ずかしくもあるのだけれど。

 それはそうとして、マティアスは特別術師として招聘されたアルテュールを王都まで連れて行く任務を負っている。そしてそれは、予期せぬ天候のために予定より少し遅れてもいる。
 この遅れについては関所に着いたら、伝書を飛ばすつもりだ。関所には伝術師と呼ばれる術師が必ず一人はいて、伝書を送る特殊な鳥を遣わせることができるのだ。数日遅れる見込みであることを伝えておきたい。

 王都到着の遅れについては、理由が理由なので怒られはしないだろう。でもだからといって、任務をこれ以上遅らせるのはよろしくない。王立学術師団のお偉い方が、アルテュールの到着を待っているのだ。

(昨日のこと……アルテュール様は、どう思っているんだろう?)

 マティアスはそっと、アルテュールを見た。
 起き抜けだというのに、陽光を浴びたようにきらきらしい男は寝具を整えて、暖炉の火に薬缶をかけていた。お茶の準備は彼に任せて、その隣でマティアスは朝食の準備をする。
 小屋に置かれていた備蓄用の燻製肉や芋、果実を拝借して、串に刺して焼くだけの簡単な料理。それでも、今日はこの小屋から出て雪道を歩かなければいけないから、腹ごしらえは大切だ。

 簡単な調理なら野営で慣れているので、マティアスは手を動かしながらも昨夜のことを考えていた。

(まあ僕も、一晩の思い出作りみたいな、そんな気持ちで応じたわけだし。たぶん、アルテュール様もそんな感じだよな)

 酒が入っていたとはいえ、二人とも正気は保っていた。酩酊して訳もわからず不埒な行為をしたわけではない。
 なんというか……互いに人肌恋しかったのかな、と今でこそ思う。

 それに加えてマティアスは、彼のことが無性に気になってしまっていた。もしかしたら、これが恋という感情なのかもしれない。
 その感情に流されて、体まで許してしまった自分の尻の軽さにはびっくりするけれど、嫌じゃなかったのだから仕方がない。

 マティアスは、恋だの何だのには疎い暮らしをしてきたけれど「純真でいなければ」という信念があったわけでもないのだ。騎士団は男ばかりの組織で——市民の前では言わないが——下世話な話も多い。だから、言うなればがあった。

 ——一夜限りの関係は、不埒ではあれど罪ではない。

 人恋しい寒夜に、お互い「ちょっと良いな」と思ったから肌を重ねた。
 それでいい。その事実だけあればいい。

(アルテュールさまと、どうこうなろうってのは、僕の立場じゃなあ……)

 マティアスとしては、お兄さんのことを除けば、はじめて心がときめいた相手だから、王都へ送り届けたあとも会えたらいいなとは思う。特別術師のアルテュールと、平騎士の自分とでは立場も所属先も違うから、簡単には会えないかもしれないけれど。……でも願うくらいなら、まあいいだろう。迷惑はかけない。

「——じゃあ、食事も済んだことですし、準備をしたら行きましょう」
「はい。マティアスくん、道中よろしくお願いしますね」

 あれこれ考えているうちに二人の食事はすっかり終わったので、マティアスはアルテュールに出立を促した。

 マティアスは備蓄品の残量を確認しながら、アルテュールの支度を待った。関所までの道のりをより安全に辿れるようにロープやピッケルを借りることにして、最後に火の後始末をする。

「忘れ物はありませんか?」
「ええ、大丈夫です」
「では、出発します。しっかり着いてきてください」

 そうしてマティアスは吹雪の夜、占星術師の美男と汗ばむほどに抱き合った小屋を後にするのだった。



 ◇◇◇
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