【完結】騎士が今宵、巡り逢うは星の初恋

秋良

文字の大きさ
上 下
7 / 28

07. 吹雪の時間

しおりを挟む


 翌日の昼間。
 アルテュールの読みどおり、その日もずっと吹雪が続いていた。

「ふぁ…………」
「おはようございます、マティアスくん。まだ眠っていてもよろしかったのに。二刻ほどしか眠っていないのではないですか?」

 マティアスが小さな欠伸をしながら目を覚ますと、少し離れたところから優しげな声がかかる。その柔らかく澄んだ声に、寝ぼけていた頭がシャキリと動き始めた。

(ああ、そういえば術師様と一緒なんだった)

 声の方向を見遣れば、占星術師のアルテュールが暖炉とベッドの間に置かれた丸テーブルの上で何やら荷物を広げつつ、マティアスの様子を窺っていた。

「いえ、十分休ませていただきました。ありがとうございます」

 マティアスは礼を述べてからベッドから抜け出し、少なくなっていた薪を暖炉へと焚べる。
 窓から見える景色は、相変わらず真っ白だ。

 自前の懐中時計を見れば、アルテュールが言うように、陽が昇って占星術師が目を覚まし、マティアスが交代で眠りについた時間から二刻も経っていない。けれど、騎士として任務中であることを考えれば、十分寝たほうだ。

 マティアスの任務はアルテュールを迎えに来て、王都まで連れて行くことだが、彼の護衛ももちろん任務内容に含まれる。この場には相棒のルーセルがいないので致し方なしに、昼間の数刻だけ目を閉じて、軽い睡眠をとることを己に許したのだ。

「僕が寝ている間、何か不都合はありませんでしたか?」
「問題ありませんでしたよ。ああ、でも……」

 ふむ、と顎に手を当てて、アルテュールは可笑しそうに言った。

「外は相変わらずですから、そういう意味では『まだまだ問題は続いている』ということになるでしょうか」
「はは。たしかにそうですね」

 くすくすと冗談めいて話すアルテュールに、マティアスも笑った。

 この占星術師は、どうやら人の懐に入るのが巧みだ。昨晩出会ったばかりだし、交代で寝たのでそう多くの言葉を交わしていないのに、彼とともにいるのは悪くない気がしていた。

「ところでマティアスくんは、お酒は飲めますか? あ、今さらですけど成人されていらっしゃいますよね?」
「はい、もちろん。童顔なのでよく誤解されますが、今年で十九歳です。酒も嗜む程度には好きですよ」

 マティアスはその容姿ゆえに三つは若く見られることが多いが、すでに成人した大人だ。そして、この国でも、そして、隣国のウェザンダリアでも成人年齢は十八歳で、成人とともに飲酒が解禁される。

 騎士になれるのも成人してからで、騎士団というのは——第五は何でも屋ではあるが——命の危険と隣り合わせなことも多いからか、酒を嗜む騎士は多い。適度なアルコールは恐怖や怯えを和らげてくれるし、亡くなった戦友ともを悼みながら未来あすを思う時間を与えてくれるからだ。
 ゆえに、マティアスも騎士団に入ってからすぐに、上司や先輩方によって酒の味を覚えさせられた。

「でしたら——」

 にこり、と微笑んだアルテュールはちょいちょいと指を動かして、マティアスを呼んだ。それに小首を傾げつつも、マティアスは彼と向かい合わせにあった椅子へと腰を下ろす。

「マティアスくんが休んでいる間に小屋を物色……いえ、探検したら、こちらを見つけたんです」

 彼がひょいっと掲げ見せたのは、琥珀色の液体が入った硝子瓶だった。察するに、中に入っているのは蒸留酒だ。この小屋を使う地元民たちが置いておいたものだろう。
 薪にしても、保存されている備蓄にしても、すでに手をつけてしまっているので酒を一つ拝借しても今さらだ。どうせ後ほど、二晩世話になった礼はする。関所の兵士に美味い酒を差し入れる予定もあるので、こちらへも一緒に届ければいい。

「どうでしょう。まだ昼ですが、どこへも行けない状況ですし、外はまだ寒い。お付き合いいただけますか?」
「ふふっ、では少しだけ」

 マティアスが小さく笑いながら答えると、彼はテーブルに広げていた荷物を片づけて、隅に寄せて置かれていたブリキのマグを手に取って、蒸留酒を注ぎ込んだ。

 任務中ではあるが、この吹雪だ。
 味方はおろか敵も来ることすらない状況で、もはややれることは酒を飲み交わしながら、世間話に華を咲かせることくらい。無論、もしもの事態に備えて酩酊するつもりはないけれど、多少いい気分になるのは許される範疇だろう。ずっと気を張っていても吹雪は止まない。

「何に乾杯しますか?」
「そうですねぇ……では、寒い日の、あなたと私の出逢いに」

 マグをこつっとぶつけて、二人は酒を煽った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

君に届ける音の名は

乱 江梨
BL
 生まれつき耳の聞こえない君原弓弦は、何故か他人の心の声を聞くことが出来た。弓弦はこの力を耳の聞こえない自分に神様がくれた唯一の贈り物だと思い、日々を過ごしていた。  そんなある日、転入先の高校でクラスメイトから恐れられている一人の少年――音尾左白と出会う。そんな左白の心の声を聞き、彼が本当は心優しい人間であることを知った弓弦は彼に興味を抱き始めるが……。

30歳まで独身だったので男と結婚することになった

あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。 キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...