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05. 小さな星空
しおりを挟む吹雪く風の音に混じり、パチパチと暖炉が燃える音が鳴る。
マティアスは窓へ近づいて、改めて外の様子を覗き見た。といっても、激しさを増したこの雪では、覗き見たところで視界に入るのは真っ白な世界だけだ。風も強く吹いており、すぐ近くに生えているはずの木々すらも見えない。
もし今、外に出たら数十歩も歩かぬうちに方向を見失い、吹雪の中で凍え死んでしまうだろう。
「それにしても、すごい吹雪ですよね。……明日には止めばいいのですが」
「そうですねぇ……。では、少し読んでみましょうか」
そう言うと、アルテュールは食べ終わったスープの器を退けて、彼唯一の持ち物である革のトランクケースを引き寄せた。
「読むというのは、もしかして……?」
「ええ、星読みをしようかと。といっても、星読みも完全ではないのですが。星は気まぐれですからねぇ。ほら、こうして吹雪に遭ってしまった私がいい例でしょう? ふふふ」
苦笑しながら、アルテュールはトランクの鍵を開ける。その中から彼は、数枚の円盤が組み合わさった、金属でできた道具を取り出した。ゼンマイ仕掛けの懐中時計のようにも見えるけれど、よく見ると文字盤には数字ではない記号が記されている。さらにところどころには、マティアスの瞳の色とよく似た翡翠色の小さな石が埋め込まれていて、きらきらと装飾されていた。
「綺麗ですね」
「星読みの道具で、アストロラーべと言います。術師ごとに使い勝手よく調整されているものなので、一応これも私好みに調整された特別製です。占星術師なんて言っても、これがないと星はうまく読めません。吹雪の中で紛失しなくてよかったです」
「アルテュール様の大切な相棒なのですね」
「相棒……ふふふ、そうですね。ずっとそばに置いている指標のようなものですから。大切なものには違いありません」
慈しむような手つきでアストロラーべを手にしたアルテュールは、トランクを閉めて、その上に美しい星読みの道具を置いた。
「さてさて。はじめましょうか」
「この悪天候でも星を読めるのですか?」
「もちろん晴れていたほうがより良いのですが——ふふっ、まあ見ていてください」
悪戯っぽい笑みを浮かべると、次の瞬間には真摯な色が菫色の瞳に宿る。
ぽうっと、指先にほのかな光を灯したアルテュールは、その指をアストロラーべに近づけた。すると、その先に灯った光がとぷとぷと、アストロラーべを覆うように溢れていく。まるで光る湧き水が泉へと流れ込むような幻想的な光景に、マティアスは息をのんだ。
(うわぁ……星空みたいだ……)
注ぎ込まれた光はアストロラーべの上で小さな光の粒になり、円盤の上できらきらと煌めいている。小さな星空ができあがっていく様をマティアスは食い入るように見つめていた。
「——ふむふむ、なるほど」
トランクの上に作られた星空を眺めながら、アルテュールは思案げに言った。
マティアスにはわからない単語をいくつも小さく呟いたと思ったら、指先から注いでいた光を消す。それにあわせて、やがてアストロラーべ上に揺蕩っていた光の粒子も霧散していった。
「これが本物の占星術……。すごい、きれい……」
「占星術を見るのは初めてですか?」
「はい。あーいえ……じつは子どもの頃に、真似ごとのようなものを見たことはあるんです。あまり覚えていないんですけど」
質問をされ、マティアスの頭の中に細やかな思い出が蘇る。
マティアスの記憶の中にある、小さな星空。
あれは十年前——マティアスがまだ九歳だった頃のことだ。
その頃、マティアスには仲の良い『お兄さん』がいた。年が五つ離れている、近所に住んでいたお兄さんだ。マティアスが三歳くらいの頃から一緒に遊んでくれて、一人っ子だったマティアスは彼を本当の兄のように慕っていた。
そのお兄さんが見せてくれたのが、まだ占星術というには拙い術だった。
いつかは父のように偉大な占星術師になると夢を語っていた彼は、その父親の仕事の都合で、マティアスが十歳になる前に他国へと引っ越してしまった。あの彼が今、どうしているかマティアスは知らない。何度か手紙が届いたような気がするのだけれど、その頃のマティアスは色々あって手紙を返せるような心境になかった。そしてやがて、手紙は途絶えてしまった。
幼い頃に、マティアスに星空を見せてくれたお兄さんも、もしかしたらアルテュールのような素晴らしい占星術師になっているかもしれない。もう——彼の顔も名前も思い出せないのだけれど。
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