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03. 幸運な占星術師
しおりを挟むドンドンドン、と扉を叩く音が聞こえたのは、それから半刻も経たない頃だった。
(この音……外から?)
もしかして自分と同じように吹雪から避難してきた人だろうか。あるいは予期せぬ敵襲か——。
国境隣にあるウェザンダリアは友好国で、交易や交流が盛んだ。敵対関係にはないため、関所付近でわざわざ害をなす者がいる可能性は薄い。だが一方で、こういう山の中、こういう環境ではならず者がいるのも常ではある。
マティアスは急いで、外へと繋がっている扉に駆け寄り、警戒しながら戸を開けた。途端、雪混じりの冷たい風が吹き込んでくる。
「ああ、やっぱり人がいましたか。よかった」
そこには、雪にまみれたローブ姿の男が立っていた。
雪も風も弱まるどころか、マティアスが小屋にたどり着いたとき以上に強さを増していて、元々白いであろうローブを纏った男はさらに白くなっている。吹きつける風が男の長い髪を弄び、被っていたであろうフードも脱げてしまったようで全身雪ずくめ。
男が吹雪の中、この小屋に必死にたどり着いたであろうことは火を見るより明らかだった。どう見ても、ならず者の類いではないことも。
「これは大変だ。とりあえず中へ!」
「どうもありがとう」
マティアスは、慌てて男を室内へと招き入れた。
びゅうびゅうと吹きつける風に逆らうようにして扉を閉めると、ようやく暴れていた男の髪が大人しくなる。そこでようやく、彼の顔が見えた。
長い銀の髪をしていて、瞳は透き通った菫色。高い鼻梁はきれいな稜線を描き、その下には薄めだが形の良い唇が小さく微笑みを湛えている。マティアスより頭半分ほど背の高い男は、目が覚めるような美貌の持ち主であった。
「いやぁ、まいりました。今晩の吹雪は読めていなかった。まさかこんなに降られるとは……私の星読みもまだ甘いですね」
困り笑いをしながら、男は脱いだローブをぱたぱたとはたいて雪を落とした。すると男の足元では、落とされた雪が小さな山を作っていく。それが、いかに外が大吹雪かを物語っていた。
マティアスは男の美貌に目を奪われつつも、大判のタオルを手渡す。
それにしても、今この男が言ったのは——。
「星を読む…………?」
男が紡いだ言葉に、マティアスは小首を傾げた。
「もしやあなた、アルテュール様? ウェザンダリアから来た占星術師の?」
「おや。私、自己紹介をしたでしょうか。はい、占星術師のアルテュール・エランです。小屋に招き入れてくださって、ありがとうございます。あなたは、ええと……」
「僕はマティアスです。ご丁寧にご挨拶くださってありがと——……って、そうじゃなくて!」
濡れた髪や顔を拭きながら、アルテュールはにこりを穏やかな笑みを浮かべて名乗った。彼が纏う、春の木漏れ日のような雰囲気に流されて、マティアスもついのんびりと挨拶をしそうになり、はたと我に返る。
「外は寒かったでしょう。うわっ、体も随分と冷えてます。さあ、まずは暖炉の前で暖まって!」
アルテュールは、まるで頭からバケツいっぱいの雪を被ったような酷い有り様だ。タオルで拭いている長い銀の髪も、ローブ下の衣服もぐっしょりと濡れていた。きめの細かな肌や、形の良い唇さえも、紫色を通り越して白くなっている。
にこやかな笑みに惑わされてしまったが、体はガタガタと震えていた。
マティアスは彼の腕を掴み、震える体を支えるようにして暖炉の前へと連れて行く。笑みを浮かべているものの、アルテュールはここまで歩いてくるのが限界だったのだろう。よろよろと、危なっかしい足取りだった。
「すみません、助かります」
暖炉前のラグに座らせると、ふぅ……と安堵した息が聞こえた。
アルテュールの体は、衣服越しでも相当冷たかった。どれほどの時間、吹雪の中にいたのだろう。
マティアスは、先ほどまで自分が使っていた毛布を彼の肩へ掛けてやる。それから、もう少し火を強めたほうがいいかと、暖炉へ薪を追加した。
「こちらをどうぞ」
「これはどうも」
火にかけていた薬缶の湯でお茶を淹れ、アルテュールへ手渡した。マグを渡したときに触れた指先も驚くほど冷たく、マティアスは気遣わしげにアルテュールを見る。
それにしても、美しい男だ。思わず見惚れるくらいには。
そんなマティアスの視線には気づいていないのか、お茶を受け取ったアルテュールは、ふうふうと吹き冷ましてから、ゆっくりとマグに口をつけた。
「はぁー……あたたかい。生き返りますねぇ。酷い目に遭いましたが、小屋があって、あなたもいて、本当に良かった。幸運でした」
「ゆっくり暖まってください」
「助かります。あやうく凍死するところでした」
「よかったらスープも召し上がりますか」
ははは、と笑うアルテュールにそう問えば、有り難いと彼は頷く。
マティアスはまだ残っていたスープにさらに干し肉を追加して、新たにスープを拵えた。沸々と煮立たせていると、アルテュールがポケットをごそごそと探って「よければこちらも」とハーブを提供してくれたので、そちらも入れて味を整えていく。
出来上がったスープを器によそって、木の匙とともにアルテュールに差し出す。それを彼は嬉しそうに受け取った。
すっかり空になったマグに、マティアスが追加でお茶を淹れている間、彼は美しい所作で匙を持ち、スープを口元へと運んでいた。
見目もそうだが、所作も出立ちも、ほぅ……とスープを口にする表情も、なんとも美しい男だと、マティアスはまたしても目を奪われていた。
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