1 / 28
01. 不運な騎士
しおりを挟む従者が休息場を設置してる時から、永明は落ち着かなげにあちらへふらふら、こちらへふらふらと楽しげな表情で仙明境を楽しんでいた。
この仙明境は我黄家の守護石が祀られてある。それゆえにこの先の場所には誰も立ち入る事ができない。年に数回黄家の血筋の濃い者が、守護石に参拝に来るのが習わしになっていた。
だからこの滝壺の場所は仙明黄と呼ばれていて、守護のない者が長時間居ると体調を崩す不思議な場所だ。永明は手首に、仙明境で採れた翡翠で作らせた数珠の守りがあるので大丈夫だろう。
馬車の中でぐっすり眠っていたせいか、元気いっぱいの永明はさっさと履き物を脱いで、肌着物一枚になった。そして裾をたくし上げて腰紐に差し込むと、スタスタと目の前に広がる浅瀬へと楽しげに入って行った。
川面の太陽の日差しが反射して眩しいきらめきが、永明の立てる水飛沫と相まって、まるで一つの絵の様に思えた。しばらくその様子を眺めていたが、永明がすっかり私を忘れてしまっているので、私は永明に習って肌着物一枚になると同様に水辺に足をつけた。
私は黄家の跡取りとして、この様な事は決して許されなかった。子供の頃ここに参拝に来る度に、耳に心地よい川音は楽しめたものの、水辺に近寄ることも許されなかったのだ。
あの子供時代の憧れが、永明の無邪気さで思い出された。私は思いの外冷たく、引っ張られる川の力を楽しんだ。丁度その時に永明が、私を呼ぼうと振り向いて、私が直ぐ側にいた事に驚いた顔をした。
私が側に寄ると、少し顔を顰めて魚が逃げると言った。直ぐ側に魚が群れをなして泳いでいるのが見えた。私があれを採るのか聞くと、用意がないので今日は見るだけだと言う。
色々私が知らない事を、永明は知っている様だった。私は永明が引いてくれた手を握り締めて、この滝壺から分かれて流れる水流の美しさと、胸いっぱい感じる解放感、そして永明の無邪気な笑顔を心に焼き付けた。
ふと、永明の唇の色が悪くなっている事に気づいた私は、自分の足の冷たさに我に返り、永明を引っ張って休息場へ戻った。永明の言う通りに、日差しで暑くなった石の上に足を乗せると、あっという間に体温は戻った。
永明はクスクス笑いながら、私の足に温かくなった足先を押し当てながら言った。
「私たちは、父に連れられて良く川遊びに行ったんです。あの頃だけが私が子供でいられた懐かしい記憶です。私は自分の人生に、こんな幸せな思い出があったって事をすっかり忘れていました。
翔海様、ここに連れてきて下さってありがとう。幸せな記憶を取り戻せました。」
そう言って幸せそうに微笑む永明に、何だか泣きたい気持ちになったのはどうしてなんだろう。
この仙明境は我黄家の守護石が祀られてある。それゆえにこの先の場所には誰も立ち入る事ができない。年に数回黄家の血筋の濃い者が、守護石に参拝に来るのが習わしになっていた。
だからこの滝壺の場所は仙明黄と呼ばれていて、守護のない者が長時間居ると体調を崩す不思議な場所だ。永明は手首に、仙明境で採れた翡翠で作らせた数珠の守りがあるので大丈夫だろう。
馬車の中でぐっすり眠っていたせいか、元気いっぱいの永明はさっさと履き物を脱いで、肌着物一枚になった。そして裾をたくし上げて腰紐に差し込むと、スタスタと目の前に広がる浅瀬へと楽しげに入って行った。
川面の太陽の日差しが反射して眩しいきらめきが、永明の立てる水飛沫と相まって、まるで一つの絵の様に思えた。しばらくその様子を眺めていたが、永明がすっかり私を忘れてしまっているので、私は永明に習って肌着物一枚になると同様に水辺に足をつけた。
私は黄家の跡取りとして、この様な事は決して許されなかった。子供の頃ここに参拝に来る度に、耳に心地よい川音は楽しめたものの、水辺に近寄ることも許されなかったのだ。
あの子供時代の憧れが、永明の無邪気さで思い出された。私は思いの外冷たく、引っ張られる川の力を楽しんだ。丁度その時に永明が、私を呼ぼうと振り向いて、私が直ぐ側にいた事に驚いた顔をした。
私が側に寄ると、少し顔を顰めて魚が逃げると言った。直ぐ側に魚が群れをなして泳いでいるのが見えた。私があれを採るのか聞くと、用意がないので今日は見るだけだと言う。
色々私が知らない事を、永明は知っている様だった。私は永明が引いてくれた手を握り締めて、この滝壺から分かれて流れる水流の美しさと、胸いっぱい感じる解放感、そして永明の無邪気な笑顔を心に焼き付けた。
ふと、永明の唇の色が悪くなっている事に気づいた私は、自分の足の冷たさに我に返り、永明を引っ張って休息場へ戻った。永明の言う通りに、日差しで暑くなった石の上に足を乗せると、あっという間に体温は戻った。
永明はクスクス笑いながら、私の足に温かくなった足先を押し当てながら言った。
「私たちは、父に連れられて良く川遊びに行ったんです。あの頃だけが私が子供でいられた懐かしい記憶です。私は自分の人生に、こんな幸せな思い出があったって事をすっかり忘れていました。
翔海様、ここに連れてきて下さってありがとう。幸せな記憶を取り戻せました。」
そう言って幸せそうに微笑む永明に、何だか泣きたい気持ちになったのはどうしてなんだろう。
25
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

Promised Happiness
春夏
BL
【完結しました】
没入型ゲームの世界で知り合った理久(ティエラ)と海未(マール)。2人の想いの行方は…。
Rは13章から。※つけます。
このところ短期完結の話でしたが、この話はわりと長めになりました。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

君に届ける音の名は
乱 江梨
BL
生まれつき耳の聞こえない君原弓弦は、何故か他人の心の声を聞くことが出来た。弓弦はこの力を耳の聞こえない自分に神様がくれた唯一の贈り物だと思い、日々を過ごしていた。
そんなある日、転入先の高校でクラスメイトから恐れられている一人の少年――音尾左白と出会う。そんな左白の心の声を聞き、彼が本当は心優しい人間であることを知った弓弦は彼に興味を抱き始めるが……。

30歳まで独身だったので男と結婚することになった
あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。
キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる