【完結】十回目の人生でまた貴方を好きになる

秋良

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第二章

15. 成人の儀での祈り

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 歳月は流れ、私は十八歳になった。
 そう——〈今世〉でから四年だ。

 この四年でわかったことがある。
 偶然か必然かはわからないが、今世の人生はこれまでの人生の中で言えば〈一度目〉とよく似ている。しかし、その一方で〈一度目〉の人生では起きていないこともかなり多い。

 ディオンに一目で恋に落ちたのち、彼と顔を合わせることになる。そして、それをきっかけにして、彼との交流が少しずつ始まる。何通もの手紙が届き、ディオンがデシャルムの屋敷を訪れる。彼の来訪理由は主にレイナルドとの交流ではあったが、体調が良いのならばと、私のことを茶の席に誘う——。
 それだけを見れば、〈一度目〉も〈今世〉も同じだ。けれど、今世のほうが格段にディオンからのアプローチが強い。交流内容も積極的なものが多い。

 はじめのうちは、父や継母、兄がディオンと私の交流を断とうと、あの手この手を尽くしていた。
 だが、ディオンの口が上手いのか、彼の両親であるクラヴリー公爵夫妻からの熱い要望ゆえなのか、彼らの申し出やお誘いを断ることはなかなかにして難しかったようで。私はいつもの監禁部屋に閉じ込められる生活をしながらも、ディオンとの交流を続けることになった。

〈四度目〉以降の人生と同じように、今世もディオンに会うつもりはない——その決意は、当のディオンのせいで脆くも崩れ去ったのだった。

(もう、どうとでもなればいい)

 この四年、私自身もなるべくディオンに会わないようにと頭を捻り、理由をつけては顔を合わせる回数を少なくするなどの悪あがきをしてみた。予定になかった展開をどうにか変えられないかと試行錯誤する日々を送っていた。

 しかし、十六歳になった頃にふと、諦めの境地に至った。
 なにせどう足掻いても、ディオンとの交流をゼロにすることができない。まるで運命がそれを良しとしないように、彼との交流は減らないし、避けられなかった。むしろ足掻くほどに増えたようにすら感じた。

 それならばと、諦めることにした。
 変なところで気苦労を増やしたくない。ただでさえ、何度も繰り返している人生に辟易しているのだ。ディオンとのあれこれについて躍起になるよりも〈十一度目〉を迎えないように頭を捻ることに労力を割いたほうがいい。
 せめて、なるべく今以上にディオンを好きにならないでおくだけだ。きたるときに備えて、なるべく傷つかないように準備するだけ……。

 ——でも、もしかしたら……今世のディオンは、私に失望しないかもしれないよ?

 時折、そんな甘言を囁く自分がいる。
 けれど、すぐさま「そんな虫のいい話などあるわけない」と言い聞かせた。期待なんかしたら、裏切られたときがつらいだけだ。つらい想いを抱えて、次の人生を過ごすのはきっと、今以上にひどく苦しい。

 ——今世で終わりにしてほしい。

 そう願ってはいるけれど、今世はすでに『失敗』が決まったようなものかもしれない、という不安がある。細かなところで差異はあるが、〈一度目〉と似ているから。だって、〈一度目〉と似た終わりを迎えるのならば、それはつまり『次がある』ということじゃないか。
 そうなる前に、いっそのこと早々に自死を選んでリセットしてしまおうか。自らの手で〈十一回目〉にしてしまおうか。そんなことすら考えつつも、けれど決断もできずに、この四年は無為な時間が過ぎていった。

「この佳き日に天候に恵まれて、よかったですね」
「そうだね」
「では、成人の儀の支度をいたしましょう」

 窓を開けながら、ケニーが私に声をかける。春の陽気を纏った風がそよそよと室内へと流れ込んできた。ケニーの言うとおり、外は麗らかな春の好天に恵まれていた。

 私がまだ自死を選べずにいるのは、彼のせいもあるしれない。

 これまでの人生や〈一度目〉と異なる最たるものとして、ケニーとの関係はまずまず良好と言っていい。
 彼は相変わらず何を考えているかわかりにくい顔をしているが、私は彼と言葉を交わすことが増えた。

 ケニーは一介の使用人でしかない。だから、彼が何かを手厚く施してくれることはない。私に与えられる食事も身支度も変わらず最低限のものだし、彼は多くを語らない。それでも、彼と言葉をいくつか交わすことができるというのは、今世の私にとっては唯一の心の拠り所になった。
 甘く優しい言葉をかけてくれるわけではないけれど、無視はされない。時には今のように、気遣う言葉や彼なりの小さな思いを伝えてくれることがある。けれどそれだけで、私は十分だった。だから、名残惜しくて自死を選べずにいる。

 私は、もうずっと、恋情を抱かずに話せる『普通の相手』に随分と飢えていたのかもしれない。

(だから、ずるずると成人するこの年まで生きながらえてしまっているのかな……まともな感情が、まだ私にとあったなんて。なんとも煩わしいものだな)

 十八歳になった私、イリエス・デシャルムは、成人を迎えた。

 ケニーが言った『成人の儀』とは、アルノルク王国で生を受けた王侯貴族に連なる者ならば、誰もが受けるものだ。『七の祝福』と並び、逃れることのできない儀式の一つである。
 この儀式は、十八歳の誕生日を迎えた後、最初に満月を迎える日に教会で行われる。そこで新成人は神父から説教をいただき、祝福を授かる。厳かな儀式ではあるのだけれど、第二の性の鑑定がないことを除けば、『七の祝福』とそう大差ない。——と、私は思っている。

 その満月の日が、今日であった。

「お召し物が少々重いかとは思いますが……」
「いや。大丈夫だよ」

 私は、ケニーの手を借りて儀式に赴く服を身に着けていく。
 体裁を気にする父が用意した仕立ての良い礼服は、ケニーが気遣ってくれたように痩躯の私には少し重い。だが、文句の一つでも言おうものなら、父から鞭が振ってくる。

 父とて、本心で言えば、私が袖を通すものに金などかけたくないだろう。しかし、父は「アルファの嫡男と違ってオメガの次男がみすぼらしい格好だった」と笑われるのも嫌なのだ。
 アルファ至上主義者で、家に生まれたオメガを疎んでいるのにもかかわらず、そういう場では相応の振りをさせようとするのだから、デシャルム家は本当に矛盾している。でも、その矛盾を一族の誰もが不思議に思いはしない。だから、彼らの正義はそのまま振り翳され続けるのだ。

 鞭を打たれるくらいなら重い礼服を着たほうが遥かにマシなのは考えるまでもない。ゆえに文句の一つも言わずに袖を通し、私は教会へと向かった。

「——レイナルド様、イリエス様、到着しました」

 馬車を数十分ほど走らせ、私は領都にある教会に到着した。
 御者に声をかけられ、馬車の扉が開く。

「……くれぐれも問題を起こすなよ」
「はい、兄上」

 兄レイナルドの言いつけに、私は頷く。
 此度、私が祝福を賜る成人の儀に父と継母は同行せず、父の名代として兄のレイナルドが付き添っている。これも、これまでの人生と変わりがない。先にも述べたとおり、厳かな儀式といっても大袈裟なものではないのだ。保護者が一人いれば十分な、形式ばかりの儀式だ。

 同日に成人の儀を受ける者はおらず、教会には神父と私とレイナルドのみ。
 兄もこんな面倒なことは早く終わりにしたいのか、神父が説教をする間も退屈そうにしていた。さすがに神を前にして不遜な態度を取ることはないようだけれど、退屈なのはありありと伝わってくる。
 私ももう十回目となるので退屈ではあるのだけれど、神父の真正面で欠伸をするのはさすがに躊躇われた。ゆえに神妙な面持ちで大人しくしていた。

 儀式は滞りなく進み、祝福を授けられ、神父が最後の言葉を述べた。

「汝の名を、我らが慈悲深き神へと告げなさい」
「……イリエス・デシャルムと申します」
「よろしい。では神の御心に感謝をし、『成人の祈り』を捧げなさい」

 いっそう厳かに伝えられた言葉に、目を伏せる。
 神父の言う『成人の祈り』というのは、成人の祝福を授かった折に「叶えたい」と願う想いや祈りを神へと伝えることをさす。

 特に、願いを口に出す必要はない。講壇の横にある七色の水晶に両手をあてて、心の中で願いを唱えるだけ。
 真摯に祈り、日々実直に邁進すれば、その祈りは神のもとへと届き、助力をいただける——と言われている。

 ただし、他人の命や幸せを脅かすような願いは叶わないらしく、なんならそう願えば天罰が下ると言われている。なので、多くの人は自身に関する希望を神へと願う。「素敵な伴侶と添い遂げられますように」とか、「幸せな日々が送れますように」とか、そういうありふれた願いだ。

〈一度目〉の人生で、私は「ディオンが幸福な日々を送れるように」と願った。
 そのときはまだ、私が抱く彼への恋情は澄んだ透明なもので、彼と私が結ばれることはなくとも、彼が幸せであればいいと心の底から願っていた。

〈二度目〉の人生でも同じことを願った。
 このときはまだ、自分が『一度死んだのに生まれ直している』など考えていなかったからだ。〈一度目〉の人生はリアルな夢で、〈二度目〉の人生が生きる現実だと思っていた。

〈三度目〉の人生で、人生を繰り返している可能性に気づき、「この不可思議な状況から逃げられるように」と願った。
 神に祈るくらいしか術がなかった。けれど、その願いが届くことはなく〈四度目〉の人生が訪れた。

〈四度目〉の人生では「今度こそ人生をやり直しませんように」と願った。
 そして、成人の儀から三ヶ月後に私は命を絶った。もちろん、その願いも届かずに〈五度目〉の人生が訪れたのは言うまでもない。

〈五度目〉以降、私は何かを願い、祈ることを止めた。
 神に祈り願ったところで、私の願いが叶えられることはないと身をもって知ったからだ。

 まあもしかしたら、〈一度目〉と〈二度目〉の人生で願った「ディオンの幸せ」は叶えられていたのかもしれないけれど。
 でも私が人生を繰り返しているのならば、そこに巻き込まれている彼の「これから」は訪れていないことになる。となると、やはり私の願いは叶えられていないのだろう。

 だから七色の水晶に両手をあてても、心の中で何も唱えなかった。何も願わなかった。でも、それでもいいのだ。
 何を願ったかなんて神父は訊いてこないし、兄も誰も興味はない。願わなくても儀式は滞りなく終わることを私は知っている。慈悲深き神などいないことも。

 重い礼服の下、胸の中心では青いペンダントが揺れていた。


 ◇◇◇
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