【完結】十回目の人生でまた貴方を好きになる

秋良

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第一章

05. 『初めて』の発情期 *

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 翌日の昼、と同じように〈今世〉では初の発情期が訪れた。

「はぁ……はぁ、っ……」

 体じゅうを不埒な熱が巡る感覚に目眩がする。
 私はそれに耐えながら、昨日集めた毛布を掻き集めて包まり、寝台の上で浅い息を吐き続けていた。

 毛布を集めてもらったのは、なるべく声を外に漏らさぬようにするためと、ケニーが来たときに痴態を見られないよう防御壁にするためだ。
 ひとたび発情期が始まると、この体は性衝動が抑えられない。けれど、当たり前だが私を抱いてくれる者も、私に抱かれる者もやってはこない。私は男性ではあるもののオメガのため、抱きたいよりは抱かれたいという衝動のほうが強い。本能として、子を孕みたいと願ってしまうからだろう。

 その子種を受けるために、男性オメガは尻の孔を用いる。日頃は排泄口として機能しているそこは、発情期ともなれば雄を受け入れる準備をする。肉壁は柔らかくなり、粘液が出て濡れていく。
 今の私の後孔も、欲情が昂まるとともにじゅわじゅわと濡れ始めてきていた。

「んっ……く、ぅ……」

 濡れた後孔を慰めたい気持ちを気力だけで抑えつつ、まずは両脚の間で震える肉芯に手を伸ばす。そこは触らずともすでに緩く勃ち上がっていて、より強い刺激を求めて主張をしていた。
 幼子の頃を除いては、誰にも触れられたことのない男を表す性器はオメガという性のために大きさには恵まれていない。桃色の陰茎を手に取って、上下にると甘い痺れがピリッと背筋を走った。

「ふぅ……は、っ……うぅんっ」

 今世では初めての自慰でも、過去に幾度も発情期を乗り越えてきたので、やり方は把握していた。

 これから年に何度も乗り越えなければならないのだ。羞恥心なんてものは早々に捨て去って、なるべく体の負担が少ない形で過ごせたほうがいいに決まってる。発情期は体に溜まった熱を発散させてやれば、それだけ早く落ち着いてくる。
 もちろん『発情期』というくらいだから、誰かに抱かれて子種を注いでもらうのが最も効率の良い発散方法には違いないけれど。特定の相手はおろか、家族に疎まれている私がその手段を取れるはずもない。

 ただ、やはり体は初めてだからか、やけに敏感だ。

 皮から覗いた亀頭の先からくびれにかけてを指先であやす。輪っかにした指で、根元から先端にかけてをやや強めに握って擦り上げる。自分の体だから、どこが一番好みかはよくわかっているので、焦らしすぎず、かといって攻め立てすぎずに快楽だけを浸透させるように撫でていく。
 行為自体は慣れているけれど、初めての体は手つきも含めてたどたどしい。それでも自分の機嫌を取るように行為を続ければ、鈴口からは蜜が溢れてきた。

 その滑りを借りてさらに手を動かせば、くちくちと艶かしい音が鳴り、毛布の中で小さく反響した。それは私の耳を犯し、体に熱をいっそう帯びさせる。
 そう——早く理性を薄くさせて、体の望むがままに欲に浮かされていけば、この浅ましい体を自らも疎まずにいられる。ふわふわした夢のような中へ意識を飛ばして、訳がわからないままに過ごせる。でも、それがわかっているのに、結局はいつも理性が残ったままに過ごすのだけれど。

『本能にのまれるなんて、はしたない』

 とは、で父から放たれた蔑みの言葉だ。
 日頃十分気をつけていたにもかかわらず、家族の前で突如ヒートを起こしてしまったときのことだ。たしかそのときは『近づくな、穢らわしい』とまで言われた記憶がある。

(そんなの、私だって願い下げだ……)

 言われずとも、部屋から出ようだなんて思わない。
 だから家族と顔を合わせるのは、発情期中は避けられる。そればかりは、この期間の良いところとも言える。発情期中には、家族が部屋へ入ってくることはないからだ。
 
(家族と体をつなげるだなんて……避けられるのならば絶対に避けたい)

 私を除いて他の家族は全員がアルファなので、オメガである私が発情しているときに近づくと、ラットという暴走状態に陥る可能性がある。
 また、ラットにならずとも、発情期中のオメガは交合する相手を誘惑するフェロモンを無意識に放っているので、そのフェロモンを嗅げばオメガを組み敷きたくなってしまう。ベータであれば、それを理性で押し留めることができるのだが、アルファはそのさがゆえに押し留めることが難しいことが多いのだ。

 私とて、彼らと性交などしたくないし、彼らだって曲がりなりにも肉親である私に欲情などしたくない。——まあ、今世もおそらく一人だけ……数年もすれば、私に劣情をぶつけてくるやつはいるのだけど。
 とはいえ、さすがに親子同士、兄弟同士で子をなすのはまずいと考えているのだろう。発情期中のオメガの妊娠率は高い。そのため、仮に私に性的な興味を持ったとしても、発情期中に家族はやってこない。それはせめてもの救いだった。

「っ、んん……ふ、ぅ、あっ、んんぅっ」

 高く上がりそうになった声を、ボロボロのタオルを噛むことで堪える。
 家族は訪れないし、この部屋は監禁部屋なので彼らの主な居住エリアからも離れている。だから、あられもない声を上げたところで聞こえたりはしないのだけど……私は、このときの自分の声が好きではなかった。
 だって、まるで盛りのついた雌犬だ。あるいは雌猫か。

 子供から大人になりかけている声が淫らな響きを奏でているのが、卑猥な自分を象徴しているかのようで泣きたくなる。

「ん…………く、ぅんっ……」

 でも、泣いたところで発情期がなくなるわけでもない。だから、己の性器を情けない気持ちで慰める。
 無心のような、そうでないような気持ちで擦り上げ続ければ、完全に勃ち上がった肉芯が手の中でびくびくと脈動し始めた。

「あっ! く……ふ、っ……」

 達しそうになって、少し強めに扱けば、頭が真っ白に飛びそうになる。白濁が迫り上がる前に近くに置いていたタオルを掴んで性器に被せるのと同時に、先端からは勢いよく精が放たれた。

 はぁ、はぁと荒く息を吐きながら、タオルを退ける。一度達しただけで発情期の熱が収まるわけがない。息を整えようとするうちに、何もしていないのに萎えかけた性器は再び熱を取り戻していく。
 淫乱と言われるのは当然かという反応にも、もう慣れた。けれど、体の反応がどうなるかは慣れてはいても、どうしようもない無力感がなくなるわけではないのだから、私もまだ諦めが悪い。

 オメガでなければ、こんなに吐き出しても吐き出しても止まらない卑しい体でなかったのに。……そんな埒もないことを毎回考えてしまうほどには。

 再び頭をもたげ始めている性器はそのままにして、今度はそっと指を会陰に伝わせて、その奥の窄まりへと導かせた。
 そこは発情期が始まったときから、とろりと蜜を溢していて、中を犯してくれる雄をずっと待っている。残念ながら子種を得ることも雄を飲み込むこともできないのだけれど、放っておくと熱が冷めない——オメガは厄介な体なのだ。

 前で震える、男らしさのない肉芯は先ほど一度達しているので、次は後ろから慰めるしかなかった。

「……っ、ぁ」

 息を呑んでから、利き手の中指を一本だけ、後孔へと慎重に埋め込んでいく。
 すでに濡れてしまっているし、発情期を迎えた体は肉壁も柔らかくなっているので、少しくらい乱暴にしたくらいじゃ傷つかないだろうけど、それでもこの体は初物だ。なるべく優しく扱って、発情期を乗り越える術を叩き込んでやらないといけない。

 なるべく声が漏れないようにとタオルを口に押し込んで、同じようにして指も奥へと挿入していく。痩躯の私の指先は細く、指先も爪もぼろぼろなのだけれど、そもそも身体自体が小柄なので、そこはかなり狭い。
 きゅうきゅうと食い絞めようとする孔をゆっくりと、さらに柔らかく解していく。初めての刺激に腰が驚いて、指を抜きたくなるのを宥めて、過去の記憶を思い出しながら快楽を得られるところを指先でくっと押した。

「ん、んっ……っ」

 いいところを指でつつけば、ビリビリとした痺れた愉悦が広がっていく。
 何も知らない体は戸惑いを隠しきれずにいるけれど、構わずに指で内壁をあやして、浅いところから指が届く深みまでをぐちぐちと掻き回す。途中からは跳ねる体を毛布に押しつけながら、指を二本に増やした。さらに跳ねる体を寝台の上でくねらせて、淫らな行為に一人、耽る。

 男性オメガの体は、後孔を弄られることを富みによろこんでいた。
 それが淫乱と言わしめる理由。男性なのに雄を咥えこむことをしきりに求める体は、アルファやベータから見れば奇特に見えるに違いない。

 ——私だって嫌だ。こんな身体。

 アルファでなくとも、せめてベータであれば。
 アルファ至上主義のデシャルムに生まれた以上、ベータであったら今のような扱いを受けるのは変わりがないだろうけど……少なくとも、発情期なんて厄介なものはなかった。体つきだって貧相ではあっても、もう少しはマシだったかもしれない。あるいは、蔑まれはしても使用人くらいの扱いを受けていたかもしれない。

 アルファの父と、オメガの母からベータなど生まれるはずもないのに、そんな不毛で非現実的な空想を抱くくらいには、発情期も、オメガも疎ましい。自分が疎ましい。だが、疎んだところで現実は何一つとして変わらない。

 強制的に昂る熱に苦しむ身体と、それを忌々しいと傷つけずにいられない心と、それでも変えられぬオメガの本能とをすべて毛布に押しこむようにして、私は五日間の発情期をどうにかやり過ごしていくのだった。


 ◇◇◇
 
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