【完結】心を失くした男娼は旅する従弟の夢を見る

秋良

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21. 一緒に旅を続けよう

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 翌日、レーナが目を覚ますと、すでに隣にジェロッドはいなかった。
 ジェロッドが寝ていた場所に手を伸ばせば、そこはもう温もりもなくなっていた。起きてから随分と時間が経っているのがわかって、レーナは慌てて天幕の外へと出た。ジェロッドは起きたのだろう。

 空を見上げれば、予定よりも太陽が高い位置にあることに気づく。今日は町へ向かうから早く起きるはずだったのに、寝過ごしてしまったらしい。

「おはようレーナ」
「おはよう。ごめんジェロッド、寝過ごしちゃった」

 朝食はレーナの担当だったのに、焚き火の上にはすでにパン粥が入った小鍋がくつくつと湯気を立てている。昨夜、固くなったパンを煮込んで粥にしようと話していたのはレーナだ。それをジェロッドは覚えていたらしい。

「作ってくれたんだ、ありがとう」
「どういたしまして。それより体は大丈夫か? 昨日は嬉しくてついがっついたから……」

 焚き火に寄って腰かけると、ジェロッドがパン粥を木皿によそって渡してくれる。それを受け取りながらレーナは答えた。

「ふふ、大丈夫。それよりも出発遅くなっちゃったよね? 起こしてくれたらよかったのに」
「幸せそうに寝てるから起こしたくなくて」

 ふっと笑って、ジェロッドも自分の分のパン粥をよそった。
 出来立てのパン粥をふぅふぅと吹き冷まして、一口食べると「レーナが作ったほうが美味いな」なんて言葉を溢す。
 レーナはふふっと笑って、ジェロッドと同じようにパン粥を食べた。ジェロッドはレーナが作ったほうが美味しいと言ったが、レーナは彼が作ったパン粥も美味しいと思った。あたたかくて、優しい味がした。

(ジェロッドは、今日もかっこいいな)

 木皿によそったパン粥をあっという間に平らげて、さらに鍋からおかわりをよそう姿を見ながら、レーナはジェロッドを惚れ惚れと見ていた。

(恋人になったんだよね)

 そう思うと、胸の奥にふんわりと柔らかくなる。両手に持ったパン粥の入った木皿はほんのりと温かいが、それ以上にレーナの心はあたたかかった。
 すると視線に気づいたジェロッドが「どうした?」と訊ねる。

「あ、ええと、今日中に町に着くかな? 僕が寝坊しちゃったから間に合わないとかない?」
「平気平気。今から飯食ってから出発しても夜には着く。レーナが起きなくても抱きかかえて行くつもりだったから、もうひと眠りしてもいいし」

 レーナがジェロッドに見惚れて、もそもそと食事をしている間に彼はすっかり食べ終わってしまった。それでも彼は、食べ終わらぬレーナを急かすでもなく「ゆっくり食べていいよ」と言ってくれた。
 優しい声かけに礼を言い、レーナはゆっくりとパン粥を食べながら答えた。

「そこまで迷惑かけたくないよ。それに寝坊はしたけどちゃんと起きたんだから、もう寝ないよ」
「そう? 御者台でたまーにうたた寝してるの誰だっけなー?」
「う……だって、陽差しが気持ちいいときは仕方ないでしょ……」

 ジェロッドが言うように、レーナは時折御者台の上で舟を漕ぐ。だって隣に座って話すジェロッドの声は心地が良いのだ。そう広くない御者台だから、体が触れ合うときもあって、そうすると分け与えられる体温がさらに心地よくて寝てしまう。
 それを彼はこうしてたまに笑うので、レーナは少し恥ずかしくなる。

 レーナが朝食を食べ終わる頃には、ジェロッドが出立準備を終わらせてくれたので、食事が終わったら二人並んで御者台に乗った。
 今日も空はよく晴れていて、白い雲は緩やかに流れていた。

「叔父さんたちには何て言うの?」
「んー? そうだなぁ、何て言おうか。『レーナと恋人になったんだ』か? それとも『レーナを愛してる』か……」
「どっちも恥ずかしいんだけど……」
「町に着くまでに考えよう。今日言わなくたっていいんだし」

 そんなものだろうか、と首を傾げつつもレーナは地図を広げた。
 町までの道は覚えているが、レーナは地図を見るのが好きだった。ジェロッドに貰った地図はあまり精度が良くなく、情報も乏しい。書き記されていない道や村もあるので、ジェロッドによって文字や記号がたくさん書き足してある。それを見るのが好きだった。
 まるでジェロッドが辿ってきた旅路を知ることができるようで嬉しかった。

 ぱかぱかと、馬は二人が乗った荷車を牽いて歩いていく。
 その音を聞きながら、のんびりと街道を進んだ。何度か通った道だけど、晴れ渡る空は新しい空だ。

 どこまでも広がる青い空。
 どこへでも行けそうな白い雲。

「あ、これはどう?」

 どうやらジェロッドは叔父に何というかずっと考えていたらしい。
 レーナが空と地図を交互に見て、その合間合間にジェロッドの横顔を見ていると目が合った。

「レーナは、これからもずっと俺の人生という旅を共にする最高の恋人です、って」

 そう言うと、ジェロッドは笑った。
 結局恋人だと言うんじゃないかとか、最高っていうのはちょっと言いすぎじゃないかなとか、いろいろ考えたけれど、まぁいいかと思った。
 だって目の前の恋人は、それはもう満足そうに笑うのだから。

 ——人生という旅を共にする人。

 それが叶うかどうかは、残りの人生をすべてかけて、その終わりが来るときにようやくわかるのだろう。
 でもきっと、それは叶うとレーナは思って空を見上げた。



 END.



ーー・ーー・ーー・ーー

最後までお読みいただき、ありがとうございました!
少しでもお楽しみいただけたようであれば、幸いです。
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