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17. レーナとジェロッド
しおりを挟む娼館を出て、まずはジェロッドの家族が暮らす町へと向かった。
王都から馬車で二週間ほど離れた町は、それなりに栄えている王都郊外の町の一つだった。娼館はないが、酒場と定食屋はたくさんあるし宿屋もある。パン屋や肉屋、薬屋など暮らしに必要なものは大抵町の中で揃うし、無かったとしても行商人が立ち寄っていくので手に入れることは比較的容易い。
そんな中規模の町で叔父とジェロッドは、大商会というほどではないが小さくもない、中堅の商会を営んでいた。
そこで一ヶ月ほど暮らしたあと、レーナはジェロッドと二人で旅をしている。
正確にいえば、旅をしているというよりは、商品の買い付けや商談のために各地と実家のある町を行き来している状態だ。珍しい織物があるという噂を耳にすれば西方へ向かうし、よく効く薬草があると聞けば東方へと足を運んだ。
ジェロッドと共に各地へ足を運んで、売れそうな品を見定めて、その地の商人や職人と交渉をする。そうして成果が出たら町へと帰還する。そんな暮らしを続けて半年ほどが経っていた。
(ジェロッドはすごいな。それに、かっこいい……)
レーナは荷馬車の御者台に座るジェロッドを横目で見ていた。
馬から伸びる手綱を操るジェロッドの腕はしっかりとしていて、街道の先を見つめる横顔は穏やかながらも意志の強い印象がある。その姿にレーナは惚れ惚れしていた。
一緒に暮らし、旅をするようになってわかったことだが、ジェロッドは見た目以上に逞しい。大らかな雰囲気と優しい面立ちゆえに柔らかい印象が強く出るため、屈強な男の中の男といった様相ではないが、生命力に満ちているような、そういう逞しさがある。
そして優しい風貌を裏切るようにして、衣服の下に隠れた体が立派であることもレーナは知っている。
旅の最中は野宿もするし、宿では同じ部屋で過ごす。男同士なので気負う必要はないし、裸を見られても困ることはない。だから互いの前で服を脱いで、着替えたり清拭をすることは日常であった。時には公衆浴場に共に入ったりもする。
そういうたびにレーナはジェロッドの裸を目にするのだが、腹筋はうっすらと割れているし、腕や背中にも筋肉がついていた。
以前レーナが「鍛えているの?」と訊いたら、商人をしていると重い荷を運ぶことも多いから自然と鍛えられたのだという。そうは言っても、同じように商人の手伝いを始めたレーナは半年経っても筋肉どころか、やっと薄い腹に肉がついてきたかなという程度で、ジェロッドのような体になるよう気配はいっこうにない。
それが不思議だと言えば、「レーナはそのままでいいよ。むしろもう少し太ってくれてもいい」と言われる始末だった。
(僕だって、もう少し逞しい男になりたいんだけどなぁ)
仕入れた商品を運ぶときも、ジェロッドはレーナには軽いものを指示して、重いものは自分で持ち上げてしまう。これではジェロッドや叔父の役に立てているのか……とレーナは不安になるのに、二人とも「適材適所だ」と言って取り合ってくれない。
それはジェロッドや叔父に比べてレーナが細身で、非力に見えるからだろう。見えるというか実際に筋肉もほとんどついていないので、二人からすれば非力そのものではあるのだが。
レーナとしては、二人に仕事を任せてもらえるように筋力増強に励みたいのに、これまたジェロッドが取り合ってくれない。そのためレーナは渋々、見よう見まねで腹筋や走り込みをしたりはしている。それでも薄い体のままなのだから何が足りないのだろうと、いつもレーナは疑問に思うのだ。
「さてと。今夜はここで野宿だなー。いやー、今回も良い収穫があってよかった」
「叔父さん、喜んでくれるといいね」
「ああ」
ジェロッドとの二人旅は今までいろんな方法を使ってきたが、今回は荷馬車を使った旅だった。馬に荷車を牽かせ、御者台にジェロッドが座って馬を繰り、レーナはその隣で地図を見ながら街道を進んだ。
商品の買い付けではなく交渉を主にしにいくときは荷車は牽かずに直接馬の背に跨って向かうこともあるらしいが、エルナはまだやったことがない。レーナは一人で馬に乗ることができなかったため、荷馬車を使った旅ばかりだったのだ。荷馬車を使わないときは、乗合馬車や他の商人の荷馬車に乗せてもらいながら徒歩で旅をしたりもした。
しかし、ようやくレーナも馬に乗れるようになったので、いずれはそれぞれの馬に跨って遠くの場所まで旅することも夢ではないだろう。
「俺は天幕を張るから、レーナは食事の準備を頼む」
「うん。薪も拾ってくるね」
いつものように手際よく分担をして、野宿の準備をしていく。
ここで夜を明かして明日の朝に西を目指せば、夕方前にはジェロッドの故郷の町——今ではレーナの故郷でもあると叔父とジェロッドは言ってくれた——に着く。この街道は夜盗が出ることもほとんどなく、山からも離れているので野生動物に襲われる心配もない。遠くには、レーナたちと同じように野宿の準備を始める旅一座も見えた。
近くの森で薪を拾って、レーナは慣れた手つきで火を熾し、食事の準備をした。旅は終盤なので、材料はあまりない。荷車には薬草や香辛料が乗っているが、それは商品だ。
今夜は余った野菜ときのこで作ったスープに少し硬くなったパン。それに昨日寄った村で仕入れた燻製肉を焼くくらいだが、レーナはじっくりと愛情をこめて作った。
(ジェロッド、また美味しいって言ってくれたらいいな)
レーナはジェロッドが好きだ。
従弟としてだけではなく、そこに恋慕が芽生えているのを自覚している。ジェロッドが楽しそうに旅をしているとレーナも楽しいし、仕事が上手くいったと喜んでいるとレーナも喜ばしい。柔和な風貌も好きだし、それでいて男らしい体つきも好きだ。
(不毛な恋だってのはわかってるけど、心の中で想うくらい許されるよね……? 街のご婦人方と同じなはず。そっと見て「かっこいいな、好きだな」って思うだけ。誰にも迷惑はかけてない、はず)
ジェロッドはモテる。本人は否定するのだが、旅先で女性に声をかけられることが多いし、交際を迫られていたりもした。声をかけられずとも、通りすがりの婦人から熱い視線が注がれているのをレーナは何度も目撃してきた。
レーナが勤めていた娼館の男娼たちも、ジェロッドは色男だと騒いでいたくらいなのだから、彼が多くの人から魅力的な男性に見えることは間違いない。レーナも、ジェロッドはかっこよくて素敵な男性だと思う。
今は仕事に邁進しているので色恋には気が向かないかもしれないが、いつかは彼も素敵な女性を娶り、幸せな家庭を築くことになるだろう。
そのことを考えると胸がチクリと痛むが、自分の立場は弁えているつもりだ。
(僕の想いは叶わなくていい。でもこれからも、仕事の相棒として一緒に旅ができたらいいな)
妻ができて、子供ができても、仕事の相棒としてジェロッドのそばにいたい。
不埒な真似はしないし、疚しいことだってしない。御者台の隣に座って仕事の話をしたり、今のように野宿をしたりして、あちこち旅をする。家庭を持って、叔父さんの跡を完全に継いだら旅の回数は減るかもしれないが、そうしたらレーナがジェロッドの代わりに一人で各地を巡って、買い付けや交渉をしてもいい。
ジェロッドの役に立ちながら、彼の近くで暮らしていけるのならば、それで十分だ。
「んんー、今日の飯も美味かった。レーナありがとな。この半年でかなり腕を上げたんじゃないか?」
「ふふふっ、そうかな? ジェロッドが喜んでくれて嬉しいよ」
今日の食事は簡易なものだったが、ジェロッドの口に合ったようでよかった。
食後、焚き火を囲みながら二人で歓談をする。
これも野宿ではいつものことで、レーナにとっては安らぎのひとときだった。今日は何があったとか、はじめて見かけた料理や文化の話だとか、通ったことのある街道でも前回とはこういうところが違ったとか、ジェロッドはたくさん話をしてくれる。ジェロッドの声は低すぎず高すぎず、安心する声なのだ。
食事が終わると、ジェロッドが手ずから淹れてくれるお茶を飲むのは贅沢な気持ちになる。
(いつかは二人きりじゃなくなるだろうけれど、もう少しだけ今の時間が続いてほしいな……)
朝から晩まで、愛しい人と共に過ごす毎日が、レーナは大好きだった。
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