108 / 110
番外編
煌夜節に願うのは… (中編)
しおりを挟む食事を終えて、それから二人で窓辺に座って星空を見上げた。
リビングには暖炉のほかに大きな窓があって、そこを開けると小さなデッキに出られる。
外は寒いけれど、今夜は煌夜節。ブランノヴァの冬は厳しく、連日のように雪が降るので、いつも厚い雲が空を覆っている。けれど時折、雲が掃われて星空が見えることがある。
今日も昼間は雪がちらついていて、灰色の雲が空一面に広がっていたのに、夕食が終わる頃に空は晴れていた。
煌夜節というくらいだから、今夜、星が見られるのは気分がいい。
「レオンス、もっとこちらへ寄って」
「ん」
暖炉に火はついていて室内は暖かいままだけれど、二人は窓を開けて、窓から半身を乗り出していた。
真冬の夜は思っていた以上に寒く、厚手のブランケットを羽織っていても体の芯まで冷える。もっと寄れと言われて、擦り寄っていけば、シモンの大きな体にすっぽりと収まるような形で抱き締められた。
「これなら少しは暖かいか?」
「うん。まあ今は、寒いのも心地いいけれどね」
そう言いつつも、シモンの腕の中から離れるつもりはなく、レオンスはぼんやりと空を見上げた。
——視線の先には、満天の星空。
レオンスたちが住む小さな家は、領都からは少し離れた場所にあるので空気が澄んでいる。家の灯りも最低限に落として、ランタンと暖炉の灯りだけだから、窓辺からでも星がよく見えた。
「煌夜節って、神様が星空を作った日って言われてるけどさ、こんな真冬に作らなくてもいいのにな」
大陸の南のほうでは異なるだろうが、この地では、せっかく作った星空が雪雲で見えなくなってしまうことが多い。
たまにしか晴れた空を見ることができない季節にわざわざ作らなくてもいいじゃないかと、なんてことない不満をレオンスがぼやくと、背後からくすくすと楽しげな笑い声が聞こえた。
「……なんかおかしい?」
「っはは。いや……可愛いことを言うと思ってな」
可愛いことを言ったつもりはないのだが、シモンが上機嫌な様子だったので、黙って腕の中に納まる。と、シモンははぁーっと白い息を吐いてから言葉を紡いだ。吐息がレオンスの耳元をくすぐった。
「そうだな……天からなら、雲は関係なく星空が見えるだろうからな。神は存外、我々人間に意地悪なのかもしれん」
神々が冬の間に星空を作り上げたのは、美しい星を二人占めするつもりだったのだろうと、シモンは語る。
見かけに似合わず情緒のあることを話す恋人がなんだかおかしくて、レオンスもくすくすと笑った。
「それは同意。意地悪な神様だよ、ほんと」
「どうしてそう思う?」
耳元で小さく囁かれる疑問。
ああ、嫌なことを思い出してしまうなと思って、レオンスは前に回されたシモンの腕をぎゅっと抱き締めるように引き寄せて答えた。
「だって……神に祈ったところでシモンさんはずっと目覚めてくれなかったから」
「…………寂しい思いをさせたな。許してくれ」
「ううん。……今はこうして一緒にいられるから。それだけで十分です」
神と呼ばれる存在にも、目覚めぬまま眠りこけていた男にも、レオンスは散々心のうちで詰った。
祈っても、詰っても、縋りついても、ベッドの上で目を閉ざし続けたシモンの姿に、何度涙したかわからない。
けれど、それも今は過去だ。
触れ合うところから分け合う体温は本物で、星空を見上げながら抱き締めてくれる腕も本物だ。
神は意地悪だけれど、非道ではなかったのかもしれないな、と今だからこそ思える。その神様が今夜の雪雲を晴らしてくれたのならば、少しはいいところがあるな、とも。
「冷えてきたな。部屋に戻るか?」
「うん」
暖炉の中では薪がパチッと音を鳴らす。
窓を閉めれば寒気は閉ざされ、部屋は少しすると再び暖かくなっていった。
+ + +
星空を十分に満喫して、入浴も済ませたあと、二人は寝室へと移動した。
リビングの暖炉の火は消して、代わりに寝室にある小さな暖炉に火を入れて、就寝までの僅かな時間を過ごしていた。
レオンスとシモンはいつも就寝前にベッドの上で、その日あった出来事やちょっとした思い出話、明日の予定などを話す時間を設けている。今夜も、煌夜節の思い出話に花を咲かせていた。
しかし、夜も随分と更けてきた。
明日は二人とも特に予定はない。だから少しの夜更かしは問題ないのだが、レオンスはまだ新薬の後遺症が残っていることもある。そのため、あまり体に負担をかけないように、眠れるときにはきちんと睡眠をとるように心がけている。
だから今夜もシモンとたっぷり話したあと、火の始末を十分にしてから、レオンスは布団にしっかりと潜り込んだ。
「暖炉の火を消すと、さすがに冷えるな……」
シモンと二人並んでも横になっても十分な広さがあるベッドは、こういう冷えた夜には少しだけ広すぎる。
要塞のときのような小さなベッドならば、自然と寄り添い合って暖を取ることもできたが、こう広いと理由をつけないとなかなかシモンに近づけない。
一緒に暮らし始めて四ヶ月近く経つのに、一緒のベッドで眠るのは嬉しいと同時に、気恥ずかしかった。
気持ちを口にするのも、想いを形にして行動に移すのもだいぶ慣れたのだけれど、すべてに慣れたわけではない。近づきたくても、なんとなく最後の一歩が踏み出せないことだってあるのだ。
「こっちに来るか」
「ん……」
レオンスが布団の中で自分の腕をさすっていると、シモンが腕を回してきて、ぐっと腰を引き寄せてくれる。シモンはレオンスの気持ちを汲むのが本当に上手い。それに甘えるのが結構好きだった。
「シモンさん、あったかい」
「もっとくっつくか?」
そう言われると、レオンスに断る理由はない。
とうに良い年齢だというのに、肌寒さを理由にして、レオンスは子供みたいにぎゅうぎゅうとシモンの胸に擦り寄った。
夏に彼の目が覚めた頃、シモンはそれまで備えられていた筋肉を削ぎ落としてしまっていて、逞しい体つきとはいえない有り様だった。この家に引っ越してきたときには随分と筋肉が戻り始めてはいたが、それでもまだ以前のような状態ではなかった。
シモンの肉体美ありきで彼を好きになったわけではない。しかしそれでも、同じ男性として羨むほどの肉体を有していた勇猛な男が痩せてしまった姿は、レオンスの心を痛めるのには十分だった。
それから数ヶ月。
また愛馬に乗るのだと豪語するシモンは、以前とまったく同じとはいかないまでも十分に逞しい体に戻っていた。日々の鍛錬を欠かすことないばかりか、今は周辺に勤める警邏隊の指南役として剣を振るい、拳を交わしているため、勘を取り戻した体はあっというまに鍛え上げられていったのだ。
その分厚い胸板に顔を埋めるようにして、レオンスはシモンの匂いを嗅いだ。
レオンスが好きな、森林のような匂い。この匂いに何度救われてきたか、わからない。
「いい匂い……」
出会ったばかりの頃には、この匂いを嗅ぐたびに緊張したものだが、今はこの匂いを嗅がないと落ち着かないほどだ。
我ながら単純だな、と思いながら目を瞑って、恋人のフェロモンを堪能していると、不意にレオンスの背後がごそごそと音を立てた。と同時に、シモンの腕が腰から臀部へと伝い、レオンスの尻たぶを優しく撫で回し始めた。
「……ぁっ、ちょ……んぅ。シモン、さん……!」
「寒い夜だ。もっと熱を分かち合ったほうがいいだろう?」
シモンは片腕でいとも簡単にレオンスの寝間着のボトムスと下着を下げてしまい、双丘の間でひっそりと色づく蕾へと指を伸ばす。
くるくる、と指先で撫でられると、甘い声がレオンスの唇から漏れた。
「服、脱いだら……冷える、って」
暖炉の火は消えたばかりなので、室内はまだ暖かい。
けれど、いくら布団に潜っているとはいえ、服を脱いだらあっという間に寒さに身を囚われてしまうはずだ。そうやって、レオンスがいじらしさを見せると、シモンは熱を孕んだ声色で言った。
「冷める暇などないさ」
耳元で囁かれ、そのまま耳朶を食まれ、舌先で弄ばれる。
「ひゃっ……ん、ふ……ぁ」
「レオンス、上を向いて」
「ん……んん、ぅっ」
言われたとおりに、胸元に擦り寄せていた顔を上げると、唇を奪われた。口全体を覆うようにされる口づけは、レオンスの呼吸ごと食べ尽くされる。
息苦しくなってくると、ようやく唇が離れて……けれどすぐに、舌先で歯列を撫でられた。導かれるように口を開くと、シモンの舌が口内を甘く犯していく。それだけのことで目眩がするほどに気持ちがいい。
レオンスも自ら舌を絡めて、吸われて、熱い舌を堪能していると、じゅっと唾液を吸われて、やがて唇が離れていった。
「ゃ、も……っと……」
なくなった口づけが寂しくてねだると、「少し待って」と笑われる。レオンスは寂しさのままにシモンの胸に手をあてた。薄い寝間着だと、服越しでもシモンの体温を手のひらでしっかりと感じる。体温だけでなく、トクトクと彼の鼓動を感じて、シモンが生きていることを実感する。心があたたかくなった。
シモンの唇はレオンスのそれを離れて、顎を伝い、首筋にちゅっちゅっと音を立てながら吸いついていく。
「寒いなら、服は着たままで?」
「っ……シモンさんの、お好み、で……」
そう答えれば、上衣の裾から手を差し込まれて、胸の突起に指先を触れられた。
ボタンを外す仕草はなく、唇は首筋や顎を啄んでいく。時折思い出したように唇に寄せられて、濃厚な口づけを交わすと、頭はじわじわと熱に溶かされていった。
1
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる