【完結】燃えゆく大地を高潔な君と~オメガの兵士は上官アルファと共に往く~

秋良

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番外編

煌夜節に願うのは… (前編)

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(前書き)
クリスマスシーズンに書いた番外編です。
本編完結後のお話。

世界設定的にクリスマスという概念がないので、なんちゃってクリスマスネタになります。

よろしければお付き合いくださいませ。



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「シモンさん、白いんげん豆を潰し終えたら、こっち手伝ってもらえます?」

 季節は冬。
 窓の外では冷たい北風が吹き荒ぶなか、レオンスは暖炉に火をいれて暖かくなった我が家で夕飯の準備をしていた。

 レオンスが呼びかけたのは、キッチンと続き間になっているダイニングのテーブルで作業をするシモンだ。シモンは今、茹でた白いんげん豆をペースト状になるまですり潰す作業を黙々と行っていた。

「ああ、ちょうど終わったところだ。こんなものでいいか?」
「どれどれ……うん、ばっちり」

 シモンが持ってきたボウルを覗くと、ほくほくと茹で上がっていた豆はきれいにすり潰されていた。
 もともと真面目な性格のシモンだ。ほとんど粗のないペーストを見て、レオンスはふふっと笑う。

「次は何を?」
「マリネ液を作っておいてもらいたくて。そこの紙にレシピ書いてあるんでお願い」
「わかった。それが終わったら、豚肉をオーブンに入れておこう」
「ありがと」

 白いんげん豆のペーストが入ったボウルをそのまま受け取って、シモンにはまた別の作業をお願いした。
 ダイニングの横にある窓からは、冬の太陽から注ぐ柔らかな陽光が差し込み、窓辺に飾られた小さなツリーの置物をきらきらと照らしている。

 まだ陽が高い時間帯から、レオンスとシモンがキッチンとダイニングを行き来しているのは、今日の夕飯を二人で一緒に作っているからだ。

 十二月二十五日——今夜は煌夜節こうやせつだ。
 聖典によれば、はるか昔この地を作り、生命を生み出したとされる男神と女神が星空を作ったとされる記念日である。

 煌夜節は、国を越えて広く親しまれている文化であり、十二月にもなると、街や家には星や夜をモチーフにした飾りや、二人の神を現したオブジェやオーナメントが飾り付けられ、賑やかになる。
 ブランノヴァ帝国——今はブランノヴァ領と名を変え、ベルプレイヤード皇国となったここ一帯も、古くから煌夜節を祝う風習があった。
 もっとも、昨年の今頃はそんな余裕もなかったけれど。

(なんか……こういうの、すごく楽しいな)

 レオンスは、ホタテやサーモンを切り分けながら、シモンを横目で見た。
 オリーブオイルに砂糖や塩を計り入れている恋人も、どこか楽しそうな表情を浮かべている。

 一年前のシモンとも、こうして寒い日に並んで厨房に立ったことがあるけれど、あのときとはまた少し違った表情だ。

「どうした?」
「んーん、なんかいいなーって思ってただけ」

 レオンスの視線に気づいたのか、シモンが振り返る。
 やっぱり、一年前には見たことがない恋人の顔だ。

 恋人になる前——軍人の上官と徴兵された部下として戦地にいたときにも、シモンは多くの部下に優しい表情を浮かべることはあったし、彼に想いを告げられてからはレオンスを愛おしむような眼差しを向けられていたけれど、そのどれとも違う穏やかで甘さを帯びた表情。それは、レオンスが好きなシモンの表情の一つだ。

「去年は、煌夜節なんて楽しむ余裕、なかったからさ」
「ああ……そうだな。それに君は年越しも大変だっただろう」
「あはは、そうだった。シモンさん、覚えてたんだ?」
「愛する君のことだ、当然だろう」

 そうやって、すぐ愛の言葉を囁くので、レオンスはまた嬉しくなってしまう。

「シモンさんとこうやって過ごせるの、嬉しいよ」

 レオンスも、以前は気恥ずかしくて言えなかった想いを、最近は口に出すことが増えた。
 伝えたいときに伝えないと、伝えられないこともあると身をもって痛感したからだ。

 ——今、伝えたいときに伝えないと。

 それはつい九ヶ月ほど前まで徴兵された身であった経験から来るものだった。

「それに、久しぶりの煌夜節だから。日常が戻ってきたんだなぁーって思ってさ」

 戦時下では、煌夜節を楽しむ余裕などなかった。もう亡国となってしまった我が祖国は皇国との戦争が始まった当初から劣勢が続き、星空を楽しめるような状況ではなかったからだ。
 レオンスとシモンが詰めていたファレーズヴェルト要塞は比較的マシな状況ではあったけれど、戦争が始まる前——平和な時代の煌夜節のように華やかな飾りつけをして、豪華な食事を楽しんで、神に祈りを捧げるなんてことはできなかった。
 それでも厳しい環境で心身をすり減らす兵たちに何かしてあげたくて。それで、すぐ何日かあとに迫る新年を祝うために、第八部隊と第九部隊の支援班で創意工夫して伝統的なパイを作るのが精いっぱいだった。

 今思い返せば、あのときはその日を生きることに必死だった。心はうまく動かなくて、疲弊していた。
 死にたくないと思っていたし、家族のもとに帰りたいとも思っていたが、やはりどこかで暗い空気に飲まれていた。楽しいことを考える余裕はなかった。

 だから、終戦を迎え、こうして愛する人となったシモンとともに何気ない日常を過ごせることが、本当に嬉しい。

「私も君と健やかに暮らせることが嬉しい」
「ふふっ……だよね。それにさ」

 切り分けたホタテとサーモンを、シモンが作ってくれたマリネ液に浸しながらレオンスは伝えた。

「シモンさんと一緒に料理作るのって好きだから、今年は特別楽しいよ」

 シモンとともに暮らし始めてから、二人はよく一緒に料理をするようになった。
 以前、要塞にいた頃、夜更けにシモンが温かな葡萄酒を振る舞ってくれたことがある。そのときに料理はしたことがあると言っていたとおり、シモンはレオンスが想像していた以上に慣れた手つきで料理をする。レオンスも母親をよく手伝っていたので、料理の腕はそれなりだ。

 とはいえ、二人とも特段得意というほどでもない。日々食べていくために必要な料理をするくらい。
 だがそれでも、二人で「今日はどんな料理にしよう」と、あれこれ悩み、考えながらキッチンに立つのがレオンスは好きだった。

「それはよかった。来年も再来年も、特別楽しくなるさ」
「うん。それも楽しみ」

 シモンの言うように、来年も再来年も……その次の煌夜節だって、二人でこうやって過ごしたい。
 メニューは同じでもいいし、違くてもいい。陽がまだ高いうちから、温かな料理を一緒に用意して、沈む夕日を眺めて、夜に想いを馳せる。それがどれほど幸せなことかわかっているから、今日この時間も一秒だって逃さずに幸せを感じていたい。



 + + +



 とっぷりと陽が暮れた頃、焼きあがった豚のローストを木皿に盛り付けて、ダイニングへと運んだ。
 テーブルの上には、シモンがすり潰してレオンスが味付けをした白いんげん豆のポタージュや、同じように二人で作ったホタテとサーモンのマリネ。それにチーズの盛り合わせとパンが並ぶ。時間をかけて用意した料理は、特別なものに見えた。

「私の父がくれた葡萄酒だ」
「うわっ、おいしそう……」
「レオンスと二人で、と。また時間ができたら会いに来てほしいと言っていた」
「なんか照れるな」

 席につくと、シモンが葡萄酒を持ってきてくれた。
 シモンの父がくれたという葡萄酒は、二人の甘い時間を包み込むように芳醇な香りがする。

 シモンの父親には、二人で暮らすようになってから挨拶に行って、会ったことがある。生涯をともにしようと暮らし始めたので、それぞれの家族への挨拶はしたいと、どちらともなく申し出た形だった。同様にしてシモンもレオンスの家族とは挨拶済みだ。
 シモンの父はレオンスのことをいたく気に入ったようで、こうしてたびたび差し入れをくれたり、家に遊びに来てほしいと誘われたりする。
 すでに父親を亡くしているレオンスは、それがなんだかくすぐったくて、そして同じくらい嬉しかった。

「星々と夜空に」
「乾杯」

 葡萄酒を注いだグラスを軽く掲げて、色の濃い赤い液体を一口飲んだ。
 このグラスは、レオンスが実家から持ってきたもので、亡き父親も気に入っていたものだ。

 この家には、それぞれの思い出を宿す品と、二人で新しく作った思い出の結晶とで溢れている。あたたかくて、愛おしい我が家だ。

「……んっ、このローストおいしい!」
「こっちのポタージュも良い味をしている」

 じっくりと仕上げたローストも、丁寧にすり潰したポタージュも、表面をさっと炙ってひと手間加えたマリネも、どれもが絶品だ。葡萄酒との相性も良い。

「今夜のメニュー、煌夜節にぴったりだったね」
「デザートもあるから、きちんとその分の隙間を残しておけよ?」
「あっ、そうだった。でも止まらないよ、これ。お腹はちきれそう」
「はちきれるのは困るが、思い存分食べるといい」

 いつもの君は食が細いから、とシモンが言う。
 レオンスはそれに反論したいところなのだが、間違ってはいないので少しだけ不貞腐れながらもマリネに手を伸ばした。

 レオンスとしては十分食べているつもりなのだが、シモンとしては「もっと食べろ」とよく言ってくる。大柄で、しかも毎日のように体を鍛えているシモンに比べたら、レオンスの食事量など子供のように見えるらしい。
 それに、たしかに抑制剤からの副作用や、いまだ残る薬害の症状が出るとあまり食が進まない日があるのは事実だ。それがシモンに心配をかけているのもわかっているので、こうして食べられるときにきちんと食べることをレオンスは意識している。

 今日は朝から調子もよくて、食欲も十分に湧いていた。
 なによりシモンと作った煌夜節のディナーは、本当に美味しいのだ。

「シモンさんも、いっぱい食べてくださいね」
「もちろん。君の手料理だからな。残さずいただくさ」

 また甘い言葉を囁かれて、レオンスは頬を綻ばせながら再び料理に手を伸ばした。気恥ずかしいし、くすぐったいけれど、言葉をくれることは何でもないことながらも特別なことでもあって、心があたたかくなるのだ。
 シモンがゆっくりと葡萄酒のグラスを傾ける姿も、とてもかっこいいと思った。



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