【完結】燃えゆく大地を高潔な君と~オメガの兵士は上官アルファと共に往く~

秋良

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最終章

98. 戦が残したもの

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 レオンスの自宅から病院までは、歩いて四十分ほどだ。

 昔は乗合馬車が街を走っていて、それに乗れば半分の時間で病院近くの停車場に着くことができた。だが終戦後、いまだ市民が自由に乗り降りできる乗合馬車は走っていない。皇国は市民の保護を約束しているが、それでもまだ以前とまったく同じ暮らしには戻れていないのだ。
 だが、それでもレオンスに不満はなかった。食べ物は十分に行き渡っているし、あちらこちらに立っている皇国兵から不当な扱いを受けることもない。仕事だって、時間はかかっているがいずれは希望する者がそれなりの職に就くことができるだろう。

 現に、帝都の大学校で教師をしていた妹のジョゼットは今も教職に就いている。無論、彼女が教える内容にはいくつか変更が入り、皇国として相応しくないものは排除された。
 しかし、未来につながる人を育てる聖職には変わりなく、妹は帰ってきた教え子や、新しく学びを求める者に対して精力的に知識を与えている。終戦後、生き生きと働く彼女の姿は、レオンスに希望を与えてくれる存在だった。

「やあ、レオンス。調子はどう?」

 四十分の道のりを歩いて、ようやく着いた病院の待合室で声をかけてきたのはアメデだった。
 彼もまた、レオンスと同じく荷馬車に揺られてフュメルージュ砦から旧帝都へと戻ってきた。この場にはいないが、オーレリーやジャンたちもだ。

 第八部隊や第九部隊で生き残った者は、多少の時期の違いはあれど、春から現在にかけて、旧帝都や彼らを待つ者がいる場所へとの帰還が許された。そろそろ砦に残る元帝国兵もいなくなるとの話を聞いている。

「まあまあかな。そんなに悪くはないよ。アメデは?」
「僕もまずまずってところかな。でもたぶん、レオンスよりは調子いい。今日は定期検診? それともお見舞い?」
「それはよかった。今日は検診とお見舞い、両方なんだ」

 レオンスが病院にやって来た理由は二つある。アメデが話した「定期検診」と「お見舞い」だ。

 レオンスはこちらに戻ってきてから、定期検診として週に一度程度、この病院へと通院している。
 怪我をしていた兵士や民間人に、皇国は手厚い対応を施してくれた。それが隊を束ねる一個隊長であろうと、雑兵だろうと、家族の死を嘆き悲しむ女性であろうとも、もれなく各地に設けられた病院で体や心の治療を無償で受けられるように人事を尽くした。大きな怪我をしていれば予後を見るためにも定期的な通院を欠かさないようにもしてくれている。

 また、徴兵されたオメガ男性に関しては、怪我の有無にかかわらず検診を受けるように指導した。——すべては新薬の影響ゆえだ。
 あの新薬は、やはり人体に大きな影響を残していった。徴兵されたオメガ男性の多くが、新薬の後遺症と見られる症状に苦しんでいる。

 後遺症の症状は様々だ。
 慢性的な頭痛や胃痛といったものから、発情期の周期の乱れまで。人によっては、発情期が自力では来なくなったり、他の抑制剤に切り替えたあとに抑制が上手くいかなかったりなど。症状のない者もいるが、その一方で後遺症と見られる症状に苦しんでいるオメガは後を絶たない。

 レオンスもそのうちの一人であった。

(アメデには『まあまあ』って言ったけど、実際のところはよくわかんないんだよな。こうして暮らしていけてるから、俺としては悪くはないって感じなんだけど……。こういうの、シモンさんが知ったらまた叱られるかな……)

 ファレーズヴェルト要塞にいたレオンスたちは、兵役の途中で例の新薬の服用を一時的に中止することができた。終戦間近でエドゥアールが着任したことで、新薬の服用を再開せざるをえなかったが、他のオメガ男性に比べたら摂取した量はだいぶ少なくできただろう。
 しかし服用の途中から意識を喪失させたり、その後の周期が乱れていたりと、多くの不調に悩んでいたレオンスには、やはりというべきか後遺症と見られる症状がいくつか出ている。

 一番多いのはムカムカとした吐き気が出る日があることだ。終戦後、すでに新薬を飲まなくなり市販の抑制剤に変えてからも、その吐き気が出ることがある。吐き気だけでなく頭痛や目眩といった症状も多い。
 また、様子見の途中ではあるが発情周期もまだ乱れている状態だった。

「周期はまだ戻らず?」
「そうみたいだ。まあ、気長に構えることにしてるよ。焦ったところで来ないものは来ないからさ」

 レオンスが最後に発情期を迎えたのは、ファレーズヴェルト要塞を出立する前の冬のこと。二月になった頃に発情期が始まり、五日間ほどシモンと共に過ごした。あれから四ヶ月余りが過ぎたが、レオンスにヒートは起きていない。
 それまでは二月ふたつきも待たずにヒートを起こしていたこともあったのに、それがまるで嘘のように今度は発情が起きなくなっていた。

(ヒートなんて無ければいいって思ってたけど、いざ来ないなら来ないで、何かと不安になるんだから、オメガってのは勝手なもんだよな)

 通常であれば、発情期の周期は三ヶ月。五ヶ月近くもヒートが来ないのは初めてのことだ。
 フュメルージュ砦にいたときも、その砦から荷馬車に揺られているときも、そして旧帝都へ戻ってきたときも、レオンスはいつヒートが起きてもいいように心構えをしていた。けれど、待てど暮らせどヒートが起きる気配はなかった。

「いろいろ心配は尽きないだろうけど、良くなるといいね。レオンスも、シモンさんも」
「ありがとう。それじゃ俺は先生が待ってるから行くよ」
「うん、引きとめちゃってごめんね。また今度ゆっくり話そう」

 ひらひらと手を振って、レオンスはアメデと別れて診察室へと向かった。

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