【完結】燃えゆく大地を高潔な君と~オメガの兵士は上官アルファと共に往く~

秋良

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第四章

90. 仲間 #

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 まだ意識があったか、とシモンは忌々しい表情でその男を睨みつける。

「あー……そんな目で見ないでくれませんかね、隊長殿。殴るなんて酷いなぁ。すべて国のため、軍のためにやったことなのに」
「黙れ、下衆が。仲間を道具のように扱う者に帝国軍を語る資格はない」

 ペッと口に溜まった血を吐きながら、男は口を開いた。どうやらその男の顎骨は折れることなく、その汚い言葉を吐く機能をまだ有していたらしい。シモンは苦々しい表情で、その名前を思い出すことも拒否した男をじっと睨み続けた。
 しかし、シモンの発言に何の感情も動かないのか、殴られた頬をさすりながら目を細める。

「仲間、ねぇ……。だってそれ、オメガじゃないですか」
「何が言いたい」

 それ、とレオンスを指さす薄汚い指を折ってやりたい。
 その怒りに目の前が真っ赤になりそうなのを堪えて、シモンは男に問う。すると男は「ああ!」と、何かに納得したように両手を打った。

「なるほど。まさか、あんたたち特攻隊だけで難なく塔を制圧できたとでも思ってます?」
「……それは、どういう意味だ」
「ハハッ、本当にわからないです? 塔に皇国のやつらの目がいかないように、レオンスが手伝ってくれてたって言ってるんですよ。国のために身を賭してってのは、まさにこのことですよね。いやぁー、第九部隊には優秀な兵がいて助かりました。オメガのソレだって、自分が役に立ってさぞ嬉しいでしょう。仲間の手助けをできたんですから。ほんと、仲間様々ですよねぇー」
「この、外道が……!」

 レオンスを犠牲にして講じられた禁じ手は、特攻隊が行っていた塔の制圧戦に関わっていたと、目の前の男は言う。
 ここ一帯には血の匂いが漂っている。レオンスを助けることに意識が向いてばかりいたが、あたりを見れば、皇国軍の軍服を纏った遺体が転がっていた。シモンたちが塔を攻め入る際に、あまり多くの皇国兵と戦わずに済んだ理由がそこにあった。
 特攻隊が任務を遂行していく裏で、レオンスが犠牲になっていたのだ。

 シモンがこの件を知っていたのならば、塔の制圧などしに行かなかった。それをエドゥアールはわかっていたからこそ、特攻隊の面々に作戦の全容を教えなかったのだ。知らなかったとはいえ、シモンはレオンスを犠牲にして任務を遂行し続けていたのだ。

(私は、どこで選択を間違えたのだろうか)

 シモンの腕の中で、レオンスはぐったりと青白い顔をしている。伏せられた瞼の下にある薄水色の双眸は、いったい何を目の当たりにしたのか。それを思うだけで、シモンは強い憤りを覚えた。
 護るべき者を犠牲にして得られる勝利に、いったい何の価値があるというのか。

 ——高潔なブランノヴァ帝国軍は、完全に潰えてしまった。

 ロランドたちもまた、同じ思いなのだろう。
 彼らはギリギリと音が聞こえてきそうなほどに、奥歯を噛み締めていた。シモンはレオンスを静かに横たえて、なおも嬉々として言葉を紡ぐ下衆へと近づいていく。

「俺たちが、隊長殿の代わりにそのオメガを使ってやったんです。まったく……こんな暴力を振るわれるなんて、たまったもんじゃない。ちゃーんと感謝してくださ——がはっ!」

 今度こそシモンは、その男の顎骨を砕いた。それ以上の戯言を耳にしたくなかった。

「私はレオンスを連れて野営地へ向かう。ロランドはエジットたちに報告をしたのち、彼らをこちらへ連れてきて、その下衆たちを確保しろ。ほか二名は、引き続きこの者たちが逃走しないよう監視しろ。周囲に帝国兵がいたら事情を聴き取っておけ。おそらく、禁じ手に加担した者が他にもいるはずだ。塔の制圧戦は今この時をもって中止とする」
「はっ!」

 指揮権など構っていられなかった。その意図を汲んだ部下たちは敬礼を返し、それぞれの作業へと移る。
 皆、エドゥアールの思惑通りに動くつもりなどないのだ。

「……隊長……、手……」

 再び抱き寄せ、シモンの腕の中でぐったりとしていたレオンスが、口を開く。
 レオンスは弱々しく腕を上げて、彼を抱えているシモンの右手へと触れた。

「……赤く、なってます」

 レオンスが言っているのは、シモンの手の甲だ。
 それはレオンスを凌辱していた下衆たちを殴ったために赤くなっていた。指の関節まで赤くなり、僅かに腫れた右手にレオンスがそっと指をかける。力が入らないのか、指先は小さく震えていた。

「痛いです、よね……。ああ、でも俺……手当てできるもの、なんも持ってない、です……」

 すみません、とレオンスは笑った。
 痛いのも苦しいのもレオンスのはずだ。それなのに自分ではなく目の前の男の心配をする彼に呆気にとられながらも、シモンは返事をした。

「このくらい、どうということはない。それより、少し目を閉じておけ。眠れるなら眠るといい。もう大丈夫だ、安心しろ」
「はい……。ありがとうございます、シモン隊長……」

 素直に返事をして、礼を述べたレオンスは目を閉じた。腕の中の彼は、まだ僅かに震えている。顔色は依然として悪く、体も冷たいままだ。長い時間、野外で組み敷かれていたのだろう。早く体を落ち着かせられる場所へ連れて行ったほうがいい。体の具合も、一刻も早くクロードに見せなければ。

 シモンは抱えていたレオンスを、一度ロランドへ預けた。そして近くで主とその想い人を見守っていた優秀な愛馬に跨った。
 ロランドからレオンスをそっと優しく受け取り、しっかりと片腕で抱え、シモンは野営地へと急いだ。

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