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第四章

86. ひび割れて

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 レオンスは岩場で凌辱されたのち、麓付近に設けられた野営地内の天幕へと運ばれた。
 ヒートからくる気怠さと、散々肉欲を打ちつけられた痛みで動けず、声を出す力すらも残ってなかったレオンスを運んだのは、皮肉にもレオンスを甚振いたぶったゴーチェだった。

 男は、他の部下と共にレオンスを天幕に運び入れた。その部下たちからもレオンスは手酷い扱いを受けた。ゴーチェがはじめにレオンスを無理やりに抱いて後孔や喉の奥で精を吐き出したあと、代わる代わる別の男たちもレオンスの中に汚い肉棒を穿ち、同様にしてレオンスの中や喉、顔を汚した。

 天幕は小さく、中にはレオンス以外に誰もいない。
 運ばれている間、飛びそうになる意識を保ちつつ周囲に目を凝らしていたが、レオンスがいる天幕は他の天幕から離れた場所に設置されているようだった。そこへ投げ込まれるように入れられて、それから今に至るまで放置されている。
 レオンスと男たちを見かけた兵士が「どうしたんだ?」と訊ねていたが、急にヒートを起こしたから隔離用の天幕へ連れて行くのだと答えていた。だから、ここはもしものために設けられた隔離用の天幕らしい。それゆえに、周囲に人の気配はなかった。

「…………っ、ぅ……」

 腕や顔、腹、脚が痛かった。全身が擦り切れるように痛い。
 発情状態にあったレオンスだが、望まぬ性交——あれはもはや性交ではなく暴力だが——が行われた結果、ヒートの症状は落ち着いてきている。内側から暴れるような本能も、発散できぬ熱も、理性で抑えられる程度にはなっていた。
 ただ、ただ、体が痛い。痛くて、痛くて、動けない。

 レオンスが転がされた場所には、薄い毛布が三枚ほど、皺くちゃのままに置かれていた。山を行軍しているときに使用していた寝袋はなく、食べ物も飲み物も置かれていない。あるのは、その毛布と、レオンス自身と、レオンスの手首を縛める手枷から伸びた鎖を繋ぐ天幕の支柱だけ。
 手枷と鎖で不自由な腕と、脚を駆使してなんとか毛布に丸まった。ひどく惨めで、もう誰にも今の自分を見られたくなくて、必死に毛布に包まった。自由にならない腕は動かすたびに痛んだ。脚では上手く毛布を引き寄せられなくて、体のすべてを毛布で覆うことはできなかった。でも、ほんの僅かでも外と自分の間を埋めるものが欲しかった。

「……う、ぅぅ……ぅ……」

 声を上げられることを恐れたのか、レオンスの口元は布で覆われている。呻き声を上げるのが精一杯だ。凌辱のときに何度も首を絞められかけたのと、拒否を伝える叫び声を上げたために、喉が痛くて仕方がない。
 息苦しくて布を外したいが、布の先端同士が頭の後ろで固く結ばれていて、腕の自由がきかないレオンスには到底無理だった。

 何も考えたくないのに、頭の中は先ほど無理やり体を暴かれたときのことで覆い尽くされる。
 気持ち悪くて、痛くて、逃げたくて——なのに、何一つできなかった。鍛え上げた体を持つアルファの軍人の前で、レオンスは無力だった。

 そして、思い知らされた。
 恋仲でも何でもない相手との性交は、ひどく苦しいものだと思っていた。しかし実際には違ったのだ。苦しいなんて言葉では言い表せず、レオンスの体を内側から壊してしまうほどの混乱と叫喚がそこにはあった。

(痛い……、なんで……怖い……。息が、できない……)

 レオンスは、シモンから上官命令という名目で熱の発散を正しく行うように言われていた。それゆえに、葛藤はあったが想い合う相手ではないシモンとの性交を何度か行ってきた。そのときも、心苦しさや胸を突くような痛みがあった。それでも発情期をやり過ごすために致し方がないことだとして自分を納得させてきた。納得させてこられた。

 レオンスの心を尊重し、どうにかして自分を納得させられるようにシモンが言葉を尽くし、態度で示してくれていたことが、どんなに恵まれていたことか痛感するほどに。
 心苦しさなど些末なものだったと思うほどに、シモンとの性交と、男たちから受けた行為は違っていた。
 
 エドゥアールの部下に体を触られるのは、耐え難いほどの苦痛で、嫌悪が全身から噴き出てもなお、汚い物が体の内側から溢れ出てくるようだった。それでいて汚い物を体の奥へ奥へと捩じ込まれて、その汚泥にずぶずぶと取り込まれて、抜け出せないようだ。
 体がバラバラになってしまいそうなほどに痛くて、苦しくて、つらい。心臓が潰れてしまいそうなほどに全身が痛い。心が痛い。

(……だめだ。俺……しっかり、しないと……)

 こんなの、なんて事はないと言ってしまいたい。
 あの男たちは「オメガとしての仕事をしろ」と言っていた。オメガなのだから発情して男に媚びて腰を振れと、やつらは言う。それがオメガが役に立つ唯一の道なのだと。
 そうしなければ帝国は敗れる。敗れれば、次に犠牲になるのは帝都でレオンスの帰りを待ち続けている家族だ。だから、こんなことは任務の一環でしかないのだ。

 ——そう思いたいのに、上手くできない。

 どうしたらいいのか、レオンスの思考は定まらない。
 ぐるぐると同じことを繰り返し考えては、痛みと苦しさが襲ってきて体に溜まっていき、思考は霧散していく。

(ああ……どうしたら、いい……? 俺は……どうすれば……)

 戦争は嫌いだ。嫌いだからこそ早く終わってほしい。終わらせたい。

 そのためにオメガの自分に与えられた任務をこなすべきだ。そうでなければ、家族や、帝都で愛する人を待ち続けている者へ迷惑がかかる。上手くやれなければ、次は自分よりも弱い人々が戦場に駆り出されてしまう。それは避けたい。
 それにもし今ここでレオンスが逃げ出せば、同じ仕打ちをアメデやオーレリーが受けるのかもしれない。発情促進剤を打たれて強制的にヒートを引き起こされ、森や岩場に放置され、皇国兵をおびき寄せる餌にされる。そして皇国兵が殺されているのを目の当たりにし、場合によっては仲間だと思っていた者に無体を働かれる。アメデやオーレリーにそんなことをさせてはダメだ。

 けれど、オメガの任務だと言われたコレは……

(やりたくない……。やりたくなんか、ない……)

 発情した体で敵国の兵士を誘引する。そして、そこへ不意打ちで帝国兵が攻める。今日のように皇国兵はアルファであっても、レオンスを襲うこそはないかもしれない。けれど、あの皇国兵たちが高潔であっただけで、次にまみえる皇国兵がレオンスを襲わないとも限らない。

 見ず知らずの敵兵に襲われるのは嫌だ。だが、その卑怯な禁じ手を使って人が目の前で死ぬのはもっと嫌だ。レオンスがその場にいるだけで、大勢の人を殺せてしまうのだ——自分の存在が悍ましく思えて仕方がなかった。
 そして、きっとレオンスの役目が終われば、あの男たちに手酷く抱かれるのだ。それを考えると体の震えが止まらない。

 レオンスがこの天幕に連れて来られたのは、ヒートを起こしているからだけではないだろう。エドゥアールは部下を使って、再びレオンスを囮に使うはずだ。国際的に禁止されていようが、エドゥアールには——帝国には、もはや関係ないのだ。
 それほどまでに、我が祖国は地に落ちてしまった。

 はたして、この国に『勝利』の二文字をもたらす必要があるのだろうか——。

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