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第四章
85. 燃える地 # *
しおりを挟む地面に呆然と座り込むレオンスの目の前では、炎と矢と土埃がこの世のものとは思えない光景を描いていた。
風で煽られて飛ばされて火の粉が飛んできて、レオンスの肌や髪を汚していく。小さな飛び火がレオンスの靴を僅かに燃やし、いつのまにか小さな火傷を負っていた。その足がじりじりと痛んでいた。けれど、こんな痛み……目の前で焼かれた敵兵と比べれば、なんてことはない掠り傷だろう。
レオンスの目の前で、敵国の兵士が次々と斃れ、燃え、焼かれ、黒い炭の塊へと化していく。
放たれて宙を切り裂く火矢の音と、いくつかの砲撃音。それから耳を劈くような悲鳴が辺りには満ちていた。
発情したレオンスに、皇国のアルファたちはたしかにあてられていた。レオンスに向けた目は情欲に濡れていたし、相まみえたときに彼らから放たれたのはアルファ特有のフェロモンであった。
だが、彼らはレオンスに手を出さなかった。
腕をきつく掴まれたし、捕虜にするとも言われたが、ヒートを起こしている敵兵のレオンスに無体を働こうという素振りは一切なかった。
皇国の人間は、気高く、思慮深く、清廉であると聞いたことがある。
だからこそ敵兵であるレオンスに理由なく無体を働かなかったし、ヒートを起こしたオメガであることを見抜いてからは尊厳を失わせないようにと配慮をしてくれたのだろう。
その皇国兵が、帝国の不意打ちによって命を落としていく。——レオンスの、目の前で。
(そんな……なんで……いったい何が起きたんだ……)
これは戦争だ。不意打ち自体は悪ではない。皇国とて、そのような手法は何千万と行ってきたであろう。
だが、オメガを囮にした非人道的な手法は国際的に禁じられている。その禁じ手を使って帝国は皇国の兵士を陥れたのだ。望むが望むまいが、レオンスがその禁じ手の一端となって……。
レオンスは、なおも火照り続ける体を震わせながら、その様子を呆然と見続けていた。
放たれる火矢はレオンスを避けて、降り注いでいた。そんな弓矢の名手がいたのか……と場違いな疑問が浮かんで、自分の命がまだこの地に留まっていることにようやく気づいたほどだった。
「よくやったなぁレオンス。上出来、上出来。それにお前がまだ無事とは幸先がいい。一度で使い捨てずに済むなんて有り難いもんだ」
いつしか、レオンスの隣には男が立っていた。
皇国兵ではなく、帝国軍の軍服の男。レオンスが意識を飛ばす前に、共にいたエドゥアールの部下——名前はたしかゴーチェという男だ。
「お、俺……」
血液と土埃、それに人の肉が焼ける匂いがした。ほかには何も感じられない。いや、一つだけ……今、レオンスの目の前にいる男からは、薄汚れたアルファの匂いが漂ってきていた。
「いやー見事なもんだ。こうも簡単に引っ掛かってくれるんじゃ、禁じ手にもなるわけだ。レオンス、よかったなぁ。オメガのお前もちゃーんと役に立てたんだ。ん? どうした、もっと喜べ。こーやって、お前らオメガがきちんと仕事をしてくれりゃ、帝国は勝てるんだ。あーそうそう、お前、相手はいないんだっけ? なら、いっそう都合もいい。ハハッ、いい兵士だよ、お前は! 帝都にいる家族も、お前の活躍をさぞ喜んでくれるだろうよ」
「くはっ! そりゃ違いねぇ」
ゴーチェがぺらぺらと話しているうちに、レオンスを囲む兵が増えていた。いずれもエドゥアールと共に東の地へやってきた男たちだ。元より第八もしくは第九部隊に属していた兵の姿は見当たらない。先ほどの火矢や大砲を放った者はどこか遠くにいるのかもしれないが、レオンスから見える位置にはいないようだ。
(これ、まずい……。逃げ、ないと……っ!)
意識を失うまでは、たしかにいたはずの仲間がいない状況に、いよいよもってレオンスの頭は警鐘を打ち鳴らす。今の目の前にいる男たちは、帝国軍の軍服を身につけているが、到底『仲間』だとは思えなかったのだ。
「さて、と——ほんじゃ、もう一仕事してもらおうか。俺もアルファの端くれなんでね。お前のせいで、ココがこんなになっちまってる。それにお前も欲しくて仕方がないんじゃないか?」
「……やめっ、離せっ!」
座り込んでいたレオンスの顎を、ゴーチェが力任せに掴み上げる。レオンスはその腕を払いのけて男を睨んだ。
「チッ。オメガのくせに、アルファに逆らうんじゃねぇ!」
「ッ……!」
力いっぱいに頬を引っぱたかれ、レオンスは勢いよく地面に転がった。
男は、地面に転がるレオンスの腰を掴み上げ、慣れた手つきで衣服をずり降ろす。臀部を露出させると、「ははっ、上等だな」と下卑た笑いを浮かべる。殴られた反動でうまく思考を働かせる余裕がないレオンスは、ただ呻き声を上げるだけだった。
そうして、興奮して荒い息を吐く男が持つ猛った屹立が、レオンスの中へと無遠慮に侵入していった。
「やだっ! やめろっ、入れるなっ! 待っ……い、ぁぁあっ!」
「うおっ……まじかよ。すっげー濡れ濡れじゃねーか」
やっぱヒート中のオメガは違うな、などと低俗な言葉を吐きながら、男は腰を進めていく。悲鳴をあげるレオンスを余所に、根本まで咥え込ませようと乱暴に中へと突き進んでいった。
「あー……いいねぇ、レオンス。お前のナカは最高だなァ!」
「ぐっ! ひ……う、っ……やめ……っ!」
ゴーチェは、レオンスの腰や尻を掴み、後孔に潜り込ませた性器を中へと穿ち続けていた。肉と肉がぶつかる音がレオンスの耳にこだまする。その音がさらに不快で耳を塞ぎたかった。
けれど、レオンスの両腕は皇国兵に嵌められた革の手枷がつけられている。四つん這いにされているレオンスは、その両腕を上げることすら叶わない。地面と胴の狭間で、ジャリジャリとした砂と擦れるように押し潰されているだけだ。両足も、男によって乱暴に引き降ろされたスラックスが膝下で突っかかっていて、足枷のようにレオンスの自由を奪っていた。
尻だけを持ち上げられ、レオンスを支えているのは地面に擦りつけられた肩と片頬だけ。細腰を痣ができるほどに強く掴み、最奥を抉ろうとしてくる侵入者に、レオンスは耐えていた。
「声出せよ! もっと啼けんだろ、おらっ」
「ぃっ……やだ、ぐっ……う、うっ……」
「オメガだろ! せっかく抱いてやってんだから、喜べっ!」
すべてが気持ち悪かった。
ヒートで溶けたオメガの体は、与えられる刺激を快感へと変えていくが、それとは裏腹にレオンスはひたすらに気持ち悪かった。下卑た笑いと共に奥へと穿たれるたびに吐き気が込み上げてくる。
嫌だ、やめろと叫んでも男は笑うだけで腰を止める素振りは見せない。後孔はぐぷぐぷと淫猥な音を上げているが、レオンスには自分の心にひびが入っていく音に聞こえた。
中を穿たれ続けていると、腰を進める男とは別の兵に顎を持ち上げられ、口移しで口から何かを流し込まれる。錠剤のようなものと一緒に水を飲まされたようだ。「孕まれたら困るからな」と嗤っていたので、おそらく錠剤は避妊薬だろう。触れ合った唇は気持ち悪く、絡められた舌には寒気が走った。
その後も、痛むほどの腰を打ちつけられて、白濁を体内に吐き出された。
悪夢が終わったと思いきや、今度は口淫しろと無理やりに含まされ、口いっぱいに犯されて、喉奥にドロリとした液を放たれる。それを飲み干せと強制され、それでも抵抗するために、口に放たれた精液を吐き出すと容赦なく腹を蹴られた。
いつしか他の部下もやってきて、レオンスの体を押さえつけ、嬲り、体の内から外まで蹂躙していく。
目に余る光景は、皇国兵から与えられたものではなく味方であるはずのアルファから与えられたものだった。
皇国兵は死んだのだ。ヒートを起こしたレオンスを囮に使って引き付けられ、不意打ちを受けて死んでいった。その遺体がそこかしこに転がっている。
それに憤りと嘆きを覚えつつも、無体を働かれた体で満足に動くこともできず、レオンスは日が暮れる間際まで男たちから口にするのも憚られるほどの所業をその身に受け続けた。
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