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第二章
48. ざわめく熱 *
しおりを挟む一気に高まった熱は、緊急薬で抑えることができたようだった。
けれど、薬で無理やり押さえつけた体はいまだ火照っている。緊急時用の抑制剤は強力な効果を発揮してくれるので、ちゃんと薬が効いていれば通常の発情期とは異なり、一日ほどで発情は収まるはずだ。だが、治まるとはいえ熱を一度は冷ましておかないと、明日もヒートが続くのではないかという恐れを感じた。
(本当に一日で治まればいいんだけど……)
レオンスは緊急薬と相性が悪い。先ほどの薬も、急激な火照りや情欲の高まりを抑えることはできたが、徐々に効き目が薄れている気がする。
それについ先日、風邪で倒れた件もある。
あのときは抑制剤を再開した際に久方ぶりの薬の効果に体が驚き、無自覚ではあるが本調子ではなかったらしい。そこへ秋も深まり、続けざまに起きる変化に体がついていけず、風邪という形で体調を崩したのだろう、というのが軍医の見立てだった。あのときの症状が妊娠の兆候ではなかったのは、レオンスとしては幸いだった。
(くそ……、自分の体が忌々しい)
様々な事情が立て続けに起こったあとの緊急薬の投与だ。何が起きるかわからず、不安だった。
このあとの発情状態がどう推移するのか読みきれないと思った。また急に本能が暴走しかけるかもしれないし、このまま鎮まってくれるかもしれない。どちらにせよ、慎重に慎重を重ねたほうがいい。
まだ火照る体を必死に動かし、レオンスはオーレリーに付き添われて、やっと自室に戻った。
「何かあったら呼んでね。部屋から出るのが難しかったら、扉の下に何か挟んでおいてくれれば気がつくようにするから。ご飯はどうする?」
「ん……っ、ありがとう、オーレリー。食事は要らないかな。食欲は、湧かなそうだから……。一日くらいなら、食べなくても平気だろ……」
「そう。それじゃあ、発情が落ち着いて、出てこられそうだったら、また明日ね」
食事や諸々のやり取りについて話すと、オーレリーはすぐに去っていた。彼が去ってすぐに、レオンスは部屋についている小さな閂錠の鍵をしっかりと下ろした。さらに熱に浮かされて訳がわからなくなった自分が、それを外さないように、棒と留め具を紐でぐるぐると括りつける。
発情した自分が何をするか、自分でも想像がつかなくて怖かった——。
その日はそれから、自室にこもることを許された。
急にヒートを起こしたことで、アメデやオーレリーはもちろんのこと、支援班には迷惑をかけてしまった。そのことに心がじくじくと痛んだが、それでも発情状態で任務をするほうが都合が悪い。レオンスは泣く泣く部屋に引きこもったのだ。
(さっさと熱を発散しよう……)
レオンスは窓のカーテンがぴっちり締まっているのを確認して、潔く服を脱ぎ去った。
この要塞に来て九ヶ月目。使い慣れた狭いベッドに体を預けて、自身の性器に手を這わす。
「う、っ……ふ……」
台車で荷物を運んでいるときに急に訪れたヒート。
自室に来るまで歩いていたときにも気づいていたが、下肢はぐっしょりと濡れていた。
指を這わさずとも、先端からはぬるぬるとした蜜が溢れ、自身を責める手と共に陰茎をべとべとに汚していく。そして、そのたびに会陰の先にある後孔がはくはくと口を開け閉めしているのが自分でもわかった。
精を吐き出す前から、レオンスは指を後孔へと伝わせ、少しの躊躇いの後に人差し指と中指を一気に埋め込む。
「あ、んんっ……」
発情を迎えた体は、難なく二本の指を飲み込んだ。ぐちゅっと濡れた音を響かせて、自分の指を美味しそうに飲み込んだ後孔に恥じらいを覚えるも、それよりも中を掻き回したい欲のほうが大きかった。
二本の指を出し入れすれば、卑猥な音と共に自分の嬌声が響く。
(んんっ……気持ちいいけど、もっと責めてほしい……)
レオンスは、何ヶ月か前に使った性具をバッグから取り出した。
前は自分の唾液でしっかりと濡らしたが、急なヒートのせいか後孔は今すぐにでも欲しいと指を食い絞めてくる。
「ふぅ……んっ、あ!」
息を吐きながら張形を中へ埋め込んでいく。すると、待ち望んでいた刺激に体がびくっと跳ねた。
「はぁ……うぅ、んっ……ふ、ぁあっ、くぅ」
張形は十分な硬さをもって、レオンスの中を突いてくる。
前立腺を張形のカリの部分を擦るたびに、気持ちよくて声が漏れた。後ろの口いっぱいに頬張っているそれをギリギリまで抜いて、一気に奥まで突き入れる。潤滑油がなくても濡れるヒート中のオメガの孔。前後に出して、入れて、そして奥に入ったところでグリグリと内襞を責める。気持ちよくて、目の前に星が飛びそうになった。
それを動かしているのは自分自身だが、もう六年も一人で慰めてきた体だ。どこを、どう弄れば達することができるかレオンス自身わかっている。
——そのはずだった。
(うぅ……なかなか、イケない……)
ぐぷぐぷと水音を鳴らし、腰をくねらせながら、レオンスは悩ましげな息を吐いていた。
いつもなら性器だけで達せなくても、後ろを弄れば果てることができる。白濁を撒き散らさずとも、後孔だけで快楽の果てにたどり着くと快楽の波が続いて、欲も熱も随分と落ち着いてくる。そのはずだった。
けれど、後孔を性具で犯しながらもう片手で性器を扱いても、あと一歩が詰まらない。射精感はあるのに、ずっとイケずに中途半端な熱がぐるぐると腹の奥を回っているようだった。外でも中でも高みに昇れず、余計に熱を持て余している。
「う、ぅ……なん、で……」
そう呟きながらも、レオンスの体は思い出していた。
二ヶ月ほど前に起きたヒート事故。
あのときに自分を抱いた逞しい腕や背中。抱き潰そうとせんばかりに、腰を突き動かされ、猛った性器が自分の中を我が物顔で暴れた。そんな自分でコントロールできないところにある快楽を体が求めている。
「ゃ……思いだす、な……ん、ぅっ」
シモンのことは嫌いではない。
しかし彼はレオンスの上司であり、それ以上でもそれ以下でもない。
頭ではそう理解しているのに、あの落ち着く匂いに包まれたくて仕方がなかった。
ふと、徴兵されたときに受けた説明を思い出す。
——パートナーや番がいないフリーのオメガは、同様に相手がいないフリーのアルファやベータを発情期の性交の相手として希望してよい。
(いや……ダメだ。そんなこと、したくない……)
一度体を重ねた、シモンのことが頭によぎる。
先日レオンスを抱いたのは、もとより男女共に抱けるのか、それともレオンスのフェロモンにあてられただけなのか、レオンスは知らない。ただ、彼の恋愛志向や性的志向が何であれ、恋仲でもないシモンと体だけの関係を結ぶなんてレオンスには考えられなかった。
「う、ぅ……だめだ……。一人で、なんとか……ぁ、っ……」
シモンでないにせよ、レオンスが希望すれば、第九部隊に所属しているフリーのアルファかベータが相手をしてくれるだろう。軍ではそういう規定が設けられている。でも、誰にも頼りたくない。
もしこの先——戦争が終わって、無事に家族のもとに帰って、また普通の暮らしに戻れるときに。そんな未来で、次に抱かれるのなら、心を通わせた相手がいい。だからもう、事故も起こしたくないし、熱の処理だけの相手を作りたくもない。
(耐えろ……耐えろ……)
隙があれば、オメガの本能が頭を埋めつくそうとして暴れていた。
誰か欲しい。誰でもいい。あの男が欲しい。
暴走をしようとする本能を抑え、宥めつつ、レオンスはいっこうに冷めぬ熱に一人向き合い続けた。静まれ、治まれと祈りながら、何度も自身を弄って、苛めて、高みに昇れと責め立てた。
レオンスが好む、体の奥を丁寧に開いていくような快感では熱が燻り続けて、もどかしくて仕方がなかった。
なかなか果てぬ欲に、レオンスは涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしていく。
誰も見ていない個室で一人、懸命に腰を振り、足を開き、指や性具で己の隅から隅まで。丁寧さをかなぐり捨てて乱暴に乱暴を重ねるようにして暴き続けて……。
明け方の光がカーテンをうっすら染めた頃、レオンスはようやく精を吐き出した。
「ふ、ぅぁぁ……っ」
ぷしゅりと吐き出された白濁が虚しくシーツを汚す。
ぐっしょりと濡れた後孔はまだ先を求め続けていたが、得られぬ高みを求めて自慰をし続けたレオンスに体力は幾許も残されていなかった。
レオンスは、涙や体液で汚れきった体を清めることなく、意識を手放すように眠りについた。
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