【完結】燃えゆく大地を高潔な君と~オメガの兵士は上官アルファと共に往く~

秋良

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第二章

40. 事故の原因

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 レオンスが目を覚ますと、発情からくる体のつらさがかなり薄れていた。
 部屋の隅にある明かり取りの小窓から漏れてくる光から、太陽が高い位置にあることがわかる。

 もぞり、と体を動かすと、寝ていたレオンスの隣に人がいることに気がついた。

「……起きたか」

 事後の気怠さを僅かに含ませた、いつもの厳格さとは異なる低く響く声。
 声がした方へ視線を向ければ、黒髪に深緑の瞳をした美貌の軍人がベッドの上、壁に背を凭れて座っていた。

「ブラッスール隊長……」

 いつも見ている姿ではない。
 闇夜のような黒髪は汗で濡れて額に張り付き、服は一切を纏っていない。いや、レオンスから見て下半身はシーツに覆われているため、上半身しか見えないが。
 服を着ていたときも鍛えた体を持っていると思ってはいたが、そこに露わになっている上体は見事なもので、雄々しく美しかった。胸板の厚さ、割れた腹筋、腕の逞しさからも戦う者に相応しい筋肉を備えている。
 しかし、肌のあちらこちらには古傷がいくつも浮かんでおり、彼が軍人として戦地を駆けてきたことをありありと映し出していた。

 そこまで観察して、レオンスははたと気がついた。

「あ……すみませ、っ……! 俺、そんな……なんてことを……」

 まるっきり事後だとわかる相手の裸体を見せつけられて、レオンスは意識を手放す前に起きていたことを一瞬で思い出す。

 自分は、シモンに抱かれたのだ。
 いや、シモンに抱かれたいと思って、彼を無理やりにして誘い込んだ。
 そして、何度も体をぶつけ、重ね、奥の奥まで穿ってほしいとねだった。
 獣らしく本能に従って、あられもない声を上げ続け、幾度となく欲しがった。

 あのときはもう、誰でもいいから抱いてほしかった。めちゃくちゃにしてほしかった。そう思って重い鉄の扉を開けてしまったのだ。

「……申し訳ありません、ブラッスール隊長。その……本当に何とお詫び申し上げればいいのか……」

 シモンの話によると、レオンスがシモンをから丸一日が経過していた。
 その間、ほぼ全ての時間を性交に費やし、レオンスが意識を失うように眠りについてから、目が覚めるまでは四時間ほどが経過しているとのことだった。

 ただ、シモンに言われずとも、多くの時間をシモンと体を重ねていたことにレオンスは気づいていた。
 体のあちこちに、人に抱かれたときの倦怠感と甘ったるさが残っていたし、見える範囲だけでも肌に無数の赤い花が咲き乱れている。そこでようやく、レオンスはハッとして自分の首元に手をやった。

「安心しろ、噛んではいない。うなじも、そのほかのところも。いや……安心しろ、と私が言うのは筋違いだが」
「いえ……」

 レオンスの首には、しっかりと保護チョーカーがつけられたままだった。無理やり引きちぎろうとしたような痕もない。
 それにシモンの言うとおり、レオンスの体にキスマークはいくつも浮かんではいたが、咬傷は一つも付いていなかった。だが、ふとシモンの手を見ると、左手の甲にはくっきりと歯形が浮かんでいた。それも、いくつも。

「ブラッスール隊長、その手……」
「ん? ああ……これは、気にしなくていい」

 それは性交の際にアルファが、その本能によってオメガを我が物にしたいと牙を剝いた痕だった。
 抗うことが難しい本能に、シモンは自分の体を使ってでも抗ってくれたのだという証だ。

(やってしまった……)

 レオンスは膝を抱えて、顔を埋めた。地の底に行きそうなほどに落ち込んでいく。
 いくら抑制剤を服用していないなかでの発情ヒートとはいえ、自分がやらかした事実に弁解のしようもない。

 まして相手は、自分が所属する部隊の指揮官だ。一介の雑兵が相手にするような立場の人ではない。それなのに自分は、オメガのさがに負けて誘惑してしまった。
 どう謝罪をするべきか……。
 謝罪のしようもないほどだとレオンスが頭を悩ませていると、シモンは名を呼んだ。

「レオンス。こっちを向いてくれないか」
「……」

 膝に埋めていた顔を、のそりと上げる。深い森のような瞳と視線がぶつかった。

「君を抱く前に、一応の合意は取った。が、すでに理性をなくしかけていた君から肯定の意思を示されたとして、それを合意と見なすのは勝手であることを、私はわかっていた。なのに私は己を止められなかった。すまない、レオンス」
「っ! いえ、俺も抱いてほしいと言ったことは、うっすらとですが覚えています。だから隊長が悪いんじゃありません」

 鉄扉を開けて、シモンを引き込んだとき、彼からは「いいのか」と問われた。
 そして、それに頷いたのは自分だ。熱に浮かされてはいたが、憶えている。

「それに……抑制剤を服用していないのに、扉を開けてしまったのは自分です。非があるとすれば俺のほうです。本当に申し訳ありません」
「いや、隔離部屋に君が入ったことを知りながら、迂闊に部屋に近づいてしまった私に非がある。君は謝らなくていい」
「そういえば、隊長はなぜあそこに? あ、その……ブラッスール隊長にしては珍しいですね……?」

 それは責める問いではなく、単純な疑問だった。

 シモンは規則や任務態度に対して、どちらかといえば厳格なほうだ。それは隊長という立場でいえば当然であり、彼自身の性格から来るものでもあるようだった。そんな彼が、発情したレオンスがいる隔離部屋の近くに来たというのは少し意外だった。万が一があるような場所に、自ら足を運ぶ行為を安易にするような人間ではないと思ったのだ。
 と、シモンは幾分バツが悪そうな顔をして答えた。

「君のことが心配で、少しだけ様子を聞きに来ていたんだ」
「……そう、でしたか」

 心配、と言われて、レオンスの心がことりと動く。

「君は望まぬ相手とのセックスを忌避したのに、アルファの私が近づくべきではなかった。本当にすまない」
「いいえっ! 本当に、隊長は悪くないです。俺が悪いんです! 申し訳ありません」
「だが……」

 仮に、シモンが『万が一』を考慮せずに隔離部屋の近くにいたことが、今回の性交に繋がった要因の一つだとして。それでも、やはりきっかけはレオンスが扉を開けてしまったことにある。もっと言えば、そもそも抑制剤を服用できない状況に陥ってしまったことが発端だとも思う。

 だからレオンスは、シモンが謝るのはどうしても違うような気がしていた。

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