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第二章
30. 偽造
しおりを挟むしかし、シモンは怪訝な顔を向けた。
レオンスは怯みそうになったが、なんとか言葉を続ける。
「偽造対策は手間がかかると思うんです。二人に比べたら、俺はまだ副作用も耐えられる範囲ですし、俺の報告内容をもとにして二人分を作れば、多少はクロード医師の手も空くかと思いますし。それに新薬を服用していれば、俺は発情期中でも任務にあたることが可能です」
それは良い案のように思えた。
新薬の服用を止められないかという提案をしたのはレオンスだが、自分のためというよりはオーレリーやアメデのためだ。彼らが副作用に苦しまないようになれば、それでよかった。しかし、新薬の中止と市販薬の確保を受け入れてもらえたのはいいが、軍医であるクロードの力を借りるところまでは考えが至ってなかった。
今、大きな作戦を展開しているなかで、クロードの手を借りるのは申し訳ない。せめて自分の分くらい負担が減れば、その分負傷者への対応時間が増える。そう考えての、レオンスのみ新薬服用継続の提案だ。
それにレオンスは、副作用が出る日はあるものの、もし新薬を服用し続ければ発情期でも日中に任務を進められる。第九部隊にいるオメガ三名のうち、一名分は作業を続けられるのは部隊としても助かるはずだ。
(あの軍医の先生は、すごい腕を持ってるって支援班の人が言ってた。見れない怪我、病はないらしいし。アメデとオーレリーのためとはいえ、他の兵に迷惑はかけたくない。俺の分くらい、手を空けさせないとだろ)
名案だと言わんばかりに、レオンスは説明した。
しかし、シモンはいっそう眉間に皴を刻んだ。そして、はぁ……と盛大にため息をついてから答えた。
「賛成はしかねるな。報告書の作成は、一人増えたところで手間は大して変わらないだろう。それに、君は副作用は耐えられる範囲だというが、今後もそうとは限らない。話を聞くに、新薬は危険性の高いものなのだと私は思う。ならば服用を続けることは容認できない」
「ですが……」
食い下がろうとレオンスは声を発したが、シモンの強烈な瞳に射抜かれて、それ以上は継ぐことができなかった。
「……わかりました。であれば、俺の分の市販薬もお願いします」
シモンの言うことは、よくわかる。
副作用がこれだけ出ている抑制剤だ。レオンスとて、いつ、今以上の副作用——それこそ重大な事態を引き起こすかと、ヒヤヒヤしている面はある。なにせ一度倒れている身だ。
冷静に考えるならば……そしてオメガのことを考えるのならば、シモンの言うように危険性のある新薬はいかなる理由があれど、服用を中止した方がよい。無論、軍の規約には背くことにはなるため秘密裏ではあるが。
(まあ、隊長の言うことはわかるけどさ……。俺だって副作用がないに越したことはないし)
レオンスが、シモンの返答を大人しく受け入れたのを見てから、シモンはとりなすように別の質問を口にした。
「第六から第八部隊のオメガの状況は知っているか?」
「ええ、まあ……はい」
このファレーズヴェルト要塞には、第六から第九までの四つの部隊が詰めているが、全部隊にオメガ兵が配属されている。一番人数が多いのが第七と第九で、それぞれ三人。第六は二人、第八には一人いる。同じ要塞にはいるが、各隊はそれぞれ別の作戦や任務を展開していることが多いため、常にオメガが互いの動きを把握しているわけではない。
それでも、第九部隊であるレオンスたち三人は支援班に配属されていることもあり、他の部隊のオメガと言葉を交わすこともあったし、その際に色んな話を聞くことはあった。
ある意味では、結果的にレオンスたちがオメガ同士の情報集約として機能している部分はある。
他部隊の様子も知っている限り教えてほしいと言われ、レオンスは知っている限りの情報を頭に浮かべる。
「状況は、第九とそれほど変わらないですよ。酷い副作用に……発情周期の乱れ、なんて話も聞きました。副作用が出ずに新薬と上手く付き合えているのが一人いますが、あとは似たり寄ったりです」
副作用の症状に見舞われていないのは、第六部隊に所属しているオメガの一人だ。彼はレオンスと同じでパートナーがいないが、副作用がないと言っていた。ただし、発情期を一人で乗り越えることはできず、理解を示してくれた第六部隊のアルファと体の関係を持っている。
そのほかのオメガについては、多かれ少なかれ副作用はあると聞き及んでいた。
一番酷い者でいえば、毎日頭痛と目眩がしているという状態だ。彼は飲み合わせは気になるものの、軍医の管理のもとで頭痛薬も服用することで何とか任務にあたっている。
「そうか。それなら、他の部隊長にも抑制剤の変更について打診してみよう。うちの部隊だけで動くよりは、要塞一丸となって動くほうが良い手段が得られそうだ。報告義務についても、要塞ごとグルになれば真実は見抜けまい」
「本当ですか……!」
第九部隊だけでなく、他の部隊も巻き込んでくれるというのはレオンスにとって朗報だった。
レオンス一人では第九部隊分くらいしか手を貸すことはできなかったので、他の部隊のオメガに対しても何かしたいと思っても余裕がなかった。けれど、こういう形で彼らの力になれるのならば願ったり叶ったりだった。
「ああ。ただし、まだルートが確保できるかは未知だ。下手な希望を抱かせるのは良くない。無論、必ず確保するつもりで動くが、確定するまでは他言しないでくれ」
「それは、もちろんです。ですが、その……ありがとうございます」
「いや、私がもっと早く手を打てていればよかった。君が勇気を出して進言してくれたことに感謝する」
「いえ、そんな……」
それまで厳しい表情を浮かべていたシモンが、ふっと表情を和らげた。
それは彼が愛馬で駆けているときに見せたような、柔らかなもので。レオンスは不意打ちでその顔に射抜かれて、そっと目を逸らした。彼の顔をずっと見続けていたら、心臓が跳ね上がりそうだった。
「あとは配給される新薬の破棄方法も検討する必要がある、か」
レオンスの反応を気にも留めずに、エジットが腕を組みながら思案する。
それにハッとして、レオンスも頭を捻った。
「……それなら、新薬は都度届くごとに、支援班が秘密裏に処分する方向はどうですか?」
「物資が届いたと同時に廃棄に動くと?」
「はい。ちょうど俺は物資管理や仕分けの担当もしているので、その際に対応することができると思います。事情を知っている者が対応にあたったほうが、都合も良いかと思うのですが……どうでしょうか?」
要塞一丸となってオメガの新薬服用中止を行うため、市販薬の入手ルートが確保できれば全部隊の兵へ内容の通達が行くだろう。市販薬の服用に切り替われば、発情期中の行動は叶わないし、各パートナーの協力も必要だ。
だが、作戦の根幹に携わる人間は少ないほうがよい。その点でいえば、レオンスのいる第九部隊支援班は物資管理を主としており、その中には帝都から届く新薬の管理とオメガへの配給も含まれていた。であれば、その流れで廃棄の対応をしてしまったほうが他班の手を煩わせることもないし、最短で対応しやすい。
そう考えて提案すると、シモンもエジットも特に異論はないようで、頷いた。
「なるほど……そうだな。それでは、その方向で検討するようジャンにも伝えておこう」
「承知しました」
こうして、新薬の服用を中止するために、市販薬を確保する作戦が秘密裏で進められることになった。
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