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第一章

27. 次の一手

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 この日の午後、やはりアメデもオーレリーもずっと体調を悪そうにしていた。
 午前中は通信兵と一緒に、通信関係の作業を行っていたレオンスだが、二人のことが心配で午前の作業を早く終わらせた。そうして、二人のところへやってきてみれば、朝に見かけた以上に顔色が悪くなっていて、一緒に作業を進めていた支援班の兵士も見るに堪えないという様子だった。
 無論、レオンスもそんな二人のことを見ていられず、自分が代わりに作業を請け負うので、二人には自室へ戻るように言った。だが、二人は頑として頷かなかった。

「そうは言っても、帰るわけにはいかないよ……。レオンスばっかに負担をかけなくないし。ね、アメデ」
「そうそう。君だって、今は発情期で大変じゃない」

 たしかにレオンスは発情期の真っ最中であり、昨夜も一人で熱を発散させるのに苦労はした。しかし、今はこうして薬の副作用もなく作業を行えている。それよりは体調不良の二人のほうが優先だろう。
 そう説得をしてみるが、アメデもオーレリーも首を縦に振らない。

「それにもし僕たちが怠けるって見られたら、帝都の人たちがどうなるか……」

 そう呟いたのは、アメデだ。横にいるオーレリーも沈んだ表情を浮かべた。
 朝から続く雨はざあざあと音が煩い。けぶるように降り続き、何時間と飽きもせずに要塞を濡らし続けている。

「レオンスだって、わかるでしょ。僕たち、そういう風に見られたらダメなんだって」
「それは……」
「お願い、レオンス。せめて作業はさせて。無理はしないから。もちろんレオンスが手伝ってくれるのなら、それも嬉しい」

 オーレリーが儚げに微笑む。
 
 ああ……と、レオンスは天を仰いだ。
 二人とも、レオンスと考えは同じなのだ。

 徴兵され、兵役しているオメガ男性がに使えないとわかったら?
 その先に見えうる可能性はいくつかあれど、どれも好ましい道ではないとレオンスは考えている。それは、アメデもオーレリーも同じのようだ。

 たとえば、アルファやベータ女性の徴兵がされるとしたらどうか。
 現段階でも、元々軍にはアルファやベータの女性兵は存在する。数はあまり多くないが、彼女たちはいずれも自ら進んで軍人の道を選んだ人たちだ。男に負けぬよう肉体と精神を鍛えた彼女たちは、此度の戦でも戦地を駆けている。
 だが、そうではないアルファの女性は多い。アルファという性ゆえに、身体能力に優れた女性が多いが、女性であることには変わりない。そんな女性たちに徴兵を強いたくはない。
 レオンスはオメガといえど男だ。第一性、第二性による固定観念に振り回されているわけではないが、彼女たちを護りたいと思うのは、何もおかしなことではないはずだ。

 たとえば、第二の性に関係なく、オメガを含んだすべての女性に対して徴兵令が出されるとしたらどうか。こちらはきっと、もっとタチが悪い。
 オメガであっても男性ならば、まだこの緊迫感に耐えられるとレオンスは思う。けれど女性はどうだろうか。ましてオメガの女性ならば——。
 可憐な女性がむさ苦しく、緊迫感のある場所で争い事に向き合うことなど考えたくもない。彼女らは圧倒的に護られる者であるべきだ。
 現実には起こりえないとは思うが……現に、そう思われていたオメガ男性の徴兵がすでに起きている。可能性がゼロとは言えぬ薄ら寒さを昨今の帝国には感じている。

 ではたとえば、オメガ男性にもっと別の作業を課されるのはどうだろうか。
 オメガ男性も、アルファやベータと同じように前線で戦う。あるいは戦いはせずとも、戦いで高まった熱を処理する道具として赴かせられる。はたまた、戦いに理性を焼かれた敵兵への餌として使われるのはどうか。
 アルファを誘き寄せる餌、ベータの興奮をあおる餌として——オメガの発情期を巧みに使えば、アルファとベータで多くを構成している軍など一網打尽にできるだろう。それは人権の観点から国際条例で禁止されている行為だが、追い詰められた国がどんな選択をするか、わかったものではない。

 オメガ男性など戦時下の国から見たら、取るに足らない存在だ。
 近年で表面的な差別は無くなれど、オメガは被支配層であると考えている者は帝国内でも少なくない。だから、オメガのレオンスは戦わなければいけない。

 万が一の『たとえば』が実現しないように。
 兵役を課したオメガ男性たちが役に立てたと思われるように——。

「……わかった。じゃあ、俺たちがあっちから食糧が入った袋と箱を運んでくるから、アメデとオーレリーで分担して物資に附票を付けてくれ。荷物をまた運び出すときは俺かべランジェさんに声をかけること。自分たちでやろうとしないでくれ。——べランジェさん、その配分で構わないか?」
「ん? ああ、俺もそれで構わない。荷物はレオンスと俺で持ってこよう。この人数なら附票の整理と、配置替えをそれぞれで作業分担したほうが効率もよさそうだしな。いい提案だよ」

 三人のやりとりを口出しもせずに見守ってくれていた支援班の同僚に声をかける。レオンスがべランジェと呼んだ三十代半ばの兵士は、レオンスの提案に頷いて、なるべく動かないでできる負担の軽い作業をアメデとオーレリー、体を動かす作業をレオンスとべランジェで分けることに賛成してくれた。

 午後の作業は、届いた物資に管理用の附票を付けるのと、それに合わせて古いものは前に、新しいものは後ろへと配置を調整する作業なのだ。体調がそこまで問題なければ、小柄なオーレリーであっても食糧の入った袋や箱を一度棚から出して、新しい順から奥へ詰めていくのはそれほど難しい作業ではない。あまりにも重いもの——芋が大量に入った箱や、パンパンに麦が詰まった大袋など——は少し大変かもしれないが、べランジェもいるので手分けもできる。
 だが、二人の様子を見るに、その作業もしんどそうだったため、完全に作業を切り分けたのだ。

 オメガよりも体力体格ともに優れたベータのべランジェと言えど、一人でこれだけの量を出し入れするのは骨が折れる。元々は、べランジェとアメデとオーレリーの三人で行う予定だったところにレオンスが加わったことで、分担しやすくなった。
 二人に負荷の高い作業をさせずにいられそうなことに、ほっとしたレオンスは作業を開始した。

(せめて、二人の体調が良くなるといいんだけどな……)

 二人の体調は、軍から支給されている抑制剤による副作用が原因だ。薬の開発者ではないレオンスでも、それくらいはわかる。だが、義務付けられている以上、勝手に服用を止めるわけにはいかない。第一、勝手に止めたとしても代替品が手元にない。
 定期的に発情期がやってくるオメガにとって、発情抑制剤は手放せないものなのだ。
 オメガという性を手玉に取られているのは疑いようのない事実だが、だからといって上官はもちろんのこと、帝国軍の上層部に歯向かえるほどの力をレオンスは有していない。

(でも……本当に深刻な問題が起きる前に、相談したほうがいいのかもしれない。俺はさておき、このままじゃ、アメデとオーレリーが可哀想だ……)

 何か良い案を考えるべきだろう。
 レオンスは、軍のことなど何もわからない。けれど、どうにかしてあげたい。
 その想いだけが空回る。頭を捻ったところで「自分より上官に相談してみる」以外の案は思いつかず、他に名案が降って湧いてくるわけもなかった。結局のところ、今のレオンスにできることは二人を気遣い、作業を手伝って、彼らの負担を少しでも軽くすることくらい。それが何とも歯がゆかった。

 悶々とした気持ちを抱えながらも、四人で黙々と作業を進めていき、数時間。
 アメデとオーレリーは依然として体調は悪そうだが、それでも負荷の低い作業ですんでいるからか、だいぶ落ち着いて作業を進められているようだった。




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次話から第二章です。
引き続き、お楽しみいただると嬉しいです。

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