28 / 110
第一章
27. 次の一手
しおりを挟むこの日の午後、やはりアメデもオーレリーもずっと体調を悪そうにしていた。
午前中は通信兵と一緒に、通信関係の作業を行っていたレオンスだが、二人のことが心配で午前の作業を早く終わらせた。そうして、二人のところへやってきてみれば、朝に見かけた以上に顔色が悪くなっていて、一緒に作業を進めていた支援班の兵士も見るに堪えないという様子だった。
無論、レオンスもそんな二人のことを見ていられず、自分が代わりに作業を請け負うので、二人には自室へ戻るように言った。だが、二人は頑として頷かなかった。
「そうは言っても、帰るわけにはいかないよ……。レオンスばっかに負担をかけなくないし。ね、アメデ」
「そうそう。君だって、今は発情期で大変じゃない」
たしかにレオンスは発情期の真っ最中であり、昨夜も一人で熱を発散させるのに苦労はした。しかし、今はこうして薬の副作用もなく作業を行えている。それよりは体調不良の二人のほうが優先だろう。
そう説得をしてみるが、アメデもオーレリーも首を縦に振らない。
「それにもし僕たちが怠けるって見られたら、帝都の人たちがどうなるか……」
そう呟いたのは、アメデだ。横にいるオーレリーも沈んだ表情を浮かべた。
朝から続く雨はざあざあと音が煩い。烟るように降り続き、何時間と飽きもせずに要塞を濡らし続けている。
「レオンスだって、わかるでしょ。僕たち、そういう風に見られたらダメなんだって」
「それは……」
「お願い、レオンス。せめて作業はさせて。無理はしないから。もちろんレオンスが手伝ってくれるのなら、それも嬉しい」
オーレリーが儚げに微笑む。
ああ……と、レオンスは天を仰いだ。
二人とも、レオンスと考えは同じなのだ。
徴兵され、兵役しているオメガ男性が想定通りに使えないとわかったら?
その先に見えうる可能性はいくつかあれど、どれも好ましい道ではないとレオンスは考えている。それは、アメデもオーレリーも同じのようだ。
たとえば、アルファやベータ女性の徴兵がされるとしたらどうか。
現段階でも、元々軍にはアルファやベータの女性兵は存在する。数はあまり多くないが、彼女たちはいずれも自ら進んで軍人の道を選んだ人たちだ。男に負けぬよう肉体と精神を鍛えた彼女たちは、此度の戦でも戦地を駆けている。
だが、そうではないアルファの女性は多い。アルファという性ゆえに、身体能力に優れた女性が多いが、女性であることには変わりない。そんな女性たちに徴兵を強いたくはない。
レオンスはオメガといえど男だ。第一性、第二性による固定観念に振り回されているわけではないが、彼女たちを護りたいと思うのは、何もおかしなことではないはずだ。
たとえば、第二の性に関係なく、オメガを含んだすべての女性に対して徴兵令が出されるとしたらどうか。こちらはきっと、もっとタチが悪い。
オメガであっても男性ならば、まだこの緊迫感に耐えられるとレオンスは思う。けれど女性はどうだろうか。ましてオメガの女性ならば——。
可憐な女性がむさ苦しく、緊迫感のある場所で争い事に向き合うことなど考えたくもない。彼女らは圧倒的に護られる者であるべきだ。
現実には起こりえないとは思うが……現に、そう思われていたオメガ男性の徴兵がすでに起きている。可能性がゼロとは言えぬ薄ら寒さを昨今の帝国には感じている。
ではたとえば、オメガ男性にもっと別の作業を課されるのはどうだろうか。
オメガ男性も、アルファやベータと同じように前線で戦う。あるいは戦いはせずとも、戦いで高まった熱を処理する道具として赴かせられる。はたまた、戦いに理性を焼かれた敵兵への餌として使われるのはどうか。
アルファを誘き寄せる餌、ベータの興奮をあおる餌として——オメガの発情期を巧みに使えば、アルファとベータで多くを構成している軍など一網打尽にできるだろう。それは人権の観点から国際条例で禁止されている行為だが、追い詰められた国がどんな選択をするか、わかったものではない。
オメガ男性など戦時下の国から見たら、取るに足らない存在だ。
近年で表面的な差別は無くなれど、オメガは被支配層であると考えている者は帝国内でも少なくない。だから、オメガのレオンスは戦わなければいけない。
万が一の『たとえば』が実現しないように。
兵役を課したオメガ男性たちが役に立てたと思われるように——。
「……わかった。じゃあ、俺たちがあっちから食糧が入った袋と箱を運んでくるから、アメデとオーレリーで分担して物資に附票を付けてくれ。荷物をまた運び出すときは俺かべランジェさんに声をかけること。自分たちでやろうとしないでくれ。——べランジェさん、その配分で構わないか?」
「ん? ああ、俺もそれで構わない。荷物はレオンスと俺で持ってこよう。この人数なら附票の整理と、配置替えをそれぞれで作業分担したほうが効率もよさそうだしな。いい提案だよ」
三人のやりとりを口出しもせずに見守ってくれていた支援班の同僚に声をかける。レオンスがべランジェと呼んだ三十代半ばの兵士は、レオンスの提案に頷いて、なるべく動かないでできる負担の軽い作業をアメデとオーレリー、体を動かす作業をレオンスとべランジェで分けることに賛成してくれた。
午後の作業は、届いた物資に管理用の附票を付けるのと、それに合わせて古いものは前に、新しいものは後ろへと配置を調整する作業なのだ。体調がそこまで問題なければ、小柄なオーレリーであっても食糧の入った袋や箱を一度棚から出して、新しい順から奥へ詰めていくのはそれほど難しい作業ではない。あまりにも重いもの——芋が大量に入った箱や、パンパンに麦が詰まった大袋など——は少し大変かもしれないが、べランジェもいるので手分けもできる。
だが、二人の様子を見るに、その作業もしんどそうだったため、完全に作業を切り分けたのだ。
オメガよりも体力体格ともに優れたベータのべランジェと言えど、一人でこれだけの量を出し入れするのは骨が折れる。元々は、べランジェとアメデとオーレリーの三人で行う予定だったところにレオンスが加わったことで、分担しやすくなった。
二人に負荷の高い作業をさせずにいられそうなことに、ほっとしたレオンスは作業を開始した。
(せめて、二人の体調が良くなるといいんだけどな……)
二人の体調は、軍から支給されている抑制剤による副作用が原因だ。薬の開発者ではないレオンスでも、それくらいはわかる。だが、義務付けられている以上、勝手に服用を止めるわけにはいかない。第一、勝手に止めたとしても代替品が手元にない。
定期的に発情期がやってくるオメガにとって、発情抑制剤は手放せないものなのだ。
オメガという性を手玉に取られているのは疑いようのない事実だが、だからといって上官はもちろんのこと、帝国軍の上層部に歯向かえるほどの力をレオンスは有していない。
(でも……本当に深刻な問題が起きる前に、相談したほうがいいのかもしれない。俺はさておき、このままじゃ、アメデとオーレリーが可哀想だ……)
何か良い案を考えるべきだろう。
レオンスは、軍のことなど何もわからない。けれど、どうにかしてあげたい。
その想いだけが空回る。頭を捻ったところで「自分より上官に相談してみる」以外の案は思いつかず、他に名案が降って湧いてくるわけもなかった。結局のところ、今のレオンスにできることは二人を気遣い、作業を手伝って、彼らの負担を少しでも軽くすることくらい。それが何とも歯がゆかった。
悶々とした気持ちを抱えながらも、四人で黙々と作業を進めていき、数時間。
アメデとオーレリーは依然として体調は悪そうだが、それでも負荷の低い作業ですんでいるからか、だいぶ落ち着いて作業を進められているようだった。
--・--・--・--・--
次話から第二章です。
引き続き、お楽しみいただると嬉しいです。
1
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
運命なんて知らない[完結]
なかた
BL
Ω同士の双子のお話です。
双子という関係に悩みながら、それでも好きでいることを選んだ2人がどうなるか見届けて頂けると幸いです。
ずっと2人だった。
起きるところから寝るところまで、小学校から大学まで何をするのにも2人だった。好きなものや趣味は流石に同じではなかったけど、ずっと一緒にこれからも過ごしていくんだと当たり前のように思っていた。そう思い続けるほどに君の隣は心地よかったんだ。
溺愛オメガバース
暁 紅蓮
BL
Ωである呉羽皐月(クレハサツキ)とαである新垣翔(アラガキショウ)の運命の番の出会い物語。
高校1年入学式の時に運命の番である翔と目が合い、発情してしまう。それから番となり、αである翔はΩの皐月を溺愛していく。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
こじらせΩのふつうの婚活
深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。
彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。
しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。
裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる