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第一章
10. 年上の矜持
しおりを挟むレオンスは引き続き、ムカムカする吐き気と、午後から追加された頭痛と戦っていた。
ジャンとの相談が終わった後、レオンスはその足でオーレリーの部屋に立ち寄った。
オメガたちは、狭いながらもそれぞれ個室を与えられている。それは偏に体質に考慮したゆえだ。発情期に部屋にこもれるように。あるいは、相手と性交できるように。
部屋の場所も、地位の低い兵士が複数人で利用する大部屋——さすがに体が資本ではあるため一人一台ベッドは与えられている——とは離れたところに、オメガたちの個室はあった。そのためオーレリーに与えられている部屋はレオンスの個室からも、さして遠くない場所だ。
訪れたレオンスを迎え入れたオーレリーは、今のレオンス以上に酷い顔をしていた。
発情期前の、なんとも言えない倦怠感と熱っぽさはレオンスにも覚えがある。オーレリーはそれに加えて、今朝から息苦しさと目眩があると話した。息苦しさと目眩は、おそらく新しい抑制剤の副作用だろう。立っているどころか座っているのもしんどそうだったので、狭いベッドに横たわってもらいながら、レオンスは彼と話をした。
おそらく今日中には彼の恋人が戻ってくること。遅れてはいるものの数日中に発情期に入るだろうから、無理をしないでおくこと。任務は休み、体調を優先して構わないと班長から許可を貰ってきたこと。
何にも気にせず、ゆっくり休んでほしいと伝えると、オーレリーは申し訳ないと何度も口にした。
オーレリーの働きぶりを間近で見てきたレオンスは、彼は若いながらも責任感のある、しっかりした青年であることを知っている。彼が任務を休むことへの罪悪感を抱えていることを察するのは容易だった。
(俺も、オーレリーの立ち場だったら、つらいもんな)
オメガという性を持つ者はどうしたって、他の性よりも体調が芳しくないときがある。発情期に、それを抑制する薬に、そこから来る副作用……他の人と同じように生きるために、他の人にはない苦労をしなければならない。休まなければいけないことを踏まえても求められるよう、人一倍の努力をしなければならない。その努力をしても、体調が良くない日はやってくる。
だから、彼には思い詰めないでほしかった。オーレリーが休まなければならないのは、彼の努力が足りないわけではないのだから。
オメガと判明してから、たったの一日も調子が悪い日が来ない者などいない。もしかしたら、そういう稀有なオメガもいるかもしれないが、少なくともレオンスは出会ったことがない。それはわかっていても、どうにもならない体を嘆くことしかできないオーレリーの気持ちを思うと、やはり胸が塞いだ。
誰しもが、健やかに過ごしたいのだ。ただ単に健康であるだけでなく、自分のやりたいことをやって、仕事をして、その働きで誰かの役に立ちたいのだ。
八つ年下の健気な同志を、レオンスは優しく慰めた。そして、彼が落ち着いたところで、残っている作業をするために貯蔵庫に戻って来たのだ。
「アメデ、そっちの確認は終わったか?」
「これで……よし。うん、ちょうど最後の確認が終わったところ。レオンスは?」
「俺の分は、もうちょっと残ってる」
貯蔵庫の備品確認は、三日にわたっての実施日程を組まれていた。
総確認数のうち三分の一は昨日作業を終え、三分の一は今日終えるつもりでいた。そして、最後の残り三分の一は明日行う予定だ。
このファレーズヴェルト要塞には現在、第六から第九までの計四部隊が詰めている。その四部隊の各支援班が、手分けして要塞にある各貯蔵庫——大小合わせて十二ヶ所ある——の在庫を確認し、今月の支出を計算し、来月の必要想定を見越し、不足分を発注する任務をレオンスたちは対応していた。明日までに確認作業を終わらせないと、この後に支出と発注分の計算を対応する者に迷惑をかけてしまうのだ。
今日はオーレリーが不在となったので、彼の部屋から戻って来たレオンスはアメデにもジャンとの相談結果を共有した。そして、オーレリーが請け負う予定だった箇所を二人で分担することにした。本当はレオンス一人でオーレリーの分も行うつもりだったが「それはダメ」とアメデに言われたのだ。
「じゃあ残りの分は僕も手伝うよ」
「いや、いいよ。もう遅いし、アメデも疲れただろ。帰って休んで」
今日の残作業を手伝うというアメデの申し出を、レオンスはやんわり断った。
作業分担を割り振ったのはレオンスだったが、実はアメデになるべく負担の少ない箇所を担当してもらうようにしたのだ。オーレリーの分を肩代わりをするとジャンに申し出たのは自分なので、アメデの負担を極力少なくしたい。それがレオンスの考えだった。ただ、それを素直に言うとアメデに変に気を遣わせてしまう。だから、彼には気づかれないように、何気ない雰囲気で割り振りをした。
なんか企んでない? と言うアメデを宥めて、帰るように伝える。
時刻は午後七時。レオンスたちの勤務時間は、早番遅番はなく、夜勤もなく、午前九時から午後五時まで。つまり、二時間も多く手伝ってもらったことになる。いつもなら夕食を食べている時間だ。アメデには遅くまで付き合ってもらってしまった。しっかり休んでもらいたい。
「でも……」
「平気平気。残ってるのもそんなに多くないし。俺もほとほどで切り上げるつもりだから。あ、それよりも夕食を食いっぱぐれるぞ。それでさ、もしよかったら俺の分を部屋に運んでおいてもらえないか?」
レオンスが「食いっぱぐれる」と冗談を言うと、アメデはふふっと肩を揺らして笑った。
夕食に限らずだが、この要塞で食事を食べ損なうことは、まずない。レオンスたちはオメガということもあって定時での就業と定められているが——そのほうが管理側が何かと対応しやすいのもあるのだろう——アルファやベータの士官や兵士たちは、夜に活動する者もいるし、十二時間交代なんていうところもある。そのため、食事が用意されている食堂には、第六部隊と第八部隊の支援班が交代で食事当番をしており、ほぼ二十四時間食事を提供できるように詰めている。
食事は食堂でとることができるほか、任務都合や、傷病兵などのために任意の場所へ持っていって食べることもできた。使った食器をきちんと返却することが前提ではあったが。
「じゃあ、お言葉に甘えて。食事も用意しておくよ。でもレオンス、あんまり無理しないでね」
そう言うアメデに「わかった」と返事をすると、彼はポンとレオンスの肩を叩いて去っていった。
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