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第一章
09. 理解者
しおりを挟む「オーレリーなんですが、発情期が遅れていることも相まって、体調が良くないようです。抑制剤は服用していますが、新薬の服用を始めてから最初の発情期なんで、どこまで効くかもわからないですし。できれば、体調が落ち着くまで休ませたいんですが、どうでしょうか?」
配属されてすぐ、レオンスとアメデとオーレリーは、不測の事態や不都合、こういった些細な問題などが起きたとき、所属する班の班長と隊長および副隊長に対しては、自分たちのことを理解してもらえるようになるべく情報を隠さずに伝えようと互いに決めていた。
差別は薄れ、社会進出するオメガが増えた昨今ではあったが、オメガの特性上、どうしても迷惑をかけることがあるのは否めない。理解を得られるように、ある程度の言葉を尽くすのは大切なことだとレオンスは考えている。
そして、その考えにアメデもオーレリーも同意を示した。二人ともまだ若いが、徴兵される前はそれぞれ一般的な仕事に就いていたそうなので、アルファやベータに混じって自分たちが働く大変さは身に染みていたのだ。
「なるほど……それは気の毒だな。シモン隊長からも、君たちのことは気にかけるように言われてる。落ち着くまでは無理をしないようオーレリーにも言ってくれ」
「ありがとうございます」
「レオンス。その、教えてほしいんだが、オメガの発情期が遅れることは、よくあるのか?」
訊きづらそうにジャンが言った。
オメガの特性については、子供の頃に学校や親から習うので、全国民が一定の知識を持っている。だが、やはり当事者でないと理解は及びづらいのだろう。オメガ性を持つレオンスが、アルファやベータについて、本当に理解しきれているかと訊かれて胸を張れないのと同じように。
支援班のジャンは、三人のオメガが配属された班の長ということもあってか、こうやって事あるごとにレオンスたちに歩み寄ってくれようとしてくれていた。好奇心ではなく、同じ人間、同じ班の仲間として。
「……そうですね。人によりますが、過度なストレスや環境変化で周期が乱れることはあります。オーレリーは若いですし、パートナーのアドルフも騎馬班の兵なので、色々精神面で負担になっていることはあるかと」
「そうか……。発情期が来たらアドルフをこちらへ戻すつもりではあったが、今夜にでも彼のもとへ向かうように騎馬班に連絡をいれよう。シモン隊長には俺から説明しておく」
「助かります。騎馬班にもご迷惑をかけてしまって、すみません」
オーレリーの恋人であるアドルフ・ロートレックは騎馬班に所属するアルファの青年だ。六つ年上のオーレリーの恋人は、馬に跨り、戦地を駆けている。死と隣り合わせの恋人の存在は、この要塞に来て、戦況を今まで以上に身近に理解できてしまうようになったオーレリーの心に暗い影を落としていた。
その恋人のために、ジャンはアドルフを呼び戻すと言っていた。
本当に厳しい戦況であれば、いくらパートナーの発情期であっても、騎馬班の彼を呼び戻すのはおそらく難しい。その場合、オーレリーは発情期が終わるまで個室にこもって熱に耐え、期間が終わるのを待つだけだ。アドルフが戻ってこれるのなら、オーレリーの心も少しは晴れるかもしれない。
「レオンスが謝ることじゃないさ。もちろん、オーレリーも。君たちも俺たちも、それぞれ国から命を受けて、ここにいるんだ。騎馬班のやつらも、そのくらいわかってる」
レオンスたちは、第九部隊の面々からおおむね歓迎を受けている。支援班との関係も良好だ。それについては、レオンスもアメデもオーレリーも、きちんと一人前の働きをしようと努力し、実際にこなしているからでもある。『役に立たないオメガ』の烙印を押されないように、レオンスたちはこの一ヶ月頑張ってきた。
そういった努力の結果もあって、他の班からの評判も悪いものではない。特に、支援班から別班へ配置転換された兵が所属する班からは人手不足や戦力補充に繋がったとしてレオンスたちの配属を喜んでくれる者もいた。配属される前にひと悶着あったらしいことは風の噂で聞いているが、レオンスたちの努力が実を結んでいると言ってもいいだろう。
「そう、ですね。すみません、色々配慮してもらって。俺たちは前線には出られないですけど、その分、後方で役に立てるよう頑張ります」
今日のオーレリーのように、任務を休まざるをえない状況は、三人が第九部隊に配属されて初めてのことだ。
自分たちの体質をどうすることもできない。
様々なメリット、デメリットを鑑みたうえで、国はオメガの男性を徴兵し、兵役を課した。ただそれだけだ。
——戦争なんてクソくらえだ。
けれど、それでも、レオンスたちはここにいる。ここで力を尽くさなければならない。
「にしても、オメガを徴兵するなんてな……」
ふと漏れ出たジャンの言葉は、揶揄でも侮蔑でもなく、同情の色がのっていた。
それに対してレオンスは、曖昧な表情で微笑むしかできない。肯定も否定も、当の本人であるレオンスが言えることは何もないし、ジャンだって徴兵令を出した国の重鎮でもなければ、戦争を仕掛けた皇帝でもない。
ここで、国のトップを否定するようにも聞こえかねない言葉に対して、立場の弱いレオンスが返せる答えは何一つとしてなかった。
ジャンもまた「今のは聞かなかったことに」という目線を送ってきたので、それにだけレオンスは頷いた。
「さて、と。それじゃあオーレリーが抜けた分は——」
「それなら、俺がやっておきます。アメデもいますし、今日明日は貯蔵庫の確認以外は作業がないので、予定より少し多く時間をいただければ彼の分をやる時間もとれます」
ジャンの独り言に、レオンスはすかさず言葉を挟んだ。
通信室に来るまでの間、レオンスは自分がオーレリーの分まで作業をするつもりでジャンに話をしようと決めていた。いや、朝食を食べ終わった時点ですでに、今日は遅い時間までかかりそうなことを覚悟していた。だから、朝食後すぐに貯蔵庫に向かったのだ。
「そうか。であればレオンス、申し訳ないけど頼めるか。ちょうど他のところも作業が押しててな。そっちにまで手を回せそうにないんだ」
「構いません。お任せください」
「悪いな。あまり予定時刻を過ぎるようだったら、また相談しに来てくれ」
思いやりある班長の言葉に頷いて、レオンスは通信室前をあとにした。
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