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第一章
05. 新薬
しおりを挟む「よろしく、レオンス。やや踏み込んだ話をするが構わないか?」
「ええ、どうぞ」
パートナーあるいは配偶者はいないと自ら伝えたレオンスだが、おそらくその件についてだろうな、と予想しつつ首肯する。レオンスが伝えなくともプロフィールには載っているだろうし、シモンのほうから質問しやすいように先ほど、わざとそう伝えたのだから。
「今回のオメガ男性の兵役にあたっては、発情期に対する処遇をきちんとするよう国から厳命を受けている。抑制剤があるとはいえ、望まぬ処置は互いのためにならないからな。それゆえ、番や特定のパートナーがいる者については、その者がいる部隊へ配属となった。そして、フリーの者については、隊内のフリーの者をオメガから希望することができる」
ああ、やっぱりその話なんだな、とレオンスは内心で嘆息する。
シモンの言うように、此度のオメガ兵役にあたって、オメガの待遇——有り体に言えば『管理』だとレオンスは思っているが——について、オメガから見れば書面上は最大限配慮してもらっている形だ。
まず、恋人や配偶者がいるが相手が徴兵されていないオメガ——相手が女性か特別階級の者、あるいは徴兵できない理由がある者だ——は戦地以外での配属となった。徴兵自体はされてはいるが、決まった相手のいる帝都や疎開先等で、人々への配給や世話を行っている部隊への配属となり、発情期が来ても対応しやすい場所で任務を行っている。
次に、すでに兵として戦地にいる者や軍人をパートナーとしているオメガは、よほどの理由がない限りは同部隊への配属となった。ここでいうよほどの理由とは、オメガが一人として足を踏み入れられないような激戦区にいる者をパートナーにしている場合だ。そういう人については、オメガだろうとベータだろうと、国からは協力金が渡され、疎開先での暮らしが約束されている。——要は、生きて帰って来るかもわからぬ者の家族として扱われているわけだ。
レオンスはこれについて「体のいい人質だな」と思っている。激戦区で戦うアルファなりベータなりに「あなたの大切な人は国が護っているので、精一杯戦ってきなさい」というわけだ。それに心の底から納得している人などいないだろうが。
とまあ、いずれにしても、特定の相手がいるオメガの配属については、仕組みとしては配慮がされていた。発情期が来ても見境なく、望まぬ相手と行為をしなくて済むように。
そしてレオンスのように、相手がいないオメガについてだが……発情期に熱を発散する必要がある場合、恋人や配偶者がいないフリーの相手であれば好きに希望してよい、というルールが設けられた。さらに言えば、希望されたアルファないしベータに拒否権はないという条件もご丁寧に添えられている。
(そうはいっても、アルファだろうがベータだろうが、双方の合意なしにやりたいやつなんていないと思うけど。オメガだからって誰でも言い訳じゃねーっつーの)
ルールは一見、オメガへ最大限の配慮をしているかのように見えるが、飾らずに言えば「現地で上手く処理してね。文句は言えないようにしておくから」である。いや、もっと穿った見方であれば「穴は送ったから上手く使え」かもしれない。国が差別を禁じているため表立って言えないだけで。
なんにせよ、レオンスが考えるように実際のところは「僕はこの人がいいです」と言ったところで、相手にも多少なりともその意思がなければ、ただ熱を処理する行為を虚しく終えるだけだ。希望する側にしても、された側にしても。
この『配慮』に対して諸手を挙げて喜んでいるオメガなどいないだろう、とレオンスは思う。相手構わずの好き者であれば違うだろうが、生憎とレオンスは好意を抱かぬ相手と肌を合わす気にはなれない。発情期がどんなにきつかろうとも、だ。
「ブラッスール少佐、ご厚意痛み入ります。ですが、先ほど言ったとおり、気遣いは無用です。強めの抑制剤を服用しているため、発情期が来たとしても、十分に一人で対応できますので」
「そうか? たしかに抑制剤を義務付けている旨は聞いているが……」
片眉を上げてみせるシモンに、レオンスは、おや? と首を傾げた。
もしや今回オメガに支給されている抑制剤について、詳しいことまで通達されてないのだろうか。国なり軍なりのお偉い方にはしっかりしてもらいたいと思いつつ、レオンスは補足したほうが良さそうだと口を開いた。
「あー……えーっと、少佐の仰るとおり、俺たち……じゃなくて、私たちオメガには抑制剤の服用が義務付けられています。ただし、市販のものではなく、より効果の高い抑制剤が無償で支給されていますので、そちらを。私たちは番の有無を問わず、その抑制剤を毎日服用しながら兵役することが課されました。かなり抑制が効くものですので、発情期が来てもある程度、熱を抑えられそうです。個人差はあるようですが、私にはかなり効きが良いようです。ですので、発情期であっても日中の任務に支障はありません」
口を開いたはいいものの、そういえば相手は上官——つまり自分の上司なのだなと思い出し、なんとか言葉を取り繕いながら説明した。ベータの兵士にも失礼のないようにと言われていたので、なるべく丁寧な言葉遣いを心がけて話す。
徴兵される前、レオンスは知人の商会で事務方の仕事をしていた。知人の補佐も兼ねて人前に出ることもあったので言葉遣いは社会に出て働く大人として必要な分は身につけている。軍での決まりは把握しかねてる部分があるが、徴兵されたての身だ。目くじらを立てられるような言葉遣いにはなっていない、はずである。
そんなことを考えながら、レオンスはなるべく端的に説明した。支給されている抑制剤は市販されていない効果の強いものであることと、それを服用することを義務付けられていること。あとは、その抑制剤の効き目は個人差はあるもののレオンスには覿面であり、任務に支障がないこと。
このくらいを伝えれば、あとは勝手に理解してくれるだろう。そもそも、抑制剤に関してこれ以上の知識をレオンスは持ち合わせていない。
「……なるほど、研究が進められていた新薬か」
「詳しくは存じていませんが、おそらくそれかと」
研究だかなんだかは、レオンスの与り知らぬことだ。少佐という地位のシモンがそういうのであれば、おそらくそうなのだろう。
どちらかと言えば、レオンスが気にしなければいけないのは、強い効果のある抑制剤がどうやって開発されたかではなく、その効き目がしっかり発揮されているのかを目の前の上官に伝えることのようだった。
シモンはなお、怪訝な様子で考え込んでいる。レオンスの発言を疑っているのが半分、パートナーのいない発情期のオメガを本当に放置していいものか判断しかねているのが半分だろう。
(下手に誰かをあてがわれても嫌だしな……ちゃんと理解してもらっておいたほうがいいか)
そう考えて、レオンスはシモンに問いかけた。
「失礼ながら、ブラッスール少佐はアルファですよね? 近くに寄っても構いませんか。実際に体感していただいたほうが早いと思いますので」
「ん? ……ああ、であれば私がそっちへ行こう。それから私のことは階級ではなく『隊長』でいい。階級名は堅苦しすぎるからな。他の者にもそう呼ばせている。それに敬語も大仰でなくていい。君たちは元々は軍人ではないし、これから長い時間を共に過ごす仲間だ。ファーストネームで構わない」
ああ、だからベータの彼らも『シモン隊長』と呼び、アルファの隊長も自分たちをファーストネームで呼んだのか、とレオンスは妙に納得をした。
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