【完結】燃えゆく大地を高潔な君と~オメガの兵士は上官アルファと共に往く~

秋良

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第一章

03. 決定事項

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「改めてになるが、此度の決定について、彼らオメガをそのような目的で派兵するわけではないことは、書面に記されている」
「ではいったい、どういった配属理由なんですか?」

 そう訊ねてきたのは「隊長だって困りますよね」と述べていた、整備班の班長アンリ・ミュッセだった。
 今、このファレーズヴェルト要塞に詰めているのはブランノヴァ帝国軍東方師団に属する第六から第九までの四つの部隊である。そしてシモンはそのうちの一つ、第九部隊の隊長であり、こうして要塞の会議室に己の部下たちを呼んだのもシモンであった。
 
 会議室には、第九部隊の隊長である自分と、副隊長のエジット・セリュジエ、そして第九部隊所属の各班班長たち、あわせて九人が集まっている。その半分の五人がアルファであり、残り半分の四人がベータだ。
 先ほど問いを投げたアンリはアルファであり、投げかけられたシモンもアルファである。アルファはこの二人のほか、副隊長のエジットと騎馬班班長のロランド・ラブリエ、そして衛生班班長のジェルヴェ・プルーストだ。

 シモンは、アルファという性を体現するように立派な体躯をしている。
 百九十六センチという長身を、階級章がついた黒い軍服に包んでいる。その下には、はち切れんばかりの筋肉を備えた体があるが、服を脱がずとも鍛え抜いた肉体を持つ偉丈夫であることは誰が見ても明らかだ。
 髪は、漆黒の闇を思わせるような艶やかな黒で、前髪は額の中央で分け、側部は短く刈り上げられている。眼光鋭い瞳は濃い緑。すっと整った鼻筋と、思慮深そうな唇があるべきところに収まった美貌の軍人である。年は三十四になる。

「僭越ながらシモン隊長。各隊の戦力に、ということであればなおのこと、オメガの配属は完全に悪手ではないですか。隊長の仰るとおり、そもそもオメガは護られるべき存在です。そんな彼らが戦地になど……」

 アンリの質問に続けるようにして疑問を呈したのは、ジェルヴェだ。
 先のアンリにしても、ジェルヴェにしても、そして厳しい表情を浮かべているシモンの横に立つ副隊長のエジットにしても、ほぼすべてのアルファがそうであるように見目の良い容姿をしていた。

 ジェルヴェが言うのにも、一理ある。
 オメガは、その素質ゆえか体格の良い者は珍しい。男性であっても小柄か、平均身長はあっても細身の男性がほとんどだ。筋肉も付きにくい体質の者ばかりで、軍人のような筋骨隆々の者は稀だろう。
 実際、この第九部隊に配属される三名も、通達書面に添付されていたプロフィールを見る限り、とてもではないが前線に置けるような体格ではないことはシモンもわかっていた。
 『護られるべき存在』というのは決して大仰な表現ではなく、他の女子供と同様に、いくら男性であっても——自ら志願していない限り——オメガ性を持つ者を戦う者と認識するのは些か難しかった。今まで歴史上あった他国との戦争でも、オメガは徴兵されなかった。それでも此度、国は令を下したのだ。

 ——男性のオメガを戦地へ、と。

「第九部隊では、彼らを支援班に所属させる」

 アンリやジェルヴェの心のうちに同意する代わりに、シモンはオメガ三名の配属先を答えた。

「任務については十分配慮をしてほしい。国からそういう忠告はないが、なにせオメガだ。できることなら、彼らの力を借りるのは最低限にしてやってくれ。代わりに支援班から三人が歩兵班、斥候班、弓兵班へと回る。いずれも良き戦力となるだろう。各異動兵に対しては各人への通達後、それぞれの班長から適宜任務を指示してくれ。そしてオメガの新兵についてはジャン、頼むぞ」
「もちろんです、隊長」

 配属先として指令にあった支援班班長ジャン・モルタンに、シモンは命を下した。あらかじめ段取りは済ませてあったため、彼は一も二もなく返事をする。
 一週間後、第九部隊に配属されるオメガ三名はジャンのもと、ベータのみが所属する支援班で、物資の管理や通信兵の補助をする予定だ。つまりオメガの配属先は、命のやり取りが余儀なくされる前線に立つような戦闘行為を担う班ではなく、裏方の支援行動を行う班である。そしてオメガ兵を補充した分、支援班に配属されていたベータ三名を他の班へと回す。そういった指令内容も、上層部から通達された書面には書いてあった。
 要は、後方支援にオメガを回した分、アルファやベータをより戦力が求められる場所へ、という手筈である。

「支援班ですか。……それが、せめてもの救いだと思うしかありませんね」
「とはいえ、オメガのやつら、気の毒だな……」

 オメガの配属先が支援班とあり、ほんの僅かだけ胸を撫で下ろしたアンリに、心配や不満の声を上げていたほかの班長たちもため息をつく。

「ああ、そうだな……。ついにオメガまで駆り出すなんてな」

 シモンの呟きに、集まっていた面々は顔を暗くさせた。

 祖国が戦火に飲まれる前より軍人だった、ここにいる面々はまだいい。元より命を賭す覚悟をとうに済ませた者たちだ。遅かれ早かれ、この戦争が始まった時点で戦地に来ることはわかっていたし、ある程度の納得もしている。軍人とはそういうものだ。
 しかし、徴兵された者たちは違う。まして今まで徴兵対象でなかったオメガであれば、なおのことだろう。猫の手ならぬオメガの手を借りてでも、国は勝利を掴み取りたいという底の見えぬ無謀な野望に、シモンは心のうちだけで盛大なため息をついた。

 戦火は止まない。この戦いが終結するまでは。
 はるか果てにある勝利は、到底掴めそうもないというのに——。


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