【完結】燃えゆく大地を高潔な君と~オメガの兵士は上官アルファと共に往く~

秋良

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第一章

02. 指令

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 シモン・ブラッスールはその日、国からの通達が書かれた書面を睨みつけていた。
 書面には、こう書かれている。

 ——新兵配属の通達。
 ブランノヴァ帝国は此度の戦いにおいて、新戦力としてオメガの男性を徴兵し、兵役を課すことを決定した。
 配属は、四月一日午前八時。全部隊に当該オメガ兵が配属される。各部隊長は新兵を迎える準備されたし。

 そういった主旨がつらつらと、有無を言わさない指令として綴られていた。

「一週間後の四月一日午前八時、三名の新兵が我が第九部隊に配属される。彼らは全員オメガ。うち二名は、我が隊にパートナーがいる者だ」

 三月二十四日、午後六時。
 受け取った通達内容に渋面を作りながらも、シモンは努めて冷静に装い、部下たちへ通達事項を述べていた。
 要塞の会議室に集めた部下たちは、シモンからの通達に驚きを隠せない様子で、目を丸くしたり、驚愕の声をあげたりする。そして、各人の動揺はあっという間に広がり、今しがたシモンから「オメガが配属される」という通達に対して口々に考えを述べ始めた。

「ここは戦場だぞ。オメガをどう使えってんだ。慰み者としての派兵か?」
「そうだとしても、発情期ヒートが来たら面倒だろうが。その間、その相手と天幕にこもらせとけとでも言うのか? ここは戦場だぞ」
「なんのための徴兵なんだ。手間がかかるやつが増えるだけじゃないか」
「ベータはともかく、第九部隊うちにはアルファもいるんですよ。隊長だって困りますよね?」

 次々とあがる声に、シモンは眉間に皴を寄せた。

 一番最初に不満の声をあげたのは、斥候班の班長ボドワン・デュカスだ。
 斥候としての腕はたしかな男だが、軽薄な発言が些か目立つ人物である。ボドワンに感化されるように、騎馬班、歩兵班、整備班の班長も発言を重ねる。言葉は発しないものの、同席している弓兵班、衛生班の班長も困惑した表情を浮かべていた。
 唯一、先んじて話をしていた支援班の班長ジャン・モンタンのみ、神妙な面持ちで話を聞いている。

「口を慎め、諸君。オメガに対して、その手の発言は侮辱にあたる。そして侮辱行為は国際的にも禁じられている」

 思い思いの発言をしていた班長たちを一瞥したうえで、シモンはボドワンが『慰み者』という単語を使ったことに嫌悪感を示しつつ、高潔な態度で一喝した。それにより、自分たちの失言に気づいた彼らはハッとし、気まずそうに目を伏せる。

 この世には、男女のほかに第二の性が存在する。第二の性には、アルファ、ベータ、オメガの三つが存在し、男女関係なく第二の性によって個々の人生が決まると言っても過言ではないほど、人々に大きく影響を与える性だ。
 人口の大半を占めるベータと異なり、アルファとオメガは希少な性である。

 アルファは、生まれつき頭脳も身体も優れた素質や能力を持つ、いわゆるエリートだ。政治や軍の中枢、各商会を取り仕切る者たち——そういった支配層はほぼ全員がアルファと言ってもいい。何をやっても一流。アルファに生まれれば勝ち組。『持てる者』への憧憬、羨望……そういうものを一身に集めるのが人口の二割ほどに生まれるアルファたちなのだ。
 そんなエリートのアルファに憧れながらも、平均的な素質であるのが大多数のベータだ。彼らに関していえば素質としては凡庸だが、努力次第で有能な人物になれるし、怠惰に暮らせば平凡から落ちていく。なんにせよ、七割の人間はベータとして生きていくし、アルファにはなれずともオメガよりははるかに生きやすい。多くのベータは、そうやって第二の性に大きく振り回されることはなく生きていく。
 一番希少とされるオメガは、三つの性の中では一番酷な運命を背負っていると言えよう。それは彼らが持つ、特有の体質にある。オメガは男女に関係なく、子を成すことができる。そしてそれゆえか、彼らには『ヒート』と呼ばれる発情期が存在する。発情期を迎えると己の情欲を律するのは難しく、フェロモンを撒き散らし周囲のアルファやベータを誘惑する。だから、発情期中の彼らは普通の生活すらままならない。そうやって第二の性に翻弄される、哀れなオメガ——それが大多数から見た彼らの印象だ。

 かつて、オメガは忌避される存在であった。
 発情期に己の意思と関係なく分泌されるフェロモンが、ところ構わずアルファやベータを誘惑するので、卑しい性という烙印を押されていた。もしこれが——発情期はさておき——アルファのように頭脳や身体的特徴が優れている素質を持つ性であれば違ったかもしれない。けれど、そういう特性はなかった。
 かといって、オメガがとりわけ劣っているわけではない。努力して知識に長けたオメガもいるし、優秀な功績を修めたオメガも存在する。身体的には男女ともに華奢で小柄な者が多いが、彼らの能力は決してベータに劣っているわけではない。アルファに叶わずとも、人として生きるのに不足はない。
 それでも昔、オメガに対して差別意識があったのは、このブランノヴァ帝国も含めて世界における負の歴史と言っていい。

「高潔なブランノヴァ帝国軍の者が、かような発言をしてはならない」
「はっ! 失礼いたしました、シモン隊長」

 各々、己の行いを戒めるように、と言うと素直な態度で反省の色を示した。
 彼らも決して悪気はないのだろう。ただ、それ以上に『オメガの徴兵』という衝撃的な指令に動揺したに過ぎない。それは、最初に書面を受け取ったシモン自身がそうだったから、気持ち自体はわからないでもない。

 しかし、シモンの言うとおり、今やオメガへの差別的行為は前時代的なものになった。彼らへの差別は薄れ、国も差別を無くすために施策を行うようになって久しい。
 それは『オメガもまた人である』という考えは無論のこと、技術の進歩によるところも大きい。発情期にもたらされる過剰なフェロモン分泌や情欲の高まりは、発情抑制剤でコントロールできるようになり、オメガが社会に出て働くことも可能になったことが差別的対応の撤廃を後押しした。昔はオメガには春を売ることしか職を与えられなかった世も、今ではアルファやベータに混じって、ごく普通の、ありふれた仕事に就くオメガがたくさんいる。

 だが、それは平時であればだ。
 戦地という緊迫した場所で、果たしてオメガは役に立てるのか。それは差別でなく、単純な疑問として多くの者が浮かぶところだ。

「ブランノヴァを勝利に導くため、オメガにも徴兵令が下った。これがどういうことか、諸君には今一度考えてもらいたい」

 現在、ブランノヴァ帝国は、隣国であるベルプレイヤード皇国と戦争状態にある。
 戦況はブランノヴァの劣勢。半年ほど前に開戦したこの戦いは、建国以来緩やかに、されど澱みなく領土の拡大を続けるベルプレイヤードからの平和的解決として同盟の申し出をブランノヴァが蹴ったところに起因している。

 ブランノヴァ帝国は、一代前の皇帝が成した中規模の国で、ゾネグルント大陸の北西に位置している。時の皇帝エティエンヌが周囲の小国を侵攻し、服属させることで今の大きさまで拡大させた、大陸の中では新しい国である。十年ほど前、病に倒れたエティエンヌ亡き今、皇帝の名は実子であるアリスティドが継いでいる。
 一方で、ベルプレイヤード皇国は、古き時代から大陸の長のように鎮座する大国だ。歴代の皇王が広い領土を統べ、何百年という時を亘ってきた強国。同盟や連合、あるいは元首に連なる者同士の婚姻などによって平和的に、着実に領土を広げるゾネグルント大陸の獅子だ。

 そのベルプレイヤードが、他の国への交渉と同様にしてブランノヴァに同盟を持ち掛けてきたのは、これまでの歴史を鑑みれば、そう突飛なことではない。技術革新目まぐるしい昨今、海を隔てた先の別大陸からの侵略に備えるためにもゾネグルント大陸諸国は一つとなるべき、というのがベルプレイヤードが掲げる正義である。
 実際に、その正義に反発する国は少なく、ゾネグルント大陸の八割強の国はベルプレイヤードの吸収されたか、同盟あるいは連合として名を連ねた。つまり、ベルプレイヤードは今や連合皇国である。
 ブランノヴァにも、そのが来たわけだが、帝国の現皇帝アリスティドが一蹴したのだ。

 さらにそこで「はいそうですか」と収まらなかったのがブランノヴァの国運の分かれ目だったろう。
 前皇帝エティエンヌと違い、アリスティドはさして賢い元首ではなかった。軍事力からして、開戦前から劣勢なのは目に見えていたのにも関わらず、皇国に対して宣戦布告をしたブランノヴァは、今や帝都と疎開先を除いて戦地と化した。賢く強剛でカリスマ性を備えていた前皇帝が成した平和で強固な祖国という夢を、いつしか『大陸覇者』という強欲な夢に変質させた現皇帝の手によって、地は今もなお、燃えている。

 そして、劣勢のブランノヴァは、アルファとベータの男性に限っていた徴兵をついに、オメガの男性にも伸ばした。それだけ国は……皇帝は『勝利』という二文字を獲得するために躍起になっている。民の命が赤く燃える地で果てようとも、この戦火は止まらない。

 国は閉鎖され、亡命は許されない。徴兵を拒否することも叶わない。
 戦うほかないのだ。
 祖国のためではなく、家族のため、大切な者のため。——自らの命のために。

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