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65. 空は晴れている
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「あやー、朝だよ」
ゆさゆさと優しく揺さぶられ、綾春はふわりと瞼を上げた。
水面から浮上するように意識を覚醒させると、目の前に愛しい男の顔があり、綾春は朝を迎えたことを理解する。
「ん……おはよ……」
「おはよう」
のそりと体を起こす。ベッドサイドに置かれたデジタル時計は、午前八時過ぎを表示していた。
「……俺、またスペース入ったまま、また寝てた?」
「うん。可愛かった」
寝ぼけ眼の目を擦りながら問えば、つむじに唇を寄せながら蓮哉が答える。
綾春は、蓮哉とのプレイでたびたびサブスペースに入る。最初は六本木で映画を観た日の夜——初めて肌を重ね合わせてしまったときだ。
Subと診断されてから、ずっとサブスペースに入ることなんてなかったのに、蓮哉とたった一回情を交わしただけでサブスペースに入ったときは驚いた。今思えば、もうあのときには蓮哉に心を預けてしまっていたのかもしれない。
それから、紆余曲折を経て恋人になって。毎週のようにプレイとセックスをしているけれど、昨夜のように気持ちを全部曝け出して、二つの熱がぐちゃぐちゃになって一つに混じっていくみたいなときは、容易くサブスペースに入ってしまう。
どんなに深く入っても蓮哉が手綱をしっかり握ってくれるから、綾春は気持ちの良い空間を自由に揺蕩うようにただただ揺さぶられて、多幸感に包まれているだけで、いつの間にか朝が来る。
サブスペースに入ると記憶は朧げだ。幸せだったことは憶えているけれど、詳細は曖昧。でも、それが幸せの形なのだと思う。
「まだ眠いか?」
「んーん、平気。起きるよ」
「じゃ、あっちで待ってる」
昨夜の綾春の記憶は、体を繋げたあたりからふわふわとしている。
プレイとセックスがいつ終わったのかはわからないけど、今はワッフル生地の清潔なパジャマを着て、体もさっぱりしている。いつものように蓮哉が世話をしてくれたらしい。
パジャマからは、ほんのり蓮哉の匂いがするので、情事が済んだあとも抱き合って寝ていたのだろう。そんな些細なことに、また幸せを感じた。
肌触りの良いもこもこのルームスリッパを履いて、やや腰のあたりが重いことにも幸せを噛み締めながら、ベッドルームを出る。
ダイニングへ行くと、テーブルの上にはすでに朝食がセットされていた。オムレツに厚めのベーコン、手作りのソーセージ。フレッシュなグリーンサラダとフルーツに、中央に置かれたバスケットには数種類パンが並んでいる。贅沢なホテル朝食そのものだった。
朝食付きのプランで予約して、昨夜のルームサービスをサーブされたときに部屋へ運んでもらう時間は伝え済みだった。それをスタッフが運んできてくれたのだろう。
「蓮哉さん、朝ごはんの対応してくれたんだ。ありがとう。起こしてくれても良かったのに」
ベッドルームのドアは閉まっていたのだけれど、ホテルのスタッフが入ってきてもぐっすり寝ていた自分に驚きつつ、席に着く。魔法瓶のポットに入ったコーヒーをカップに注ぎながら、蓮哉が言った。
「いや、気持ち良さそうに寝てたから起こすの可哀想だったし。それに綾春の寝起き、見せたくなかったからな」
「ふふっ、蓮哉さんのそういうところ、好き」
「もっと好きになってくれていいよ」
三十路の男の寝起きなんて、別に何の価値もないと思うけど。でも蓮哉にとっては宝物で、そうやって自分を大切に扱ってくれることが嬉しい。
世話を焼くのも、独占欲を振り翳すのも、彼の愛情表現。そして、それを受け止めるのが綾春の愛情表現だ。
「美味しそう」
「このテーブルウェアも綾春チョイス?」
「ん? まあね。俺一人の意見ってわけじゃないけどさ」
客室にあるインテリアも、このテーブルウェアも、綾春の会社で手掛けたり声をかけて集めたものだ。
蓮哉のコーヒーカップとソーサーはラウンジでコーヒーや紅茶を供されるときに使われるので、ルームサービスや朝食、部屋の備品には使われていない。
もしかして、もっと使ってほしかったのかな、なんて思ってそっと蓮哉を盗み見ると、ぱちりと目が合った。
「綾春、いいセンスしてるな。——中目黒の店も楽しみだよ」
中目黒の店とは、エストレージャのオーナー諸星が新規でオープンさせるスペインバルだ。そこのテーブルウェアに蓮哉の作品も採用されている。
自分の仕事を見てもらえて、そして期待もされている。
仕事ぶりを褒められるのは嬉しい。それはSubだからでなく、自分の仕事が好きだからだ。昨夜、『本当は閉じ込めたい』と嫉妬を露わにしていた蓮哉が、それでも綾春に理解を示してくれ、さらにはこれからの仕事に期待もしてくれている。
好きなことに力を尽くして、それを好きな人に認めてもらえるのは、こんなに嬉しいものかと、綾春はしみじみと感じた。
朝食をのんびりと食べても、チェックアウトまでは時間があった。
おこもりホテルステイを売りにしているだけあって、チェックアウト時間は午前十一時。あと二時間弱も余裕がある。
今日も、天気は快晴だ。
目の前には湘南の海と、青々とした空がずっと先まで続いている。
サンラウンジャーに寝転がって日向ぼっこをする蓮哉に、綾春はそっと近づいた。
上から覗き見ると、眠ってはないけれど目を閉じて、初夏の陽射しと風をいっぱいに感じている様子がわかった。
「……のんびりできた?」
「とっても」
気持ちよさそうに目を閉じる、精悍な男の顔。
初めて蓮哉に出会ったとき、綾春は彼を「物静かでDomらしくない男だな」と思った。穏やかと言えば聞こえばいいが、なんとなく『時が止まっている』ような印象を受けた。何かを諦めているような、自分に期待をしていないような、そんな雰囲気が彼にはあった。
あの葉山の静かな家で、人と関わることを最低限に、細々と器を作るのがお似合いだと言い聞かせているような印象があったのだ。
今の彼から、そんな雰囲気は感じない。
物静かで穏やかな雰囲気はそのままだけれど、彼の時間はゆったりと流れているのだと感じる。
「蓮哉さん、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
今日は、五月二十九日。蓮哉の誕生日だ。
綾春が昨日今日とで一泊二日の予約を入れたのは、蓮哉の誕生日を祝うためでもあった。
はじめは、自分が貰ったカラーのように、誕生日プレゼントとして何か形に残るものを贈りたいとも考えていたのだ。けれど、指輪は蓮哉が「プロポーズ用にとっておく」と言っていたので、自分から用意するのは憚られた。それに、蓮哉からいつか指輪を贈られることを楽しみにとっておきたかった。
じゃあそれ以外で……と、ネックレスやネクタイピンのような装飾品も考えてみたけれど、どうにもしっくりこない。綾春のカラーのように、バングルやブレスレットを買ってお揃いのようにしようかとも考えたが、このカラーは特別だから、ありあわせのものと並べるのは嫌だった。
服や雑貨、日用品なども考えて、綾春は結局「形には残らずとも心に残るもの」を贈ることにした。
それが、今回の湘南旅行だ。
お互い仕事で関わった場所だけれど、それが逆に相応しい気もした。
二人を巡り合わせたコーヒーカップを採用した場所を見てもらいたかったし、自分が描いた光景を感じてもらいたかった。きっと、蓮哉の心に響くだろうと確信もあった。
それは昨日と今日の蓮哉を見る限り、成功だったようだ。
「ねえ蓮哉さん。キスして」
「ふっ、ははっ。普通、逆じゃないのか?」
彼は笑いながら目を開けた。飛び込んできた陽射しの強さに眉を顰める、その表情がかっこいい。あのとき——葉山で初めて見た笑顔と同じだった。そんな顔もできるんだと思った、あの表情。あの顔。
誕生日なのだから、キスを贈るのは綾春のほうだと笑う蓮哉に、綾春はニッと笑い返す。
「いいだろ。俺とのキスなんて、最高の誕生日プレゼントだと思うけど?」
「違いないな。——綾春、Kneel」
そう言って、蓮哉は上体を起こした。
軽いグレアを肌で感じながら、綾春は命じられたとおりにサンラウンジャーの隣に跪く。
蓮哉はもう、〈Kneel〉のコマンドを恐れていない。
グレアだって自由に出せて、いつだって綾春を満たしてくれる。
後頭部を大きな手でぐっと引き寄せられて、二つの唇が重なり合った。
「……ん」
触れ合うだけのキスは、ゆっくりと十秒。
惜しむように離れて、二人で目を合わせて笑った。
「今度は、俺にもご褒美をくれる?」
「ふふっ……いいよ」
さぁ……と、初夏の風が二人の間を通っていく。綾春の左手首では、特別なカラーが初夏の陽射しを受けて、きらりと光っている。
「キスして」
それはコマンドではなく、普通の言葉。
けれど、そんな愛の言葉に、綾春は心も体も、丸ごとすべて導かれるようにして、蓮哉の唇に自分の唇を寄せた。
この日は朝から、空は真っ青に晴れ渡っていて。
遠くに浮かぶ白い雲が、のんびりと風に乗って流れている。
夏の気配がし始めている陽射しに肌を焦がされるがまま、綾春はずっと唇を離さなかった。
触れ合うだけのキスじゃなくて、深く深く、互いの熱を交換し合うようなキス。そうして、晴れた空の下でのキスは、二人の思い出をまた一つ、新たに残していく。心を一つにしていく。
あとふた月もすれば、綾春が蓮哉と出逢って一年が経つ。
あれから、一年が経とうとしている。
時間はこれからも、ゆっくりと穏やかに流れていく。
それが蓮哉にとって幸せで、綾春にとって幸福であればと、願いながら心を重ね、空を見上げた。
end.
(あとがき)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
しおりを挟んでくださったり、お気に入り登録をしていただき、日々の更新や調整の励みになりました♡
初のDom/Sub執筆だったので、Dom/Subとしてもお仕事BLとしても未熟なお話だったかと思いますが、ほんのひとときでも、みなさまの楽しいBLライフの端っこにお邪魔できていたらいいな…と思っています。
蓮哉と綾春のことをずっと見守ってくださり、ありがとうございました!
本編はいったん完結ですが、番外編をいくつか書く予定です。のんびりお待ちくださいませ。
そのときに、またお会いできることを願って。
秋良
ゆさゆさと優しく揺さぶられ、綾春はふわりと瞼を上げた。
水面から浮上するように意識を覚醒させると、目の前に愛しい男の顔があり、綾春は朝を迎えたことを理解する。
「ん……おはよ……」
「おはよう」
のそりと体を起こす。ベッドサイドに置かれたデジタル時計は、午前八時過ぎを表示していた。
「……俺、またスペース入ったまま、また寝てた?」
「うん。可愛かった」
寝ぼけ眼の目を擦りながら問えば、つむじに唇を寄せながら蓮哉が答える。
綾春は、蓮哉とのプレイでたびたびサブスペースに入る。最初は六本木で映画を観た日の夜——初めて肌を重ね合わせてしまったときだ。
Subと診断されてから、ずっとサブスペースに入ることなんてなかったのに、蓮哉とたった一回情を交わしただけでサブスペースに入ったときは驚いた。今思えば、もうあのときには蓮哉に心を預けてしまっていたのかもしれない。
それから、紆余曲折を経て恋人になって。毎週のようにプレイとセックスをしているけれど、昨夜のように気持ちを全部曝け出して、二つの熱がぐちゃぐちゃになって一つに混じっていくみたいなときは、容易くサブスペースに入ってしまう。
どんなに深く入っても蓮哉が手綱をしっかり握ってくれるから、綾春は気持ちの良い空間を自由に揺蕩うようにただただ揺さぶられて、多幸感に包まれているだけで、いつの間にか朝が来る。
サブスペースに入ると記憶は朧げだ。幸せだったことは憶えているけれど、詳細は曖昧。でも、それが幸せの形なのだと思う。
「まだ眠いか?」
「んーん、平気。起きるよ」
「じゃ、あっちで待ってる」
昨夜の綾春の記憶は、体を繋げたあたりからふわふわとしている。
プレイとセックスがいつ終わったのかはわからないけど、今はワッフル生地の清潔なパジャマを着て、体もさっぱりしている。いつものように蓮哉が世話をしてくれたらしい。
パジャマからは、ほんのり蓮哉の匂いがするので、情事が済んだあとも抱き合って寝ていたのだろう。そんな些細なことに、また幸せを感じた。
肌触りの良いもこもこのルームスリッパを履いて、やや腰のあたりが重いことにも幸せを噛み締めながら、ベッドルームを出る。
ダイニングへ行くと、テーブルの上にはすでに朝食がセットされていた。オムレツに厚めのベーコン、手作りのソーセージ。フレッシュなグリーンサラダとフルーツに、中央に置かれたバスケットには数種類パンが並んでいる。贅沢なホテル朝食そのものだった。
朝食付きのプランで予約して、昨夜のルームサービスをサーブされたときに部屋へ運んでもらう時間は伝え済みだった。それをスタッフが運んできてくれたのだろう。
「蓮哉さん、朝ごはんの対応してくれたんだ。ありがとう。起こしてくれても良かったのに」
ベッドルームのドアは閉まっていたのだけれど、ホテルのスタッフが入ってきてもぐっすり寝ていた自分に驚きつつ、席に着く。魔法瓶のポットに入ったコーヒーをカップに注ぎながら、蓮哉が言った。
「いや、気持ち良さそうに寝てたから起こすの可哀想だったし。それに綾春の寝起き、見せたくなかったからな」
「ふふっ、蓮哉さんのそういうところ、好き」
「もっと好きになってくれていいよ」
三十路の男の寝起きなんて、別に何の価値もないと思うけど。でも蓮哉にとっては宝物で、そうやって自分を大切に扱ってくれることが嬉しい。
世話を焼くのも、独占欲を振り翳すのも、彼の愛情表現。そして、それを受け止めるのが綾春の愛情表現だ。
「美味しそう」
「このテーブルウェアも綾春チョイス?」
「ん? まあね。俺一人の意見ってわけじゃないけどさ」
客室にあるインテリアも、このテーブルウェアも、綾春の会社で手掛けたり声をかけて集めたものだ。
蓮哉のコーヒーカップとソーサーはラウンジでコーヒーや紅茶を供されるときに使われるので、ルームサービスや朝食、部屋の備品には使われていない。
もしかして、もっと使ってほしかったのかな、なんて思ってそっと蓮哉を盗み見ると、ぱちりと目が合った。
「綾春、いいセンスしてるな。——中目黒の店も楽しみだよ」
中目黒の店とは、エストレージャのオーナー諸星が新規でオープンさせるスペインバルだ。そこのテーブルウェアに蓮哉の作品も採用されている。
自分の仕事を見てもらえて、そして期待もされている。
仕事ぶりを褒められるのは嬉しい。それはSubだからでなく、自分の仕事が好きだからだ。昨夜、『本当は閉じ込めたい』と嫉妬を露わにしていた蓮哉が、それでも綾春に理解を示してくれ、さらにはこれからの仕事に期待もしてくれている。
好きなことに力を尽くして、それを好きな人に認めてもらえるのは、こんなに嬉しいものかと、綾春はしみじみと感じた。
朝食をのんびりと食べても、チェックアウトまでは時間があった。
おこもりホテルステイを売りにしているだけあって、チェックアウト時間は午前十一時。あと二時間弱も余裕がある。
今日も、天気は快晴だ。
目の前には湘南の海と、青々とした空がずっと先まで続いている。
サンラウンジャーに寝転がって日向ぼっこをする蓮哉に、綾春はそっと近づいた。
上から覗き見ると、眠ってはないけれど目を閉じて、初夏の陽射しと風をいっぱいに感じている様子がわかった。
「……のんびりできた?」
「とっても」
気持ちよさそうに目を閉じる、精悍な男の顔。
初めて蓮哉に出会ったとき、綾春は彼を「物静かでDomらしくない男だな」と思った。穏やかと言えば聞こえばいいが、なんとなく『時が止まっている』ような印象を受けた。何かを諦めているような、自分に期待をしていないような、そんな雰囲気が彼にはあった。
あの葉山の静かな家で、人と関わることを最低限に、細々と器を作るのがお似合いだと言い聞かせているような印象があったのだ。
今の彼から、そんな雰囲気は感じない。
物静かで穏やかな雰囲気はそのままだけれど、彼の時間はゆったりと流れているのだと感じる。
「蓮哉さん、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
今日は、五月二十九日。蓮哉の誕生日だ。
綾春が昨日今日とで一泊二日の予約を入れたのは、蓮哉の誕生日を祝うためでもあった。
はじめは、自分が貰ったカラーのように、誕生日プレゼントとして何か形に残るものを贈りたいとも考えていたのだ。けれど、指輪は蓮哉が「プロポーズ用にとっておく」と言っていたので、自分から用意するのは憚られた。それに、蓮哉からいつか指輪を贈られることを楽しみにとっておきたかった。
じゃあそれ以外で……と、ネックレスやネクタイピンのような装飾品も考えてみたけれど、どうにもしっくりこない。綾春のカラーのように、バングルやブレスレットを買ってお揃いのようにしようかとも考えたが、このカラーは特別だから、ありあわせのものと並べるのは嫌だった。
服や雑貨、日用品なども考えて、綾春は結局「形には残らずとも心に残るもの」を贈ることにした。
それが、今回の湘南旅行だ。
お互い仕事で関わった場所だけれど、それが逆に相応しい気もした。
二人を巡り合わせたコーヒーカップを採用した場所を見てもらいたかったし、自分が描いた光景を感じてもらいたかった。きっと、蓮哉の心に響くだろうと確信もあった。
それは昨日と今日の蓮哉を見る限り、成功だったようだ。
「ねえ蓮哉さん。キスして」
「ふっ、ははっ。普通、逆じゃないのか?」
彼は笑いながら目を開けた。飛び込んできた陽射しの強さに眉を顰める、その表情がかっこいい。あのとき——葉山で初めて見た笑顔と同じだった。そんな顔もできるんだと思った、あの表情。あの顔。
誕生日なのだから、キスを贈るのは綾春のほうだと笑う蓮哉に、綾春はニッと笑い返す。
「いいだろ。俺とのキスなんて、最高の誕生日プレゼントだと思うけど?」
「違いないな。——綾春、Kneel」
そう言って、蓮哉は上体を起こした。
軽いグレアを肌で感じながら、綾春は命じられたとおりにサンラウンジャーの隣に跪く。
蓮哉はもう、〈Kneel〉のコマンドを恐れていない。
グレアだって自由に出せて、いつだって綾春を満たしてくれる。
後頭部を大きな手でぐっと引き寄せられて、二つの唇が重なり合った。
「……ん」
触れ合うだけのキスは、ゆっくりと十秒。
惜しむように離れて、二人で目を合わせて笑った。
「今度は、俺にもご褒美をくれる?」
「ふふっ……いいよ」
さぁ……と、初夏の風が二人の間を通っていく。綾春の左手首では、特別なカラーが初夏の陽射しを受けて、きらりと光っている。
「キスして」
それはコマンドではなく、普通の言葉。
けれど、そんな愛の言葉に、綾春は心も体も、丸ごとすべて導かれるようにして、蓮哉の唇に自分の唇を寄せた。
この日は朝から、空は真っ青に晴れ渡っていて。
遠くに浮かぶ白い雲が、のんびりと風に乗って流れている。
夏の気配がし始めている陽射しに肌を焦がされるがまま、綾春はずっと唇を離さなかった。
触れ合うだけのキスじゃなくて、深く深く、互いの熱を交換し合うようなキス。そうして、晴れた空の下でのキスは、二人の思い出をまた一つ、新たに残していく。心を一つにしていく。
あとふた月もすれば、綾春が蓮哉と出逢って一年が経つ。
あれから、一年が経とうとしている。
時間はこれからも、ゆっくりと穏やかに流れていく。
それが蓮哉にとって幸せで、綾春にとって幸福であればと、願いながら心を重ね、空を見上げた。
end.
(あとがき)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
しおりを挟んでくださったり、お気に入り登録をしていただき、日々の更新や調整の励みになりました♡
初のDom/Sub執筆だったので、Dom/Subとしてもお仕事BLとしても未熟なお話だったかと思いますが、ほんのひとときでも、みなさまの楽しいBLライフの端っこにお邪魔できていたらいいな…と思っています。
蓮哉と綾春のことをずっと見守ってくださり、ありがとうございました!
本編はいったん完結ですが、番外編をいくつか書く予定です。のんびりお待ちくださいませ。
そのときに、またお会いできることを願って。
秋良
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