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32. 降り続く雨

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 芹澤が運ばれたあと、蓮哉は職員室の一角に設けられた応接スペースにいた。
 職員室の中ではあるが、間仕切りで仕切られているので、教師たちのデスクからは見えない位置だ。そこに長机とデスクチェアが置かれていて、そこへ腰かけるように指示された。
 雨はまだ降り続いていて、職員室の窓を濡らしていた。

 芹澤を囲い込んでイジメともとれる行動をしていた浅井、一ノ瀬、杉本すぎもと——もう一人の男子生徒の名前だ——の三名はどうしているのかと訊ねれば、蓮哉とは別の場所に呼ばれたらしくこの場には不在だ。また芹澤は、保健室に運ばれたのちに、養護教諭と彼の担任教師とともに車で病院へ向かったらしい。
 少なくとも、問題を起こしていた三人が芹澤のそばにいないことを聞いて、蓮哉はほっとした。

「——それで、東雲は芹澤を助けに入ったんだな」
「……はい」

 行われていたのは、いったい何があったのかという聴き取りだ。

 まだ学校に残っていた蓮哉の担任教師と副担任教師が、蓮哉の前の椅子にそれぞれ座っている。担任のほうは四十代中盤の男性教師、副担任のほうも男だが年齢はたしか三十代前半だった気がする。なお、浅井たちのほうでは学年主任と彼らの担任教師が聴き取りにあたっているらしい。
 二人の教師を前にすると、相手がNormalであっても高校生の蓮哉は緊張をせずにはいられなかった。だが訊かれるがまま、嘘偽りなく、その場で起きた出来事を話した。

 忘れ物をしたので部活帰りに教室に行こうとしたこと。その途中で不穏な話し声と物音が聞こえたので、様子を見に行ったこと。そこでSubの芹澤が、浅井たち三人に囲まれていていたこと。もちろん浅井と杉本はNormalで、一ノ瀬はSubなので、Domのようにコマンドとグレアを用いて命じることはできない。だが……だからこそ、芹澤がSub性であることを揶揄い、Domを相手にするように自分たちに跪くように強要していたこと。
 そして、蓮哉がそれを止めに入ったときに意図せずグレアを放ってしまって、言葉がコマンド化してしまったこと。蓮哉が止めに入ったことで杉本が逃げようとしたこと。それと同時に、グレアとコマンドによって一ノ瀬と芹澤を意図せずサブドロップさせてしまったと気づいたこと。
 そうしてあとは、浅井たちに教師を呼びに行かせて、今に至る。

「そうか。そんなことが……」
「俺のせいで芹澤と一ノ瀬を危険な目に遭わせました。すみません……」

 すぐにグレアを収めたが、特に芹澤には申し訳ないことをしたと素直に頭を下げた。
 Subに行動を強要させる、見るに耐えない状況を止めに入ったのにもかかわらず、そのSubをサブドロップさせたのだから世話がない。DomとしてSubの本能を揶揄し、好き勝手しようとした浅井たちに嫌悪したし、同じSubなのにもかかわらず虐める側に加担していた一ノ瀬のことも許せない。

 ——だが、なにより許せないのは芹澤にサブドロップを引き起こした自分自身だ。

 もしグレアがきちんとコントロールできていれば。
 コマンド化しないように発言に気をつけていれば。
 自分がしっかりしていれば、芹澤をあんなに苦しませずに済んだと思うと、悔しくて仕方がなかった。

 ぎゅっと両手を膝の上で握り締めて、じっと沙汰を待つ。

(良くて停学、悪くて退学とか……。明日の試合は出れないだろうし……芹澤にも悪いことをしたし……)

 DomがSubに乱暴をすることは許される行為ではない。
 今回の蓮哉は不可抗力のような形ではあるが、Subを危険な目に遭わせたという事実は存在する。Domとして生まれてしまった以上、力のコントロールが未熟だろうと何だろうと罰は正しく受けるべきだろう。
 蓮哉はそう思って目を伏せた。

 意気消沈している蓮哉の話を聞いていた担任は、しばし思案したあと、ふぅーっと大きなため息をついた。

「浅井たちと、回復したら芹澤からも話を聞かないことにはちゃんとした判断はできないが……」

 そんな前置きが、被告人に判決を言い渡す前の重い空気を想起させる。もっとも蓮哉はドラマや映画の中でしかその光景を見たことはないけれど。

「東雲。芹澤を助けてくれて、ありがとう」

 担任が頭を下げるのを、蓮哉は視界の端に捉えた。

「……え。……えっと……?」

 教師からの思いもよらない言葉に、ぽかんと口を開く。

「先生……俺のこと、怒らないんですか?」
「そりゃ怒らないさ。いくらお前がDomとはいえ、むやみやたらに力をふるうような馬鹿じゃないことくらい知ってるよ」

 その言葉に、蓮哉は握り締めていた手を自然と解いていた。

 担任や副担任と蓮哉は、特別に仲が良いという関係性ではない。かといって蓮哉が担任たちを邪険にしたこともなく、いたって普通の、なんてことはない教師と生徒の関係だ。それこそ、三十人程度いる生徒のうちの一人——。別に教師相手に過度な期待をしているわけではないし、それは相手だって同じだろうと思っていたので、そつのない関係を築いていたと思う。そんな生徒が問題を起こしたのだから、それなりに怒られると思ったのだ。そもそも、蓮哉の言い分を全面的に信じてくれるなど思ってもいなかった。……危険なDomだと言われることも覚悟していた。
 だから、蓮哉の話を素直に信じて、それどころか芹澤を助けたことへの感謝を述べられたのは、素直に嬉しかった。

「だが、そうだな。俺はNormalだから当たり障りのない指導になってしまってすまないが、東雲も一度詳しく検査をするために病院に行ったほうがいいだろう」
「病院、ですか?」
「ああ。なに、不安にならなくていい。コントロールに失敗して力が暴走することは高校生じゃ珍しいことじゃない。だから、自分自身を責める必要はない。ただ、そのままにしておくのは、お前も不安だろう。病院で詳しい検査をしてもらうことで、その結果に応じてより上手なコントロールを教えてもらうことができるんだ。お前の将来のための検査だよ」

 担任の言葉を受けて、副担任が机の端に置いていたクリアファイルから一冊の薄い冊子を取り出した。

「東雲くんは賢いから包み隠さず伝えるけれど、これは力のコントロールが上手くいかないDomの生徒と、そのご両親向けに渡す冊子です。中学のときにも似たようなものは貰っているでしょうが、それよりももう少し詳しいことが書いてあるから渡しておきます」
「親御さんにも電話はしておくが、ひとまず今日は帰っていいぞ」
「もし何か問題があれば連絡はするけど、心配せずにいていいですよ」

 担任と副担任が代わる代わる話をする。
 豪快な印象の強い担任に比べて、副担任は鷹揚ながらも締めるところはきっちりと締めるタイプの教師だ。だが、その副担任も、そして担任も今日は帰宅していいと伝えた。

「あ、あの先生。俺、明日弓道部の交流試合があるんですけど……」
「ん? ああ、全然出ていいぞ。故意じゃないようだし、お前も十分反省してるからな」
「いいんですか?」

 念のために確認をとる。自宅謹慎とかもないのだろうか?

「顧問の唐木からき先生にも報告はしておくけどな。試合、頑張ってこいよ」
「体調管理と怪我には十分に気をつけて。試合の結果、楽しみにしています」
「……はい!」

 そう笑って、担任と副担任は蓮哉をお咎めなしで帰したのだった。



 ◇◇◇
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