【完結】孤独な人斬り少女、美貌の帝国軍人と、かりそめの婚約をする。~旦那様、今宵も毒をいただきたく存じます。

和佐炭ハル

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第四章:かりそめの婚約。その終わり

40:離別の言葉

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 冷たい秋の風が睡蓮の頬を撫で、髪を揺らす。
 そこは、煉瓦造りの駅舎の屋根の上だった。
 周囲を多くの軍や警察が取り囲んでおり、また、今なお、多くの乗客達が駅舎から避難を続けている様子がうかがえる。
 巨大な建物だからか、あるいは建物の影になっているのか、地上からこちらに気づいた者はいない。

「いやあ、参ったね。すっかり取り囲まれているよ。さてこれからどうしたものかな」

 こういう状況だというのに、小野は焦る様子は微塵も見せず平然としていた。それから睡蓮の身体を屋根の上に横たえると、にやりと笑ってみせる。

「君はこう見えても、如月少佐の婚約者だ。人質としての価値は充分にある。これだけじゃ、舞踏会の余興としては面白くない」

 そう言うなり、二つの白い麻袋を、睡蓮を縛る縄へとくくりつけると、その場に立たせた。

「これ……は……」

 睡蓮は目を見開き、麻袋を凝視する。

「ああ、下瀬火薬を詰めた袋だ。君を爆弾代わりにすることにしたんだ。軍や官憲、もちろん、龍進や君自身であっても、私の言うことを聞かなかったら、その時点で身体ごと地面に落下させ、ドカンだ。念のため予備をもっておいて良かったよ。あはは」
「…………」

 睡蓮はしばらく相手の目を見つめ、

「……なにを言いだすかと思ったら、無意味なことを」

 淡々と伝える。

「別に私がどうなろうと、旦那様はなにも気になさらない。あなたは旦那様に捕らえられて、牢獄に送られるだけ」
「…………ほう」

 相手の顔が面白いものを見た、とでも言いたげにゆがんだ。

「君は、本当にそう思っているのか?」
「ええ」
「君は彼と婚約しておきながら、彼のことがまるでわかっていないのだな。彼は……、如月龍進は君を失うことをひどく恐れている。君は彼を殺すことはかなわなかったが、的確なまでに彼の弱みを作ったんだよ。彼も家族のぬくもりを知らなかったかわいそうな人間でね」
「…………」

 この人は一体、なにを言っているんだろう。
 そもそも、自分は人斬りであり、咎人だ。あの人とは、偽りの婚約関係でしかなく、今日の舞踏会が無事終わったら、用済みとなり、あの人の手で処刑されるはずだった。
 単に、それがほんの少し早まるだけだ。

「あなたが、そう思いたいなら、別に私をどうしようと勝手にすればいい」
「ふふ。強情だな。なら、君はどうなんだ? もし君が死ぬとして、あいつと離れるのは心残りでは無いのか? 率直な気持ちを聞かせて欲しい」
「それは……」

 自分でも意外なことに、言葉に詰まった。
 そして、不意に今まで龍進と過ごしてきた日々のことが思い起こされる。
 睡蓮が作った料理を食べながら、顔を微かに綻ばせ、美味しいと言ってくれたこと。
 一緒に行った日本橋の百貨店で、優しい眼差しを向けて、髪ざしや髪飾りを買ってくれたこと。
 夜、寝静まった頃、さみしげな表情の彼が独りでピアノを弾いていたこと。
 柔らかな表情で、睡蓮にピアノを教えてくれたこと。
 そして、ドレスを纏った睡蓮の姿を褒め、一緒にダンスを踊ったこと。
 自分でも困惑するくらい、あふれるように様々な思い出が蘇ってくる。
 ……けれど。
 彼女はなにかを断ち切るかのように、首を左右に振る。
 それから、小野を真正面から見て、静かに言った。

「私は、充分過ぎるほど、旦那様から思い出をいただきました。たとえ、それが偽りの家族の記憶だったとしても、これ以上、なにも望むものはありません」

 小野の表情から笑顔が消える。

「……解せないな。君はどうしてそんな割り切り方が出来るのか」

 続いて、彼の視線が睡蓮の背後へと移された。

「ああ、そうこう話しているうちに、旦那様のお出ましだよ」

 睡蓮も身体をよじって背後を見ると、そこには、屋根の上に立ち、軍刀を右手に持った龍進の姿があった。左の頬に出来た傷からは血がにじみ、軍服はところどころが破れている。
 そして、彼は睡蓮の身体にくくりつけられた火薬の袋を見るなり、今まで見せたことが無い険しい顔つきになった。

「今すぐに彼女を離してもらおう」
「いやいや。それは出来ない相談だな。こうやって彼女を人質にするためだけに、君の足止めをさせてもらったのだから。若榴はなかなか手強かっただろう?」
「ああ。逃げられた。右肩の筋までしか切ることが出来なかった」
「そうか。やはり、君と直接、命のやりとりをしなくて賢明だったな」

 口の端を曲げて笑う小野。

「そういうわけで、君には今すぐに私が逃げる経路を確保してもらおう。こちらには爆薬を身につけた人質がいるんだ。君も手出しは出来まい?」

 龍進の眉間に深い皺が刻まれ、歩みが止まる。
 どうして? と睡蓮は思う。
 なぜ、彼はためらうのか。

「旦那様、私に気を遣う必要はありません。構わずに私ごとこの人を切り裂くか、あるいは一緒に突き落としてくださいませ」

 視線が合う。
 だが、龍進は静かに首を横に振るだけだ。

「如月、どうした? はやく決断をしろ。そんなに難しい選択ではないはずだ。軍人たるもの、戦場での躊躇いは命取りになるのではないか?」

 そう、軍人であるなら、非情さが必要だ。
 なのに、どうしてあの人はすぐに答えを出せないのか。
 私はもう用済みなのだ。故に、邪魔になるならすぐに廃棄すべきなのだ。

「決められないのか。おまえも日和ったものだな。……ならば」

 小野は懐から拳銃を取り出した。

「五秒だ。その間に結論を出さなければ、これでおまえの頭を撃つ。そして、私はこいつを人質にこの場から立ち去る」

 旦那様が、相手の要求を受け入れるなどということがあってはならない。

「――四」

 旦那様に、そのような無様な真似をさせてはならない。

「…………っ」

 睡蓮は拳を強く握りしめ、大きく息を吸った。

「――三」

 もし、旦那様が私を殺せないというのならば、自分がやるべきことは一つ。 
 そして、しかと龍進の顔を見つめる。

「――二」

 不思議と、己の顔に笑みが浮かんでくるのがわかった。
 ゆっくりと口を開く。

「……旦那様……」

 唇がわななくのを感じた。

「短い間ではありましたが……、おそばにいられて、睡蓮は幸せでした」

 龍進の瞳が大きく見開かれる。

「――一……うぉっ!?」

 睡蓮は渾身の力で小野の手を振り切ると、己の身体を勢いよく寒空へと投げ出した。
 身体が地面に引っ張られ、落ちていく――
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