【完結】孤独な人斬り少女、美貌の帝国軍人と、かりそめの婚約をする。~旦那様、今宵も毒をいただきたく存じます。

和佐炭ハル

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第三章:まつろわぬ民

24:火薬工場

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 屈強な男性が、三輪トラックの荷台へ棺桶を乗せながら運転手に言う声が聞こえてくる。

「じゃあ、こいつはいつも通り、山ん中に捨ててきてくれ。決して見つかるなよ」
「その点はご安心ください。簡単には見つからない場所を確保していますので」

 棺桶を乗せ終え、運転手が荷台の扉を閉める。

「ただ、今月はずいぶん多いですね。これで何人目です? うちの同僚も結構、ここに来ているようですが」

 書生の装いをした男性が、片手で数を数えながら言う。

「三人目……、いや、四人目だね。僕が言うのもなんだが、さすがに多過ぎやしないか?」
「仕方ないだろう。あれは、ちょっとした振動で爆発する代物だ。人手で作っている以上、犠牲者が出るのはやむを得ん。そのために下谷万年町から来てもらっているんだ。彼らには身寄りが無い以上、なにかあっても問題にはならない」

 書生が顔をしかめる。

「実態は人さらいだよね……」
「人聞きが悪いことを言うな。我々が求める世界を実現するためには仕方のない犠牲だ。それに、彼らも無事、ここでの仕事を勤め上げられれば、しばらくは遊んで暮らせる報酬をもらえる。ドヤ街で明日もわからない日々を暮らすよりはいいだろうよ。なあ、あんたもそう思わないか?」

 同意を求められた運転手は苦笑して、

「まあ、そうかもしれませんね。私はこうして新しい仕事につけましたが、人力車や荷馬車の仕事が無くなって苦労している者は大勢おりますから」
 彼らの会話を聞きながら、睡蓮が秘かに、トラックの陰、運転席の反対側へと移動する。

「それではそろそろ私は行きます。夜道を車で走るのは神経を使いますので」
「おう、ご苦労さん。よろしく頼むよ」

 そして、運転手が一人で車内に乗り込んできたところを、車内に潜んでいた睡蓮が首に手刀をいれて意識を失わせる。
 一方の書生と屈強な男は、背後から龍進の峰打ちを受け、悲鳴を上げる間もなくその場にくずおれる。
 続いて龍進は、睡蓮に「ここで待っているように」と言い残し、家屋の入口脇に身を寄せ、中をうかがった。
 室内は薄暗いが、奥の方から複数の人が動いている気配がするとともに、なにか鎖のようなものがじゃらじゃらと音をたてて擦れる音が聞こえてくる。
 ぬきあしで廊下を進み、電球の明かりが漏れ出る部屋の中を、扉の隙間からのぞき込む。
 そこでは、二人の男の監視のもと、足首を鎖でつながれ、あばら骨が浮き出るほど痩せこけた五人の男達が、木製のテーブルに向かって作業をしていた。
 ある者は真鍮の型の周りに、薄い和紙を何枚も重ねて貼り付ける作業を繰り返している。
 隣の者は、乾いた和紙の筒の周りに、刷毛で漆を丁寧に塗っている。
 そして、少し離れたところに立った男は、漆が塗られた和紙の筒の中に、そっと黒い粉を流し入れている。
 あの粉が、下瀬火薬だろう。
 と、襟元から派手な入れ墨が覗く、見張り役の男の一人がいらだたしげに言った。

「あいつら、遅いな」
「煙草でも吸っているんですかね。俺、見てきます」
「頼む」

 男が外に様子を見に行こうと部屋の出口まで来たところで、龍進の峰打ちを食らい、その場に昏倒する。
 もう一人の男が、慌てて壁に立てかけていた刀を手にするものの、構える前に龍進の振るった軍刀によって意識を失う。
 作業に従事していた男達が、一体なにが起こったのかわからない、と言った表情で、突然の闖入者を呆然と見つめている。
 龍進は軍刀を手にしたまま、小さく息を吐く。
 とりあえずの脅威は排除した。あとは、三郎の合図で近くに控えている小隊が到着するのを待つだけだ。
 そのときだった。

「てめえ! 動くなっ!」

 天井付近から、男の怒声が響いた。

「少しでも動いたら、こいつを投げるぞ!!」

 梁の近く、物置になった部分に、手に鋳鉄製の筒を持った男が、充血した目をこちらに向けて立っていた。もう一人いたのだ。
 男が手に持っている直径十センチほどの筒の中に入っているのは、おそらく下瀬火薬。大きさからすると、手榴弾の試作品といったところか。
 途端、作業中の男達が、一斉に悲鳴とも似付かないかすれた声を上げた。

「ひ、ひぃっ!?」
「や、やめてください……!」
「伏せろっ……!!」

 逃げ出そうとするが、足首につながれた重しが彼らを束縛する。
 火薬を手にした男が、鬼のような形相で龍進に向かって叫ぶ。

「刀を捨てろ! はやく!」

 龍進が軍刀を遠くに投げ捨てると、物置の上から男が震える声で言った。

「おまえ、陸軍の如月か……? 誰の指示でここに来た……?」

 ここからでもはっきりわかるくらい、男の顔が青ざめているのがわかった。
 その顔には見覚えがあった。元海軍で、南前閥の将校だった男だ。十年前、当時世界最強と謳われた北部連邦艦隊を打ち破った功績で表彰されたこともある。その後、軍規を乱したかどで懲戒処分になって以来、行方がわからなくなったと聞いていた。
 龍進は表情を変えずに言う。

「貴様に答える義務はない」
「答えろ! さもないと、この……」

 男の言葉はそこで途切れた。
 いつの間にか背後にまわっていた睡蓮の手刀が首筋に入れられ、男は白目を剥きながら横に倒れこむ。
 男の手から離れた手榴弾は、床に落下することなく、彼女によって受け止められた。
 一瞬、時が止まったかのような感覚。
 それから、作業員たちが一斉にその場にへたり込む。
 睡蓮は左手に持った手榴弾を一瞥し、「特に問題はありません」とつぶやいて物置に置くと、着物の裾をふわりと翻しながら、龍進の前に飛び降りた。
 外で待っていろ、と言ったんだがな、と思いつつ、彼女の動きには助けられたのは事実だ。

「ありがとう。助かった」

 ねぎらいの意味を込めて、睡蓮の頭を軽くなでると、彼女がひどく驚いたように目を大きく見開いて、こちらを見上げた。

「どうかしたか?」
「…………いえ」

 なぜか、彼女の頬がほのかに赤く染まっているように見えた。

 三十分後、駆けつけた陸軍の小隊によって、捕縛された男達と作業員達は連れて行かれた。
 三郎がその車両を見送りながら、苦々しげに呟く。

「元海軍の奴が絡んでいたとはな。南前閥の連中が内々で処理しようとするわけだ」

 龍進は夜空を仰ぎ見る。
 夕方まで出ていた曇は風に流され、今は満天の星と大きな月が浮かんでいた。
 詳細は容疑者たちの聴取を行ってからになるが、一連の新時代主義者達のテロには、元海軍で南前閥の将校が深く関わっていたということなのだろう。北部連邦艦隊の作戦に従事し、下瀬火薬の保管場所という機密情報も知りうる立場にあった彼は、それを利用してテロ行為に及んでいた。
 その事実は海軍は察知していたものの、もし外部に知られれば大きな問題になるゆえ、同じ南前閥である警察組織とともに、内々に処理しようとしていた、といったところだろうか。
 三郎が頭の後ろで両手を組んで、車に向かって歩きながら言った。

「まあ、これで一連の事件は解決に向かうんじゃねーか。お偉いさんたちも、なんの心配もなく共和国の女王陛下をお迎えできるだろうよ」
「そうなるといいんだがな」

 取り調べが進むにつれ、運動家達の背後関係も明らかにされるだろう。先の百貨店での爆破事件のみならず、要人の暗殺事件も全て精査されることになる。
 だが、問題は、下手人であった睡蓮に指示を伝えていたという、若榴という名の少年。彼と容疑者達とのつながりは、果たして今後、明らかになるのだろうか。それがわからない限りは、警戒を怠ることは出来ないだろう。
 龍進はそんなことを考えながら、車の後部座席のドアを開く。
 先に乗り込んでいた睡蓮が、つと顔を上げる。
 その瞬間、龍進は息を呑んだ。
 満月に近い、淡い月明かりが、彼女の顔を照らし出していた。華の蕾のように軽く開いた口に、整った鼻筋、どこかさみしげな切れ長の瞳。長い睫毛が儚げに揺れている。
 そして雲間から出た月明かりが、彼女の髪を金糸のように光らせた。

「旦那様、どうかされましたか?」

 小首を傾げる着物の少女の声に、龍進ははたと我に返り、「ああ、なんでもない」と呟いて席に座る。

「いいか、出すぞ」

 三郎の声とともに、エンジンがかかり、車が動き出す。
 揺れる車の中、睡蓮の顔に落ちる影の長さが変わっていく。
 龍進はふと、考える。女王陛下の晩餐会が無事終われば、睡蓮との契約は満了となる。そして、この手で彼女を処分することになる。司直の目を欺いて、人斬りを匿っている以上、自らけじめをつけなければならない。
 そう考えた瞬間、龍進は、何故か胸に微かな違和感を覚えた。なんだろう、この感覚は。彼は思わず顔をしかめつつ、大きく息を吸い、呼吸を整える。
 夜道を乗用車はガタガタと揺れながら走っていく。空に浮かんだ月が彼らの行く先をどこか優しげに照らし出している。
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