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一章 異世界

裏の悪意

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 竜夜の居なくなった洞窟内、二人は扉を凝視していた。

「……誰ですか?」
「面倒な奴さ」

 老婆の言葉に、エイナの顔が苦渋に歪む。と、扉が仄かな光を散らして開け放たれた。
 ーーやがて堂々と入ってきたのは、全身赤色の男だった。
 短い赤髪をきっちりと固め、赤いローブを着て赤い靴を履いたその男は、30代前後であろうか。
 唯一白いのは顔ぐらい。その顔に嵌った赤目が、揺らぐことなくエリア達を標的としている。

「……」

 さらにその後ろには、赤い鎧の騎士達が従っていた。暗く濁った目で虚ろに空を見るその姿からは、命ある者としての生気が見当たらない。きっと、人形の方が生き生きとしているだろう。
 エイナが苛立ちに唇を噛み締め、喉の奥を鳴らした。

「元気かね巫女よ。君達は随分と、辛気臭い場所が好きなようだ。臭く、暗く、実に吐き気がする」
「……お前達が閉じ込めているのでしょうが」

 ぼそりと小声で毒を吐くエイナ。老婆は誤魔化すように咳を一つ零す。

「それは失礼。それで、人生を生き急いでいるように忙しい貴方が一体此処に何用かな? この老体でよければ話しでも聞くけどね」
「くく、そんなに否定するような事を言うな。 お前達にも価値はあるだろう? 害虫のように長い命と、世界を見通すその瞳がね」

「なんて、汚い」

 エイナが再び呟くと、突如その身体が壁に吹き飛ばされた。いつの間にか男がエイナの首を掴み、壁にめり込ませていたのだ。

「ぐ!?」
「勘違いするなよ小娘。貴様は所詮、予備の命なのだぞ? 死にたければこの場で殺してやってもいいのだが」
「ふ、ぐぅ」

 苦しさに呻きながらも、エイナは闘志を絶やさず睨み据える。と、老婆は静かに頭を下げた。

「申し訳ない。その手を離してやってくれないか? この子は、私にとって大事な存在なのさ」
「ぬ、ぬし……さま」
「ふん。冷血と言われていた巫女ラティヤが随分と落ち潰れたものだ。……今回は、その謝罪に免じて許してやろう」

 素早く手を離すとエイナは地面に崩れ落ちた。一瞥し、興味を無くしたのか老婆へと笑みを送る。

「それで、私がこんな汚い場所へ直々に来た理由は分かっているだろうな?」
「なにかな」

 一瞬で男の顔から笑みが消え、怒りに瞳を燃やして顔を寄せる。

「この愚図が、知ってるだろう? リルシェイドのことさ」
「彼がどうしたのかね」
「本来なら城に呼ぶはずが、邪魔者によって計画を狂わされたのだ。此処らに落ちたのは分かっている。今すぐ調べろ」

 殺気を浴び、しかしラティヤは静かに瞳を閉じた。

「確かに森の中で気配を感じたね。だが、すぐ消えて分からなくなった。どうやら何者かに守護の術をかけられているようだったね」
「それはいつの話だ?」
「少し前。それきり、気配は感じられないね」

「本当か」
「本当だよ」

 男の赤い瞳が、ラティヤの金の瞳とぶつかり合う。そこで男に笑みが戻った。

「まぁいい。まだ遠くへ行っていないだろう、徹底的に捜索するだけだ。彼を保護して元の場所へ戻す。それが私達の役目なのだからな」

 パッと見を翻し、男は来た道を戻ってゆく。と、無言で立ち並ぶ騎士達の前で足を止め、ラティヤ達を尻目に頬を引き上げた。

「ーーよく覚えておけ。反逆を企てるのは大いに結構だが、その時誰が犠牲になるかを思い出すんだな」

 立ち去っていく男を見送り、エイナはラティヤを見上げた。

「主様、どうなさいますか」
「あとは信じるしかないだろうさ。今の私たちには、何も手出しができないのだから」

 その答えに、エイナの瞳から光が消える。ゆっくりと立ち上がった。

「そう……ですね。ですが私は、もう何も失いたくないのです。あれだけ苦しんだ彼等にこれ以上の苦痛は与えたくない。……ラティヤ様はどんな苦境であろうが未来を切り開いていくお方かと、勝手ながら思っておりました」

 言い残して早足に出ていく。かける言葉が見つからず、ラティヤは天を仰いだ。

「あぁ全く本当に、落ち潰れたものだよ」
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