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ハイジがアデレイドと不思議そうに顔を見合わせていると、衣裳部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「お嬢様、こちらにハイジがいるのですか?」
「ギーゼラ? そうよ。私と一緒に遊んでいるのだから邪魔しないで」
アデレイドが答えた途端、大きな音を立ててドアが開く。青い顔をしているギーゼラを押しのけるようにして老女が入ってきた。ハイジをみて、老女は一瞬驚いたようだが、すぐに厳しい顔になる。
「アデレイド。こちらにきなさい」
「おばあ様、どうなさったの?」
呼ばれたアデレイドが老女のほうへかけていく。彼女のおばあ様ということは、老女はフォールコン侯爵夫人だろう。
そう思ったハイジが黙って見ていると、侯爵夫人はアデレイドを傍にいるギーゼラのほうへ押しやって、つかつかと近づいてきた。
侯爵夫人は、ハイジが抱いている人形を取り上げると、手を大きく振りかざす。
頬に強烈な痛みを感じたと思った瞬間、ハイジは体にも衝撃を受けて床に転がった。
「なんてことをしているの!」
何が起こったのかわからずに顔を上げると、侯爵夫人は怖い形相でハイジを睨みつけていた。
引っ叩かれた反動で、クローゼットにぶつかったのだと分かったのは、しばらくしてからだ。
「おばあ様!」
侯爵夫人の後ろで、びっくりしているアデレイドが見える。こちらへこようとする彼女の腕を、ギーゼラが掴んで引き止めていた。
侯爵夫人は、そばにあった化粧台の引き出しを開けて鋏を取り出す。
「アデレイドと同じ格好をするだなんて、まるでアデレイドが二人もいるように見えて気味が悪いわ!」
鋏を持った侯爵夫人が、ハイジの髪からリボンをむしりとった。夫人が何をしようとしているのかわからない。だが、鋏という凶器を持っていることにハイジは怯えて懇願する。
「た、助けて……、助けてください」
「忌み子のお前ごときが! 身の程を弁えなさい!」
侯爵夫人は容赦のない力でハイジの身体を押さえつけると、彼女の髪をざくざくと切っていった。
「いやあ! 助けてー!」
恐怖で目を瞑りながら、ハイジは何度も「助けて」と泣き叫んだ。
やがて、侯爵夫人から解放されたハイジが目を開けると、床には金色の髪があたり一面に散らばっていた。
侯爵夫人は化粧台の上に鋏を置き、居間と繋がっているドアのところでアデレイドを守るように抱きしめているギーゼラを怒鳴りつける。
「ギーゼラ! この子を着替えさせて連れて行きなさい。今度この子を屋敷内で見かけたら、ただではおきませんよ!」
「は、はい。かしこまりました、大奥様」
侯爵夫人に命令されて、ギーゼラが飛んでくる。
怯えきって体を思うように動かせないハイジは、彼女に手伝ってもらって元の服に着替えた。
「ここも、ちゃんと片付けておくのですよ」
床に落ちている髪を踏みつけていうと、侯爵夫人はアデレイドに顔を向ける。
「アデレイド、あなたには話があります。来なさい」
ハイジの髪を切って気が済んだのか、夫人の声は幾分か落ち着いていた。
呼ばれたアデレイドは、ちらりとハイジを見る。だが、彼女はハイジに声をかけることはなかった。
「……はい」
アデレイドは返事をすると、侯爵夫人と一緒に部屋を出ていった。二人を見送ったあと、ギーゼラが大きなため息をつく。
「本当に、なんてことをしてくれたの」
ハイジは、クローゼットの鏡に映る自分の姿をに気が付いて呆然とする。
頬は腫れあがり、長かった金髪は無残に切られてぼろぼろだ。別人かと思うほど短くされて、涙が出てきた。
「こんなことになったのも、あなたがいけないんですよ。あれほどお屋敷の中に入ってはいけないと言っておいたのに、お嬢様のお部屋にのこのこ入るから……。あとで綺麗に切りそろえてあげるから、もう、泣き止みなさい」
掃除機を持ってきて部屋の掃除をするギーゼラを、ハイジは涙をこぼしながら黙って見ていた。
ギーゼラと厨房に戻ってきたハイジを見て、ピエールがびっくりする。
「ハイジ? いったい何があったんだ?」
「お嬢様のドレスを着て、大奥様に怒られたのよ。あそこまで酷いお怒りは何年ぶりかしら」
ギーゼラが経緯を説明すると、ピエールはハイジの頬を冷やしながらため息をつく。
「それにしても、お嬢様とハイジは双子なのに、酷いものだな……」
思ってもみないことに、ハイジは目を丸くする。
「双子? 私とアデレイドは双子なの?」
だが、だからアデレイドとそっくりなのだと合点がいった。
「そう。一卵性双生児ですよ。だけど侯爵家の方々は、昔の迷信を信じておられるから――」
ギーゼラが肩を竦めて、今まで秘密にしていたことを話してくれる。
王都では、もうこだわる人はほとんどいないが、この国には昔、双子は家系を分断して破滅させるという根拠のない言い伝えがあったそうだ。
遠い地方にあるフォールコン侯爵家の領地では、未だにその迷信を信じている人が多く、双子は忌み嫌われているという。
領地を治めるているのはハイジたちの父親で、根深い因習が残っているから双子を育てることができず、母親は出産後すぐに亡くなって親族が誰もいない。
王都にあるこの屋敷は、周りに空き家が多いため、侯爵は仕方なしにハイジをここに置いているのだが、夫妻やアデレイドの目には、絶対に触れさせないように命令したという。そして、ハイジのことは全て召使いたちに押し付けたそうだ。
「アデレイド様とあなたが生まれたのは、五分の差だったらしいけど、侯爵家の方々にとっての娘は、”長女”だけだそうですよ」
”長女”だからアデレイドは侯爵令嬢として贅沢に暮らし、ハイジは”忌み子”と罵られた。兄弟姉妹で育て方に差をつけられる話は聞いたことがあるが、ハイジの場合は双子だというだけで、生まれた時から天地ほどの差をつけられのだ。
「あなたには、名前をおつけになられなかったから、お嬢様のお名前を聞いてから私たちで相談してつけたのよ」
”ハイジ”という名は、”アデレイド”の一般的な愛称から選んだそうだ。そして、ハイジたちには、十歳上の兄、ワイアットがいることも教えてくれる。
「奥様が出産された時、ワイアット様は寄宿舎に入っていらっしゃったので、お嬢様が双子だということは知らないようですよ。このお屋敷にもほとんど来られたことがないし、今は海外へ留学されていらっしゃるから、おそらくあなたのことは何もご存じないでしょうね」
アデレイドもハイジのことを知らなかったようだし、侯爵夫妻も父親も、ハイジはいないものとしていたのだろう。自分の出生の秘密を知って、ハイジは大きなショックを受けた。
「お嬢様、こちらにハイジがいるのですか?」
「ギーゼラ? そうよ。私と一緒に遊んでいるのだから邪魔しないで」
アデレイドが答えた途端、大きな音を立ててドアが開く。青い顔をしているギーゼラを押しのけるようにして老女が入ってきた。ハイジをみて、老女は一瞬驚いたようだが、すぐに厳しい顔になる。
「アデレイド。こちらにきなさい」
「おばあ様、どうなさったの?」
呼ばれたアデレイドが老女のほうへかけていく。彼女のおばあ様ということは、老女はフォールコン侯爵夫人だろう。
そう思ったハイジが黙って見ていると、侯爵夫人はアデレイドを傍にいるギーゼラのほうへ押しやって、つかつかと近づいてきた。
侯爵夫人は、ハイジが抱いている人形を取り上げると、手を大きく振りかざす。
頬に強烈な痛みを感じたと思った瞬間、ハイジは体にも衝撃を受けて床に転がった。
「なんてことをしているの!」
何が起こったのかわからずに顔を上げると、侯爵夫人は怖い形相でハイジを睨みつけていた。
引っ叩かれた反動で、クローゼットにぶつかったのだと分かったのは、しばらくしてからだ。
「おばあ様!」
侯爵夫人の後ろで、びっくりしているアデレイドが見える。こちらへこようとする彼女の腕を、ギーゼラが掴んで引き止めていた。
侯爵夫人は、そばにあった化粧台の引き出しを開けて鋏を取り出す。
「アデレイドと同じ格好をするだなんて、まるでアデレイドが二人もいるように見えて気味が悪いわ!」
鋏を持った侯爵夫人が、ハイジの髪からリボンをむしりとった。夫人が何をしようとしているのかわからない。だが、鋏という凶器を持っていることにハイジは怯えて懇願する。
「た、助けて……、助けてください」
「忌み子のお前ごときが! 身の程を弁えなさい!」
侯爵夫人は容赦のない力でハイジの身体を押さえつけると、彼女の髪をざくざくと切っていった。
「いやあ! 助けてー!」
恐怖で目を瞑りながら、ハイジは何度も「助けて」と泣き叫んだ。
やがて、侯爵夫人から解放されたハイジが目を開けると、床には金色の髪があたり一面に散らばっていた。
侯爵夫人は化粧台の上に鋏を置き、居間と繋がっているドアのところでアデレイドを守るように抱きしめているギーゼラを怒鳴りつける。
「ギーゼラ! この子を着替えさせて連れて行きなさい。今度この子を屋敷内で見かけたら、ただではおきませんよ!」
「は、はい。かしこまりました、大奥様」
侯爵夫人に命令されて、ギーゼラが飛んでくる。
怯えきって体を思うように動かせないハイジは、彼女に手伝ってもらって元の服に着替えた。
「ここも、ちゃんと片付けておくのですよ」
床に落ちている髪を踏みつけていうと、侯爵夫人はアデレイドに顔を向ける。
「アデレイド、あなたには話があります。来なさい」
ハイジの髪を切って気が済んだのか、夫人の声は幾分か落ち着いていた。
呼ばれたアデレイドは、ちらりとハイジを見る。だが、彼女はハイジに声をかけることはなかった。
「……はい」
アデレイドは返事をすると、侯爵夫人と一緒に部屋を出ていった。二人を見送ったあと、ギーゼラが大きなため息をつく。
「本当に、なんてことをしてくれたの」
ハイジは、クローゼットの鏡に映る自分の姿をに気が付いて呆然とする。
頬は腫れあがり、長かった金髪は無残に切られてぼろぼろだ。別人かと思うほど短くされて、涙が出てきた。
「こんなことになったのも、あなたがいけないんですよ。あれほどお屋敷の中に入ってはいけないと言っておいたのに、お嬢様のお部屋にのこのこ入るから……。あとで綺麗に切りそろえてあげるから、もう、泣き止みなさい」
掃除機を持ってきて部屋の掃除をするギーゼラを、ハイジは涙をこぼしながら黙って見ていた。
ギーゼラと厨房に戻ってきたハイジを見て、ピエールがびっくりする。
「ハイジ? いったい何があったんだ?」
「お嬢様のドレスを着て、大奥様に怒られたのよ。あそこまで酷いお怒りは何年ぶりかしら」
ギーゼラが経緯を説明すると、ピエールはハイジの頬を冷やしながらため息をつく。
「それにしても、お嬢様とハイジは双子なのに、酷いものだな……」
思ってもみないことに、ハイジは目を丸くする。
「双子? 私とアデレイドは双子なの?」
だが、だからアデレイドとそっくりなのだと合点がいった。
「そう。一卵性双生児ですよ。だけど侯爵家の方々は、昔の迷信を信じておられるから――」
ギーゼラが肩を竦めて、今まで秘密にしていたことを話してくれる。
王都では、もうこだわる人はほとんどいないが、この国には昔、双子は家系を分断して破滅させるという根拠のない言い伝えがあったそうだ。
遠い地方にあるフォールコン侯爵家の領地では、未だにその迷信を信じている人が多く、双子は忌み嫌われているという。
領地を治めるているのはハイジたちの父親で、根深い因習が残っているから双子を育てることができず、母親は出産後すぐに亡くなって親族が誰もいない。
王都にあるこの屋敷は、周りに空き家が多いため、侯爵は仕方なしにハイジをここに置いているのだが、夫妻やアデレイドの目には、絶対に触れさせないように命令したという。そして、ハイジのことは全て召使いたちに押し付けたそうだ。
「アデレイド様とあなたが生まれたのは、五分の差だったらしいけど、侯爵家の方々にとっての娘は、”長女”だけだそうですよ」
”長女”だからアデレイドは侯爵令嬢として贅沢に暮らし、ハイジは”忌み子”と罵られた。兄弟姉妹で育て方に差をつけられる話は聞いたことがあるが、ハイジの場合は双子だというだけで、生まれた時から天地ほどの差をつけられのだ。
「あなたには、名前をおつけになられなかったから、お嬢様のお名前を聞いてから私たちで相談してつけたのよ」
”ハイジ”という名は、”アデレイド”の一般的な愛称から選んだそうだ。そして、ハイジたちには、十歳上の兄、ワイアットがいることも教えてくれる。
「奥様が出産された時、ワイアット様は寄宿舎に入っていらっしゃったので、お嬢様が双子だということは知らないようですよ。このお屋敷にもほとんど来られたことがないし、今は海外へ留学されていらっしゃるから、おそらくあなたのことは何もご存じないでしょうね」
アデレイドもハイジのことを知らなかったようだし、侯爵夫妻も父親も、ハイジはいないものとしていたのだろう。自分の出生の秘密を知って、ハイジは大きなショックを受けた。
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